三省堂 大辞林 |
ほんのう 1 0 【本能】
(2)動物のそれぞれの種に固有の生得的行動。学習された行動に対していう。個体の生存と種族の維持に関係する基本的欲求・衝動と密接に結びついている。下等動物ほど本能に基づく行動が多く、昆虫の造巣行動のようにきわめて巧妙なものもある。〔instinct の訳語〕
映画情報 |
本能
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1966 |
| 配給: | 松竹 |
| スタッフ | |
| 監督: | 新藤兼人 シンドウカネト |
| 製作: | 新藤兼人 シンドウカネト |
| 桑原一雄 クワハラカズオ | |
| 脚本: | 新藤兼人 シンドウカネト |
| 撮影: | 黒田清巳 クロダセイキ |
| 音楽: | 林光 ハヤシヒカリ |
| 編集: | 榎寿雄 エノキトシオ |
| 録音: | 大橋鉄矢 オオハシテツヤ |
| スクリプター: | 松本博史 |
| 照明: | 藤山弘明 フジヤマヒロアキ |
| キャスト(役名) |
| 観世栄夫 カンゼヒデオ (先生) |
| 乙羽信子 オトワノブコ (おばさん) |
| 東野英治郎 トウノエイジロウ (隣りの先生) |
| 小川吉信 オガワヨシノブ (隣の息子) |
| 島かおり シマカオリ (隣の妻) |
| 西内紀幸 ニシウチノリユキ (前の小屋の青年) |
| 伊藤くにえ イトウクニエ (前の小屋の青年の恋人) |
| 殿山泰司 トノヤマタイジ (権八) |
| 江角英明 エスミヒデアキ (村の青年A) |
| 草野大悟 クサノダイゴ (村の青年B) |
| 大木正司 オオキショウジ (村の青年C) |
| 宇野重吉 ウノジュウキチ (医師) |
| 窪田英世 クボタヒデヨ (小屋の青年の友人A) |
| 松井孝之 マツイタカユキ (小屋の青年の友人B) |
| 吉成洋子 ヨシナリヨウコ (小屋の青年の友人C) |
| 関戸純方 (若い男) |
| 宮本信子 ミヤモトノブコ (若い女) |
| 解説 |
| 「悪党」で脚本・監督の新藤兼人が今回も脚本・監督した人間ドラマ。撮影はコンビの黒田清巳。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 四季の変り目ごとに蓼科高原にある山小屋にやってくる一人の男がいた。四○歳くらいで、人びとからは先生と呼ばれていた。一人住いの先生のところへ、下の部落から食事の世話をするため、戦争未亡人で大学生の息子をもつおばさんが出入りしていた。雪どけが始まった春のある日、先生はおばさんに告白した。先生は広島の連隊にいた時、被爆し、性的機能を喪失した。しかし三カ月目に恢復した時の感動は、彼に人間の素晴しさを教えた。復員後結婚したが、ビキニの第五福竜丸事件の衝撃で再び不能となり、離婚したのであった。先生は高原に発散される若い男女の青春のいぶきを羨望の眼で見ていた。先生の心は凍った湖の氷面のように全く閉ざされていた。やがて高原は緑が萌える夏となった。何とか性を恢復しようと思う先生にとって、若い男女の営みはますます、先生を圧倒するのだった。ある日先生はおばさんから、村に夜ばいのあることを聞かされた。その夜先生は先生の不能を何とかなおしてやろうと思うおばさんに誘われて、夜ばい見物をした。それ以来、先生はおばさんの家へ夜ばいに通い始めおばさんを抱くのだった。珍らしく先生の顔は血色がよく生き生きしてきた。先生は夜ごと「八兵衛またきたのか」といっては先生を抱くおばさんに、激しい嫉妬の焔を燃やした。それは先生に恢復してもらいたい一心のおばさんの芝居だった。蓼科山が紅葉に染まる頃、また東京からやってきた先生は、権八から一週間前おばさんが死んだことを知らされ愕然とした。焦燥と悔恨で取乱した先生は丁度会った夜ばいの三人組の青年に詰め寄り、おばさんの潔白を聞いた。おばさんの死因は子宮外妊娠であった。先生を訪ねてきたおばさんの息子がさし出した遺書には「先生、フノウがなおってよかった。わたしもたのしかった」とあった。先生の号泣する声が空しく秋の空に反響した。 |
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本能
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/02/01 17:25 UTC 版)
本能(ほんのう)とは、動物(人間を含む)が生まれつき持っていると想定されている、ある行動へと駆り立てる性質のことを指す。現在、この用語は専門的にはほとんど用いられなくなっているが、類似した概念として情動、進化した心理メカニズム、認知的適応、生得的モジュールなどの用語が用いられる。
本能の語が用いられなくなった理由のひとつは、これが説明的な概念としてはあまり役に立たなかったためである。特定の心理や行動を本能だと述べても、その行動の神経的・生理的・環境的原因(至近的原因:これらが伝統的な心理学の研究対象であった)について何かを説明していることにはならない。またアメリカの科学史家カール・デグラーによれば、1920年代から30年代にかけてアメリカの人類学と心理学の文献からこの語が急速に消えた。これは人種主義と結びついた優生学運動の人気の凋落と、行動主義や文化決定論のような空白の石版説の人気の高まりの時期と一致する[1]。第三に、この語は歴史的に様々な意味で用いられており混乱を招く。
近年、スティーヴン・ピンカーのような一部の研究者は、誤解を招く可能性を認めながらも、生物学的に親から受け継いだ性質というイメージが伝わりやすいことなどを理由に積極的に使用することがある。
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