東洲斎写楽とは?

とうしゅうさい しゃらく とうしうさい- 【東洲斎写楽】 ○

江戸後期浮世絵師経歴について確実な資料がない。1794年5月から一〇か月の間に140種ほどの役者似顔絵少数相撲絵を残した。瞬間的表情個性誇張して大胆表現した写実の手法に特徴がある。

東洲斎 写楽 (とうしゅうさい しゃらく)

?〜 (??年〜??年)
浮世絵師1年足らずの期間で、140点にものぼる傑作を描いた、謎の天才浮世絵画家
浮世絵師生没年生まれ一切不明江戸に住み、1794年から翌年にかけてわずか10か月に、約140点の錦絵制作した。絵は極めて個性的で、江戸三座役者絵相撲取大童山に限定されており、版元はすべて蔦屋重三郎短期間作品を残した後、消えるように制作活動停止した。94年夏狂言取材した作品は特に高い評価を受けている。

 年(和暦)


 人物

東洲斎写楽

読み方:トウシュウサイシャラク(toushuusaisharaku)

作者 邦枝完二

初出 昭和3年

ジャンル 小説


東洲斎写楽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/06/25 13:39 UTC 版)

東洲斎 写楽(とうしゅうさい しゃらく、とうじゅうさい しゃらく[3][4])とは、江戸時代中期の浮世絵師。約10か月の短い期間に役者絵その他の作品を版行したのち、忽然と画業を絶って姿を消した謎の絵師として知られる。その出自や経歴については様々な研究がなされてきたが、現在では阿波徳島藩蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべえ、宝暦13年〈1763年〉 - 文政3年〈1820年〉)とする説が有力となっている。




[ヘルプ]

注釈

  1. ^ 長い間、この図の役名は「大谷鬼次の江戸兵衛」とされていた。しかし、当時のどの番付記録にも「奴」は付いておらず、ただ「江戸兵衛」と記されている。また、この場合のは武家の奴僕という意味であるが、現存する台帳を見ると江戸兵衛は非人盗賊乞食)達の頭で、武家の下僕なら剃らねばならい月代も残っている事から「奴」はないと考えられる[1]。だが、これには異論がある。いくつかの意味がある「」について、「武家の奴僕」というひとつの意味に固執しすぎているとの指摘である。岩田和夫の示教によって、「には、武士の奴僕の意のほかに、競(きおい)・男達(おとこだて)の意味もあり、狂言によっては、江戸兵衛(平)がそういう役柄で登場する場合もあった。その際「奴江戸平」という役名になることもあったことが確かめられる。」と浅野自身ものちに認めている[2]
  2. ^ ただし、役者版下絵は2点が行方不明、相撲版下絵は9点が大正期に焼失している。そのため現在確認されている写楽の役者版下絵は、ギメ東洋美術館2点、ボストン美術館2点[5]シカゴ美術館1点[6]、個人蔵2点、の計7点(ギメ所蔵の2点のみ「写楽画」の落款あり)、相撲版下絵は個人蔵の1点のみである[7]
  3. ^ 補強資料でもあるが、岩田秀行によると天保頃までは「洲」は濁って発音されるのが通例で「とうじゅうさい」と読まれたと考えられる、とある[3]
  4. ^ クルトは写楽が歌舞妓堂艶鏡に改名したと考えていた。
  5. ^ 田中は『浮世絵類考』の一部の写本に、写楽と北斎を同一人物と読めることを論拠に上げている[9]。しかし、これは伝写の過程で北斎の記述が紛れ込んだものだと考えられる[10]。また、田中は写楽と北斎の武者絵における脛の描き方の類似も根拠として挙げている。しかし、北斎の師で、写楽が作画の参考にしたと推定される勝川春章、及びその弟子たちの脛の描き方も類似している[11]
  6. ^ 法光寺は平成5年に越谷へ移転したが、それまでは築地にあった。
  7. ^ 第3期間版役者絵11枚を除く。

出典

  1. ^ 浅野秀剛 2002, p. 55
  2. ^ 写楽:特別展 2009「江戸兵衛」の項。
  3. ^ a b 岩田秀行 2013, pp. 73-79
  4. ^ フィラデルフィア 2015, p. 190
  5. ^ [1][2]
  6. ^ [3]
  7. ^ ギメ東洋美術館所蔵 2007, p. 211
  8. ^ 浅野秀剛 2013, pp. 7-23
  9. ^ 田中英道 2000田中英道 2011
  10. ^ 中嶋修 2012, pp. 15-16。
  11. ^ 大武者絵展 2003
  12. ^ 井上和雄『写楽』昭和15年に「又能油画号有隣」の引用あり。出典は大草公弼『異本浮世類考』
  13. ^ 『写楽実は俳人谷素外』(『読売新聞』昭和44年10月16日号、日本浮世絵博物館館長・酒井藤吉)
  14. ^ 中山幹雄 1995, pp. 45-46
  15. ^ 以上の確認点数は、中嶋修 2012による。
  16. ^ 松木寛 1985
  17. ^ 扇面お多福図」シカゴ美術館蔵など。
  18. ^ 小林忠 2009a, pp. 428-432、小林忠 2009b浅野秀剛 2011, pp. 6-16「写楽の肉筆扇面画」。
  19. ^ 歌舞伎事典 2011, p. 297。
  20. ^ 中嶋修 2012, p. 462。なお本著では、原本ではなく図版写真による鑑定ではあるが、写楽作品を悉皆的に精査し、第2期最初の「篠塚浦右衛門の都座口上図」以外は後世の模刻の可能性があることを指摘している。
  21. ^ 歌舞伎大事典 2012, p. 331。当項目の執筆は、岩田秀行。


「東洲斎写楽」の続きの解説一覧





東洲斎写楽と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

東洲斎写楽に関係した商品

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「東洲斎写楽」の関連用語

東洲斎写楽のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

楊梅の滝

圧密

ロバート・テイラー

薩摩硫黄島

ドロノキ

飛行教導隊

ファウストボール

ベニワモンヤドカリ





東洲斎写楽のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2015 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
江戸net江戸net
Copyright (C) 2015 財団法人まちみらい千代田 All rights reserved.
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの東洲斎写楽 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2015 Weblio RSS