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李正秀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/13 20:08 UTC 版)
(イ・ジョンス から転送)
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| 名前 | |||||||
| カタカナ | イ ジョンス | ||||||
| ラテン文字 | Lee Jung-Soo | ||||||
| ハングル | 이정수 | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1980年1月8日(32歳) | ||||||
| 出身地 | |||||||
| 身長 | 185cm | ||||||
| 体重 | 76kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | DF | ||||||
| 背番号 | 40 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2010年7月22日現在。 2. 2011年3月25日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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李 正秀(イ・ジョンス、Lee Jung-Soo、이정수、1980年1月8日 - )は、韓国出身の同国代表サッカー選手。ポジションはDF(センターバック)。カタール・スターズリーグのアル・サッド所属。妻は日本でも活動したタレントのハン・テユン。
なお、日本での登録名は、京都サンガF.C.在籍時は「李正秀」と漢字表記であったが[1]、鹿島アントラーズ在籍時は「イ・ジョンス」とカタカナ表記であった[2]。
目次 |
来歴
慶熙大学校を卒業後、2002年にKリーグの安養LGチーターズでプロデビューを果たす。2004年、仁川ユナイテッドFCへ移籍。2005年には仁川ユナイテッドを取り上げたドキュメンタリー映画「飛翔」にも出演した。
2006年1月、水原三星ブルーウィングスへ移籍。そこでの活躍が評価され、2008年3月26日、FIFAワールドカップ・南アフリカ大会・アジア3次予選の北朝鮮戦で代表デビューを果たす。同年8月2日に行われたJOMO CUPにKリーグ選抜として先発フル出場した。
2009年シーズンからはJリーグ京都サンガF.C.に「アジア枠」の選手として加入。第3節には移籍後初ゴールをヘディングで決めた。8月8日に行われたJOMO CUP 2009ではJリーグ選抜として2年連続出場し、フル出場でチーム2点目を決めるなどの活躍からMVPに選出された。
2010年シーズンから鹿島アントラーズに加入した。加入後初得点は3月27日のリーグ第4節モンテディオ山形戦で、ヘディングを決めた。
2010 FIFAワールドカップ韓国代表にも選ばれ、6月12日のグループリーグ初戦のギリシャ戦では先制ゴールを記録。決勝トーナメント進出がかかった6月22日のナイジェリア戦では同点ゴールを挙げた。
エピソード
- 安養LGチーターズでは元日本代表前園真聖とチームメイトだった。
- もともとFWの選手だったが、安養LGの趙広来監督からDFへの転向を進められ、現在にいたる[3]。
- 2010年W杯の活躍もあり、韓国国内での知名度もアップ。大会後には新聞紙上でコメディアンの「李鐘洙」スピードスケートの「李政洙」と3人で「イ・ジョンス3人による対談」も企画された[4]。
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- ^ 京都サンガF.C. プロフィール
- ^ J's GOAL ニュースにて「登録名はカタカナとなります」と明記
- ^ J's GOAL - JOMO CUP 2008特集
- ^ 李正秀 彼女観戦で発奮!9節ぶり奪首弾 - スポーツニッポン2010年7月18日配信、同日閲覧
固有名詞の分類
- 京都・李正秀が韓国代表選出:海外:サッカースポーツ報知
- 鹿島 李正秀 検索ランキング下で「寂しかった」(サッカー)スポーツニッポン
- 神戸・金南一、京都・李正秀が韓国代表に選出:Jリーグ:サッカースポーツ報知