ウィキペディア |
東京奠都
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/21 02:34 UTC 版)
東京奠都(とうきょうてんと)は、明治維新のとき江戸が東京とされ、都として定められたこと。京都との東西両京としたうえで、明治2年(1869年)に政府を京都から東京に移した。(用語については後述#奠都と遷都の語義参照)。
- ^ 『東京百年史』第2巻では、政府が明治3年京都還幸を延期し、その後京都に立ち寄った際に「還幸」ではなく「行幸」と表現し、更に皇居の炎上で新たに造営された新宮殿を「宮城」と称したことによって、奠都の詔はなくとも「事実上の奠都」が行なわれたとしている。
『江戸が東京になった日』では、後の詔書で「新置東京」との表現があり、単なる「改称」ではなく「江戸を東京と定めた」としている。 - ^ 御東幸万機御親裁ノ詔書(法令全書、明治元年第852。近代デジタルライブラリー)
- ^ 宮内省編『三条実美公年譜』(近代デジタルライブラリー)
- ^ 多田好問編『岩倉公実記』(近代デジタルライブラリー)
- ^ このとき、東京で行われた二回目の大嘗祭の斎田は、新潟県・長野県・静岡県の線で日本を東西に分け、この3県を含む東方が悠紀、西方が主基の地方とされた(鎌田純一『平成大禮要話』)。
- ^ wikt:奠は「定める」「供える」「祭る」などの意味であり「香奠(こうでん=香典)」は香を供える意。wikt:遷は「移す」「場所をかえる」「変わる」「改める」「取りかえる」「都を移し変える」などの意味。ko字源「奠」「遷」
[続きの解説]
東京奠都に関係した商品
- 【送料無料】エピソ-ドでつづる昭憲皇太后楽天ブックス
- 【送料無料】講座明治維新(3)楽天ブックス
- 【送料無料】明治聖徳記念學会紀要(復刊第46号)楽天ブックス
東京奠都のページへのリンク