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とうきょう-タワー とうきやう― 【東京―】



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東京タワー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 14:17 UTC 版)

東京タワー
東京タワー
情報
用途 電波塔、展望台、科学館
設計者 内藤多仲日建設計
施工 竹中工務店
建築主 日本電波塔
構造形式 SおよびRC造
敷地面積 1万5577.143m2
建築面積 4470.34m2
延床面積 2万4874.87m2
階数 地上16階 地下2階
高さ 332.6m(海抜高351m)
着工 1957年昭和32年)6月29日
竣工 1958年(昭和33年)10月14日
所在地 〒105-0011
東京都港区芝公園4丁目
位置 北緯35度39分31秒
東経139度44分44秒
座標: 北緯35度39分31秒 東経139度44分44秒
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日本電波塔株式会社
NIPPON TELEVISION CITY CORPORATION
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒105-0011
東京都港区芝公園4丁目2-8
設立 1957年(昭和32年)5月8日
業種 情報・通信業
事業内容 総合電波塔の設置経営、観光施設の経営、不動産賃貸業
代表者 代表取締役 前田伸
資本金 12億円
従業員数 162人
決算期 3月31日
主要株主 東映 13.48%
マザー牧場 11.25%
(2007年3月31日現在)
主要子会社 東京タワースタジオ
東京タワーパーキングセンター
外部リンク http://www.tokyotower.co.jp/
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東京タワー(とうきょうタワー、Tokyo Tower)は東京都港区芝公園4丁目にある東京地区の集約電波塔である。1958年昭和33年)10月14日竣工、同年12月23日に完工式が開かれた。東京のシンボル観光名所として知られる。正式名称は建築主に因み日本電波塔(にっぽんでんぱとう)である。

目次

概要

高さは333mと広報されており(より正確には332.6m、海抜351m)、塔脚の間隔は88.0m[注釈 1]。総工費約30億円、1年半(1,974,015時間/543日間)と延べ219,335人の人員を要して完成した。地上125m(海抜約150m)と223.55m(海抜約250m)に展望台を有したトラス構造の電波塔である[1]

昼間障害標識として、頂点より黄赤色(インターナショナルオレンジ)と白色を交互に配した塗装となっている。地上アナログデジタルテレビジョン放送VHFUHF)およびFM放送のアンテナとして放送電波を送出、また東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナとして緊急信号を発信する他、東京都環境局の各種測定器なども設置されている。

長らく高さが日本一であったというイメージが強いが、実際に日本一高かったのは1968年昭和43年)6月26日小笠原諸島日本返還され南鳥島ロランタワー硫黄島ロランタワーに抜かれるまでの約9年半と、対馬長崎県)のオメガタワー解体されてから東京スカイツリーに抜かれるまでの約11年間である。現在は日本で2番目に高い建造物である。

日本電波塔概要

タワーの建て主であり管理、運営をしているのは民間会社である日本電波塔株式会社である。

1957年昭和32年)5月、「大阪の新聞王」と呼ばれ当時は産業経済新聞社関西テレビ放送大阪放送(ラジオ大阪)の社長を務めていた前田久吉により設立。1959年(昭和34年)に産経の経営から撤退したのちも経営にあたった。久吉は1962年(昭和37年)にマザー牧場を開設、グループ企業としている。

1964年(昭和39年)には、敷地内に東京タワー放送センター(現・東京タワースタジオ)を建設、同年開局した日本科学技術振興財団テレビ事業本部(東京12チャンネル)に賃貸した。この建物は、事業を承継したテレビ東京1985年(昭和60年)まで本社として使用していた。テレビ東京天王洲スタジオ完成後の2000年平成12年)より日本電波塔による自主運営を開始。2005年(平成17年)7月には子会社「東京タワー芝公園スタジオ」(現・東京タワースタジオ)を設立、業務を移管した。

2005年(平成17年)には、会長兼社長で久吉の子息である前田富夫が死去。富夫の弟でマザー牧場社長だった前田伸が社長に就任した。

日本電波塔は、エフエム東京(TOKYO FM)の大株主(東海大学に次ぐ第2位。伸は2007年(平成19年)より社外取締役)でもある。Kiss-FM KOBE破綻による新会社・兵庫エフエム放送にTOKYO FMとともに19.2%を出資。また富夫の長男である前田一が社長を務めていたエフエム大阪の株式20%も2010年(平成22年)10月1日現在、日本電波塔名義となっている。

歴史

1961年ごろの外観
  • 1960年(昭和35年)
    • 1月17日 - ラジオ東京(現在のTBSテレビ)が赤坂の自社敷地から主送信所を移転する(送信は移転前からVHF6ch)。
    • 5月16日 - NHK教育テレビジョンの送信所を紀尾井町より移転(送信は移転前からVHF3ch)。
  • 1963年(昭和38年) - 返還前の東京都小笠原村南鳥島に、高さ411.48mの南鳥島旧ロランタワーが竣工する。
  • 1964年(昭和39年)
  • 1965年(昭和40年)12月24日 - イルミネーションが連夜の点灯となる。
  • 1966年(昭和41年)1月2日 - 来塔者数が3000万人となる。
  • 1967年(昭和42年)7月28日 - 特別展望台オープン。
  • 1968年(昭和43年)6月26日 - 小笠原諸島が返還され南鳥島と硫黄島のロランタワー(411.48m)が日本一高い建造物となり、東京タワーは日本で3番目に高い建造物となる。
  • 1970年(昭和45年)
    • 3月20日 - 東京タワー蝋人形館が3階にオープン。
    • 3月23日 - 蝋人形館経営者のジョージ・ドラッカーとヴィッキー・クロフォードが、特別展望台で和装にて結婚式を行う[注釈 3]
    • 4月26日 - FM東海から事業を譲り受けたエフエム東京が80.0Mc(現在はMHz)で本放送開始。
    • 10月3日 - NHK-FM放送の送信所を紀尾井町より移転(送信は移転前から82.5Mc)。
    • 11月10日 - 日本テレビ放送網が麹町の自社敷地から主送信所を移転する(送信は移転前からVHF4ch)。これにより東京都のテレビ局の送信所が一本化される。
  • 1971年(昭和46年)8月18日 - 来塔者数が5000万人となる。該当者は都内の23歳の男子学生で自分が5000万人目になれないかと思って来塔し、記念品として冷蔵庫・カラーテレビ・ギフト旅行券・オートバイなどの記念品を贈られた。
  • 1973年(昭和48年)
  • 1975年(昭和50年) - 長崎県上県郡上対馬町大増(現・対馬市上対馬町大増)に高さ454.830mのオメガタワーができ、日本で4番目に高い建造物となる。
  • 1977年(昭和52年)
    • 7月11日 - タワー大神宮創建(23区内で最も高い場所にある神社)。
    • 6月1日 - 電波の日のこの日に「電波塔の維持運営を通じて放送の普及と重要無線通信の疎通に多大の貢献」をしたとして当時の郵政大臣、小宮山重四郎より表彰される。
  • 1978年(昭和53年)4月28日 - 東京タワー水族館オープン(世界初の観賞魚水族館)。
  • 1984年(昭和59年)11月1日 - 放送大学学園が大学開学に向けてテレビ放送をUHF16chで、同時期にFMラジオ放送を77.1MHzで試験放送開始(翌1985年(昭和60年)4月1日に本放送開始)。
  • 1986年(昭和61年)
    • 航空法改正により黄赤色と白色の塗り分けを11等分から7等分へ変更し、黄赤色の赤みを強くした。
    • 南鳥島旧ロランタワーが解体され、日本で3番目に高い建造物に返り咲く。
  • 1988年(昭和63年)
    • ロゴマークを変更。
    • 10月1日 - エフエムジャパン(現在のJ-WAVE)が81.3MHzで本放送を開始。
  • 1989年(昭和64年/平成元年)
  • 1991年(平成3年)
    • 3月3日 - 「平成3年3月3日」で3が重なることを記念して記念展望券の発売、バッジや絵はがきのプレゼント、エッフェル塔へ招待するクイズなど数々のイベントが行われる。
  • 1994年(平成6年)
    • 4月 - 「東京タワートリックアートギャラリー」がタワービル4階に登場する。
    • 10月 - 硫黄島ロランタワーが運用停止、解体され日本で2番目に高い建造物に返り咲く。
  • 1995年(平成7年)
    • 1月 - 来塔者数が1億2000万人となり、日本の総人口に相当する人数が来塔したことを記念してキャンペーンを行う。
    • 11月1日 - 東京メトロポリタンテレビジョン(東京MXテレビ)が東京都初の都域民間放送テレビ局としてUHF14chで本放送開始。
  • 1996年(平成8年)
  • 1998年(平成10年)
    • オメガ塔(対馬オメガ局)が解体され、日本一高い建造物に返り咲く。
    • 12月23日 - ノッポン誕生。
  • 2002年(平成14年)
    • 3月19日 - 特別展望台・大展望台をリニューアルオープン。営業時間を年間を通して22時までに延長。
  • 2003年(平成15年)
  • 2005年(平成17年)
    • 3月19日 - タワービルをリニューアルオープン(名称を「フットタウン」に変更、外壁色を濃いブラウンに変更)。
    • 12月25日 - 大展望台にハート形のイルミネーションを始める。
  • 2006年(平成18年)
    • 9月29日 - 来塔者数が1億5000万人となる。
    • 12月1日 - 放送大学学園が地上デジタルテレビジョン放送をUHF帯域で開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 5月8日 - ロゴマークの変更[注釈 4]
    • 10月16日 - 来塔者数が1億6000万人となる[2]
    • 12月31日 - 開業以来営業してきた、タワー大食堂(タワーレストラン)が営業終了。
  • 2010年(平成22年)
東北地方太平洋沖地震の揺れにより曲がった先端のアンテナ部分(2011年平成23年)3月11日
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震の影響で、タワー先端部の地上アナログ放送用アンテナが曲がる被害を受ける(強震により激しく振られた)[3]。展望台にいた観客は階段で下りて避難し、けが人は出なかった。タワーの営業は同月18日まで中止となる。[4]
    • 3月31日 - 地上デジタル音声放送の実用化試験放送終了に伴い送信終了。
    • 7月24日 - この日にアナログテレビジョン放送が完全に終了するため、アナログテレビジョン放送の送信が終了する。
  • 2012年(平成24年)
    • 2月1日 - 一部を除くアナログ送信アンテナの撤去を開始。また、前の地震で曲がった先端部の交換ならびに耐震補強も同時に行う。工事終了は2014年12月を予定している[5]。特別展望台行きエレベーターの改修工事に伴い、同月29日まで特別展望台の営業を休止[6]
    • 秋頃 - TOKYO MXの地上デジタルテレビジョン放送の物理チャンネル切り替えのため、東京スカイツリーとのサイマル放送を開始予定。
    • 年内 - NHK東京FM放送とJ-WAVEのFMラジオ放送送信所が東京スカイツリーに移転予定。
  • 2013年(平成25年)
    • 1月頃 - 放送大学学園を除く地上デジタルテレビジョン放送7局の送信所が東京スカイツリーに移転予定。その後はNHKと民放キー局5社については東京タワーを予備電波塔として使用する予定。
    • 3月頃 - TOKYO MXの物理チャンネル切り替えによるサイマル放送終了に伴い東京タワーからの送信終了予定。



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注釈

  1. ^ 塔脚の中心を基準とした場合の長さ。
  2. ^ 財団法人日本動物愛護協会は「二度とこのような事件が起きて欲しくない」という思いから「動物愛護」のシンボルとして、当時開業したばかりで話題の場所だった東京タワーに記念像を造った。
  3. ^ タワーでの結婚式はこの一度きりであり、その後、他にも申し入れがあったがタワーでの結婚式サービスは行われていない
  4. ^ 弧を描くように「TOKYO TOWER」の文字が配置しており、東京タワーがある小高い丘(芝公園)や地球をイメージしている。中央のTだけオレンジ色で大きく、東京タワーを思わすデザイン。文字の上に並んだ緑色の丸は、地球環境への貢献や自然との共存をイメージしている。デザインは尾村匡昭、竹鶴孝太郎。当日は来塔者のうち先着1000人に、新ロゴをデザインしたクリアフォルダがプレゼントされた。
  5. ^ ニッポン放送の事実上の創業者。後のフジテレビジョン・産業経済新聞社社長、フジサンケイグループ初代議長。
  6. ^ 麹町の自社敷地内の送信所そのものは東京タワーに移設したあとも予備送信所として新宿センタービルに移転するまで試験電波発射を中心に運用を続けた。
  7. ^ TBS 50年史にも記載されている。
  8. ^ 公式HPでは大展望台1階が145m、2階が150mとしているが海抜表記である。
  9. ^ 公式HPでは特別展望台は250mとしているが海抜表記である。
  10. ^ 2011年(平成23年)10月8日2012年(平成24年)5月31日まで「◆不思議アート展 ~トリックアーティストコレクション~◆」として再登場。
  11. ^ VHFテレビ7chに相当する周波数帯。
  12. ^ 実況アナウンサー(橘正晃)がいるテレビ塔を襲う場面はある。

出典

  1. ^ a b 竹中工務店東京支店 池田末造東京タワーの施工について 建築雑誌 74(869) 13-18 1959年昭和32年)4月20日
  2. ^ 東京タワー来塔者1億6千万人達成 - 産経ニュース(2009年平成21年)11月1日閲覧)
  3. ^ 東京タワー アンテナ傾く”. 東京新聞 (2011年3月12日). 2011年3月12日閲覧。
  4. ^ http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20110318/110405/ 東京タワーは19日から営業再開/日経ウーマンオンライン 2011.3.18
  5. ^ 東京タワー、アナログ放送アンテナの撤去始まる”. 日本経済新聞 (2012年2月2日). 2012年2月2日閲覧。
  6. ^ 東京タワー 特別展望台(250m)営業一時休止のご案内
  7. ^ 建築雑誌Vol.105、No.1305 1990年10月号
  8. ^ "Données techniques" Tour_Eiffel Wikipedia
  9. ^ テレビ東京系列『美の巨人たち2010年(平成22年)8月7日放送 「日本の建築スペシャル・東京タワー」
  10. ^ 小林紳也・建築雑誌 121(1546)、29、2006-04-20・社団法人日本建築学会
  11. ^ a b c 東京タワー未来構想 - 日本電波塔株式会社 東京タワー未来懇談会 平成19年12月 (PDF)
  12. ^ a b プロジェクトX東京タワー・恋人たちの戦い~世界一のテレビ塔建設、333mの難工事
  13. ^ *東京タワーの秘密*東京タワーQ&A*自然災害編
  14. ^ 重厚長大・昭和のビッグプロジェクトシリーズ 偉大なる建設 東京タワーの建設記録 ASIN:B000QTCYZO
  15. ^ a b c d 大澤悟 日本建築学会退会学術講演 鋼構造物の維持管理・東京タワー 2002年(平成14年)8月
  16. ^ 戦後復興シンボル、天高く YOMIURI ONLINE 2008年1月1日
  17. ^ ほぼ日刊イトイ新聞 東京スカイツリーうんちく50 2010-11-30-TUE
  18. ^ テレビ塔:コラム(バックナンバー):日本建築構造技術者協会
  19. ^ 『東京今昔探偵』(中公新書ラクレ ISBN4-12-150012-1)「東京タワー~米軍戦車をつぶして鉄骨に」の項や『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でもとり上げられた。
  20. ^ 早稲田大学理工学部建築学科・田中弥寿雄 Tanaka Yasuo こぼればなし:東京タワーの基礎(<特集>関東の土質と基礎)[in Japanese] Soil mechanics and foundation engineering 40(3) 86 1992年(平成4年)3月25日
  21. ^ 人間環境デザイン研究所 幻のタワー計画
  22. ^ 見えない力が支えている[2]愛の東京タワー 株式会社 竹中工務店
  23. ^ a b テレビ東京 ニュースアイ 2002.5.17
  24. ^ 雷の知識(雷対策・落雷対策)あおば屋
  25. ^ 東京タワーが“地デジ続投”をTV各局に求める - AV Watch 2007年9月21日
  26. ^ スカイツリー開業後の東京タワー…結んだ契約は
  27. ^ SEVENTH SENSE ~日本電波塔株式会社(東京タワー)営業部長 前田久徳×陣内貴美子~
  28. ^ 東京タワー 日本電波塔
  29. ^ 東京電波塔研究会・東京タワー99の謎-知らなかった意外な事実!・二見書房(2006年(平成18年)7月) ISBN:978-4576061177
  30. ^ 東京タワーの秘密
  31. ^ http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/reg/01_new/reg.cgi?mode=1&no=1360 東京タワーライトアップ
  32. ^ 省エネ対策もバッチリ! 東京タワー開業50周年「ダイヤモンドヴェール」開始 日経トレンディネット
  33. ^ 47NEWS 東京タワーに「がんばろう」太陽光発電でメッセージ
  34. ^ 東京タワー ライトダウン伝説
  35. ^ 読売新聞 プロポーズから新生活まで 愛を見守り続け
  36. ^ 東京タワーのライトアップ中止…哀悼の意と電力節減 スポーツニッポン 2011年(平成23年)3月12日閲覧。
  37. ^ 東京タワー*TOKYO TOWER*ダイヤモンドヴェール 2011/5
  38. ^ スカイツリー開業後の東京タワー…結んだ契約は 読売新聞 2010年(平成22年)9月28日 13S版10面
  39. ^ 竹中工務店・半世紀にわたる維持保全
  40. ^ 竹中eレポート2006
  41. ^ 東京特別区さいたま市千葉市横浜市川崎市成田国際空港
  42. ^ いつも我が家の一部 YOMIURI ONLINE 2008年1月8日






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