木
『日本書紀』巻2神代下・第10段一書第1 ヒコホホデミ(=山幸彦)が海辺にたたずんでいると、塩土老翁(しほつちのをぢ)が現れ、袋から黒い櫛を取り出して地に投げた。するとそれらは多くの竹林になった〔*塩土老翁はその竹で籠を作り、ヒコホホデミを中に入れて、海神の宮に送った〕。
『播磨国風土記』揖保の郡林田の里 伊和大神が占有の標を立てると、それが楡の樹になった。
『肥前国風土記』神崎の郡琴木の岡 景行天皇が、岡で宴をした後で琴を立てると、琴は高さ5丈・周り3丈の樟となった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻15 ロムルスの投げた槍がパラティウムの丘に突きささると、たちまち槍から葉が生じた。槍はそこに根づき、木となった。
『ホスローとシーリーン』(ニザーミー)第60章 ファルハードの持つつるはしの柄は、柘榴の木でできていた。彼が死に臨んで山から落としたつるはしは地上にささり、そこから柘榴の若木が生え育って多くの実をつけた。
『陸奥国風土記』逸文・八槻の郷 ヤマトタケルが土蜘蛛を射た槻の矢は、ことごとく芽を出して槻の木となった。
★1b.髭や毛が、木になるばあいもある。
『日本書紀』巻1神代上・第8段一書第5 スサノヲノミコトが鬚(あごひげ)髯(ほおひげ)を抜いて散らすと、それらは杉になった。胸の毛は檜になり、尻の毛はマキ(=イチイ科の常緑喬木)になり、眉の毛は樟になった。「杉と樟は浮宝(うくたから=船)とせよ。檜は宮殿、マキは棺の材料にせよ」と、スサノヲは教えた。
★2.木を植える。
『神仙伝』巻6「董奉」 董奉は、人々の病気治療に従事したが、薬代を取らなかった。代わりに、重病が治った者には杏(あんず)の木を5本植えさせ、軽い者には1本植えさせた。これを数年続けると、10万余本の杏林(きょうりん)になった〔*この故事から、医師を「杏林」という〕。
★3.木を引き抜く。
『水滸伝』第7回 魯智深が、ならず者たちと酒を飲んでいると、鴉がカアカア鳴き出した。「鴉が鳴くと悶着が起こる」との俗信があったので、ならず者たちは災い除けの呪文を唱える。「柳の木の上に、近ごろ鴉が巣を作り、毎日やかましく鳴く」と聞いて、魯智深は柳の木に抱きつき、根こそぎひっこ抜いてしまった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 アポロンが、河神ペネイオスの娘ダフネ(ダプネ)を恋して追いかけた。ダフネはアポロンを拒み(*→〔矢〕4)、我が姿を別のものに変えてくれるように父神に祈って、月桂樹に変身した。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 父親と交わって懐妊したミュラは、荒野をさまよったあげく、没薬の木と化した→〔誕生〕1。
*女が空桑に化す→〔誕生〕1の『呂氏春秋』巻14「孝行覧・本味」。
*男が棒に変わる→〔棒〕4の『棒』(安部公房)。
『常陸国風土記』香島郡、童子女の松原 カガイ(歌垣)で出会った寒田郎子と海上孃子とは、その夜、恋を語り合うが、夜が明けてしまい人に見られるのを恥じて、ともに松の樹に化した。郎子を奈美松といい、孃子を古津松という。
*老夫婦が、ともに木に変わる→〔同日・同月〕5の『変身物語』(オヴィディウス)巻8。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第13歌 「私(ダンテ)」は地獄の第7圏谷第2円に降りる。森の大樹の1枝を折ると、血が流れ出て、「なぜ私を折るのか?」と幹が叫ぶ。それは、自殺者が木に変えられていたのだった。自殺者の魂は木の幹に閉じ込められ、最後の審判の日も、彼らは肉体を身につけることができない。自らの魂の茨の木に、肉体はぶら下がるしかないのだ。
『歯車』(芥川龍之介)2「復讐」 冬の日。「僕」は小説執筆のために滞在中のホテルを出て、姉の家まで歩いて行った。姉の夫は、何日か前に鉄道自殺したのだ。道沿いの公園の樹木を見て、「僕」は「ダンテの地獄の中にある、樹木になった魂」を思い出した。「僕」は道を変え、ビルディングの並ぶ電車線路の向こうを歩いた〔*芥川龍之介自身も、『歯車』執筆後に服毒自殺する〕。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第9章 主神オーディンと彼の兄弟たちは、海岸で見つけた2本の木から人間の男女を造り、息・生命・智恵・運動・顔・言葉・耳・眼・衣服・名前を与えた。男はアスク、女はエムブラと言い、この2人から人類が生まれた。
『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話) 神様が土で人間を造った時(*→〔土〕1)、柳の枝を背骨として土に通した。人間が年をとると腰が曲がるのは、背骨の柳が年老いて曲がるからである。
『青柳のはなし』(小泉八雲『怪談』) 若侍が、山中の柳の木の近くの一軒家で美女青柳を見いだし、妻として連れ帰り幸福に暮らす。5年たったある日、青柳は突然苦しみ出し、「柳の生気が私の命であり、今誰かが私の木を切り倒している」と夫に告げて、息絶える。
『老松』(能) 都の梅津某が、北野天神の夢告にしたがって筑紫の安楽寺を訪れる。かつて菅原道真を慕ってこの地に来た老松(追い松)と飛梅の精が、老人と若者の姿で現れ、松や梅の故事を語り聞かせる。
参宮松の伝説 伊勢参宮の旅人5人が、道中、松右衛門という老人に世話になる。翌年5人は老人の故郷秋田の水沢を訪ねるが、松右衛門は実在しない。松右衛門と名乗ったのは松の老木の精で、昨年の一時期、松が枯れかかったのは松の精が伊勢参宮していたためだった、と村人たちは悟る(秋田県河辺郡雄和町)。
『三十三間堂棟由来』 昔、梛の木と柳の木が枝を交わし夫婦となっていたが、修行僧蓮華王坊が枝を切り、夫婦の仲を裂いた。後、梛は平太郎という人間に生まれ変わり、柳の精はお柳という娘に身を変じて、2人は結婚し、子供も生まれる。しかし、三十三間堂の棟木にすべく柳の木が伐り倒されることになり、お柳は夫と子に別れを告げて去る。
『高砂』(能) 阿蘇の宮の神主友成が播州高砂を訪れ、熊手と杉箒を持つ老人夫婦と出会う。彼らは高砂の松と住吉の松の精であり、住吉で待つと告げる。友成が船で住吉へ行くと、住吉明神が出現し、舞う。
『花咲か爺』(昔話) 隣の爺が、正直爺の愛犬シロを殺し、榎樹(えのき)の下に埋める。正直爺がシロをしのんで、榎樹で臼を作って搗くと、たくさんの餅が出てくる。隣の爺が臼を借りて搗くが、犬の糞が出たので、怒って臼を焼く。正直爺が臼の灰を持ち帰り、枯れ木にまくと花が咲く。
*エデンの園の木が、イエスの十字架に→〔十字架〕1の『黄金伝説』64「聖十字架の発見」。
*高原の木が、町の電信柱に→〔電信柱〕2の『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第26巻76ページ。
『古事記』上巻 天孫ニニギの子ホヲリ(=山幸彦)が、海神の宮の門前に到り、井の傍らの桂の木に登る。海神の娘トヨタマビメの侍女が、水汲みに来てホヲリの姿を仰ぎ見る。侍女はトヨタマビメに「立派なおかたがおいでです」と知らせる〔*『日本書紀』巻2・第10段本文および一書第1では、ヒコホホデミ(=ホヲリ)は桂の木の下にいたと記す。一書第2では、木に跳び登った、と記す〕。
『隣りの寝太郎』(昔話) 分限者の屋敷の隣りに、怠け者の寝太郎が住んでいた。寝太郎は夜中に分限者の庭の松の木に登り、「わしは奥山の天狗だ。お前の娘を、隣りの寝太郎の嫁にやれ」と命じて、提灯に火をともし、鳶の足にくくりつけて放す。光るものが空を飛ぶのを見て、分限者は本当の天狗のお告げと思い、娘を寝太郎に与える(広島県比婆郡。*寝太郎が飛ばす鳥は、鳩や雉のばあいもある)。
*五条の柿の木の梢に現れた仏は、天狗が化けたものだった→〔仏〕4の『今昔物語集』巻20-3。
『述異記』12「樹上の人」 郭秀之は73歳の時、病気になって家にひきこもった。早朝、家の北側にある棗(なつめ)の大木の上に、黒い頭巾・黒い革袴をつけた色黒の男が現れ、郭秀之に向かって、「あなたを呼びに来た。早く支度をなさい」と言った。日が昇ると、男は消えた。郭秀之だけでなく、家中の者が男を見た。こうしたことが53日間続き、郭秀之が死ぬと男は現れなくなった。
★8.木の股。
『沙石集』巻5末-7 和泉国の「薬師」という名前の下女が、心太(ところてん)のようなものを産んだ。これを鉢に入れて榎(えのき)の股に置いたところ、鉢の中から大佛頂陀羅尼の声がして、数日後に美しい童子が出て来た。この童子が、後の行基菩薩である。
『神道集』巻6-33「三島大明神の事」 伊予の国の長者・橘朝臣清政夫妻が、長谷寺の観音に祈って若君玉王を授かる。しかし夫妻の喜びもつかのま、幼い玉王は鷲にさらわれてしまう。鷲は阿波の国へ飛び、頼藤右衛門尉家の庭の枇杷の木の3つ股に幼児をはさんで、去る〔*『みしま』(御伽草子)も同話〕。
『日本書紀』巻21崇峻天皇即位前紀 蘇我馬子が物部守屋を討つべく軍勢を送る。守屋は、衣摺の朴(榎)の木の股に登って、上から雨のごとく矢を射かけた。しかし、迹見首赤檮が守屋を木の股から射落とした。
『常陸国風土記』久慈の郡賀毘礼の高峰 立速日男命が天から降り、松の樹の枝が多く分かれた股の上にいた。人が松に大小便をすると、災いを下し病気にならせた。
*女が、自分の産んだ赤ん坊を木の股に置く→〔妬婦〕2の『古事記』上巻。
*僧が、木の股で往生する→〔発心〕3の『今昔物語集』巻19-14。
*鷲などの鳥が、さらった子供を木の上に置く→〔兄妹〕3の『みつけ鳥』(グリム)KHM51。
『古事記』上巻 八十神(やそかみ)たちがヤガミヒメに求婚するが、ヤガミヒメは「私はオホナムヂ(=大国主命)に嫁ぐ」と言う。怒った八十神たちは、大樹を切り倒してくさびを打ちこみ、その中にオホナムヂを入らせる。くさびを引き抜くと、オホナムヂは木にはさまれて死ぬ〔*そこへ母神が来てオホナムヂを蘇生させる〕。
『日本霊異記』上-1 雄略天皇の命令で雷を捕えた少子部の栖軽がやがて死に、墓に「雷をとりし栖軽」との碑文の柱が立てられる。雷がこれを見て怒り、碑文に落ちかかる。ところが雷は柱の裂け目にはさまれてしまい、再び捕らえられる。
『今昔物語集』巻26-11 白犬が1匹の蚕を食べ、鼻の穴から多量の糸を出した後に倒れて死ぬ。犬の死体を桑の木の下に埋めると、その木に蚕が隙間もないほど繭を作り、良質の糸が取れた。糸は朝廷に献上され、代々の帝の衣服に用いられた。
『南総里見八犬伝』第3輯巻之1第21回 犬塚信乃が、愛犬与四郎の死骸を梅の樹のほとりに埋めてから1年後の春3月、信乃と額蔵(犬川荘助)は、青梅が多くなっているのを見て「犬が肥やしになったのか」と話し合う。梅は各枝に8つずつなり、実ごとに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字が現れていた。
*桜の樹の下には屍体がある、との空想→〔桜〕4の『桜の樹の下には』(梶井基次郎)。
★11a.世界をささえる木。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第15章 トネリコの大樹ユグドラシルの枝は全世界の上に広がり、天上に突き出てそびえている。3つの根が樹を支えて遠くへのび、1つはアース神たちのところ、1つは霜の巨人のところ、1つはニヴルヘイムの上にある。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第49章 世界中のあらゆるものが、「オーディンの息子バルドルには危害をくわえない」と誓う。そのため、射られたり、斬られたり、石を投げられたりしても、バルドルは傷つかない。ところが宿り木だけが、「若すぎる」との理由で誓いをしていなかった。1人の女(ロキの変装)にそそのかされたヘズ(ホズ)が、たわむれに宿り木をとってバルドルを射る。バルドルは死ぬ。
*→〔生き肝〕2aの『今昔物語集』巻5-25・〔魂〕1a・1b・1cに記事。
『源氏物語』「帚木」 光源氏は空蝉に逢おうと、紀伊の守邸を訪れるが、彼女は姿を隠してしまい、捜し出すことができなかった。光源氏は、「帚木(ははきぎ)の心を知らでそのはらの道にあやなくまどひぬるかな」の歌を、空蝉に贈った。「帚木」は、信濃国の園原にある、帚(ほうき)を逆さに立てたような形状の木で、遠くからのみ見え、近づくと見えなくなるという。
箒木(高木敏雄『日本伝説集』第4) 丹後国何鹿郡の御千嶽の頂上に、「スーヲ木」という1本の大木がある。この木の影が海に映って漁の邪魔になるので、漁師たちが木を伐りに山へ登ると、木が見えない。不思議に思って海へ帰ると、いつものように木の影が映っている。御千嶽は低い山だが、頂上に「スーヲ木」が立っているおかげで、向こうの松尾山とあまり違わぬ高さに見える。だから御千嶽の神様がこの木を惜しんで、伐られないように隠すのだ。
★13a.縁結びの木。
『愛染かつら』(野村浩将) 愛染明王を本尊とするお堂の傍に、かつらの木がある。恋人どうしがこの木につかまって誓いを立てると、たとえ一時は思いどおりにならなくても、いつか必ず結ばれる、という言い伝えがある。医師津村浩三は、看護婦高石かつ枝を連れて木のそばに行き、「高石さん、嘘だと思ってこの木にさわってくれませんか」と言い、自分の思いを訴える。
*→〔電信柱〕2の『サザエさん』で、サザエとマスオが名前を刻んだ木も、縁結びの木といってよいのではなかろうか。
★13b.子授けの木。
『現代民話考』(松谷みよ子)9「木霊・蛇ほか」第1章「木霊」その1の10 淡路一宮と崇められる伊弉諾神宮の境内に、県指定天然記念物の夫婦大楠がある。地上1メートルくらいの所から2本に分かれており、子宝に恵まれない人がお参りすると授かるといわれる。イザナキ・イザナミの結婚の時の「天のみ柱」がこの大楠だといい(*→〔周回〕1の『古事記』上巻)、今でも夜中に男女が大楠を左右から廻って出会い、イザナキ・イザナミの故事を真似るという(兵庫県)。
『明(みん)史』巻322「外国」3「日本」 日本には昔から王がおり、その下に「関白」と称する者がいた。山城州の頭(かしら)である関白信長が狩りに出た時、樹の下に寝そべっている男と出会った。男は飛び起きて信長にぶつかり、「自分は平秀吉、薩摩州の人の奴隷だ」と言った。秀吉は身体が強く、すばしこく、弁が立ったので、信長はすっかり気に入った。樹の下で出会ったことから、「木下人」と名づけて召し使った。
*これは、日吉丸と蜂須賀小六が橋の上で出会った物語の変形であろう→〔橋〕3bの『絵本太閤記』。
*木からの誕生→〔誕生〕1のハイヌウェレの神話・『変身物語』(オヴィディウス)巻10・『呂氏春秋』巻14「孝行覧・本味」。
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