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ほしのおうじさま ―わうじさま 【星の王子さま】
映画情報 |
星の王子さま
| 原題: | The Little Prince |
| 製作国: | アメリカ |
| 製作年: | 1974 |
| 配給: | パラマウント映画=CIC配給 |
| 解説 |
| 世界的に有名なアントワーヌ・ド・サン・テグジュぺリ原作のミュージカル映画化。製作・監督は「ふたりは恋人」のスタンリー・ドーネン、共同製作はA・ジョゼフ・タンデ、脚本・作詞はアラン・ジェイ・ラーナー、作曲はフレデリック・ロー、撮影はクリストファー・チャリス、振付はボブ・フォッシー(ヘビ)、ロン・フォレッラ(バラ)、美術はノーマン・レイノルズが各々担当。出演はリチャード・カイリー、スティーヴン・ワーナー、ボブ・フォッシー、ジーン・ワイルダー、ドナ・マッケニー、ホス・エイクランド、クライヴ・レヴィル、ビクター・スピネッチ、グレアム・クローデンなど。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| パイロット(リチャード・カイリー)は、小さい頃ウワバミが象をのんだ絵を描いたが、大人たちに、それは帽子だと笑われた。そんな大人たちに失望したパイロットは大人になると飛行機乗りになって、空と星を友達にして暮らして来た。ある時、飛行機の故障で砂漠の真中に不時着した。翌朝、飛行機を調べているところを声をかけられた。「ねえ、羊の絵を描いてくれない」。星の王子さま(スティーヴン・ワーナー)だった。パイロットは、羊の絵を何枚か描き、加えて例のウワバミの絵を描いたが、「ゾーをのみこんだウワバミの絵なんかいらないよ」というのだった。パイロットは、王子さまが語る断片的な話から、王子さまのことがわかってきた。王子さまはもと、小さい星Bー612に住んでいたのだ。その星には小さい2つの活火山と1つの死火山があり、美しいバラ(ドナ・マッケニー)が咲いていた。自尊心の強いそのバラは、わがままをいって王子さまを困らせた。王子さまが小さな自分の星を捨てて宇宙に旅立ったのは、そのバラのわがままのせいだった。旅に出た王子さまは、さまざまな星を訪れ、いろいろな人に出会った。王様、実業家、軍人など…。そして地球にやってきた王子さまはヘビ(ボブ・フォッシー)とキツネ(ジーン・ワイルダー)と友達になった。ヘビは、王子さまが自分の星に帰りたくなったときには必ず役にたってあげると約束した。キツネは親しくなった王子さまとの別れをおしんで、秘密の手紙をくれた。手紙には、眼に見えないものの中に大切なものがある、と書いてあった。王子さまは自分の星に残してきたバラのことを思った。飛行機が直った翌朝、王子さまはヘビの世話になって自分の星に帰っていった。パイロットの悲しみをよそに−−。 |
ウィキペディア |
星の王子さま
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 08:55 UTC 版)
『星の王子さま』(ほしのおうじさま、フランス語原題:Le Petit Prince)は、フランス人の飛行士・小説家であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説である。彼の代表作であり、1943年にアメリカで出版された。
2009年現在、全世界で8000万部[1]、日本では600万部[2]が売られている。
目次 |
概要
体裁は児童文学ながら、子供の心を失ってしまった大人に向けての示唆に富んでいる。« Le plus important est invisible » 「大切なものは、目に見えない」を始めとした本作の言葉は、生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針として広く知られている。この作品の元になったと思われる、1935年のリビア砂漠での飛行機墜落事故の体験は、サン=テグジュペリによる随筆集『人間の土地』(新潮文庫、1998年版から宮崎駿の表紙イラストになった)で語られている。
初版以来、作者自身による挿絵が使われ、素朴な主人公や脇役の姿は作品とともに愛されている。
物語の前置きでは、この本を、フランスに住んでいて困難に陥っているあるおとなの人に捧げると述べられている。この献辞にある「おとなの人」「子どもだったころのレオン・ヴェルト」とは、作者の友人のジャーナリスト、レオン・ヴェルトを指している。当時は第二次世界大戦中で、ヴェルトはヨーロッパにおいてナチス・ドイツの弾圧対象となっていたユダヤ人であった。
映画監督のオーソン・ウェルズも実写とアニメーションの融合による映画化を考えていたことがあり、アニメーション部分はディズニー・プロに依頼していたようであるが、実現はしなかった。
慶應義塾大学助教授の片木智年によると、日本における「星の王子さまブーム」は2006年の時点で3回あったという。1回目は研究者らによる謎解き本が多数出版された1980年代、2回目はサン=テグジュペリ生誕100周年の2000年前後、3回目は数社から新訳が出版された2006年前後で十数社で刊行された[3]。これに対し加藤晴久が2007年に、書肆心水で『憂い顔の「星の王子さま」続出誤訳のケーススタディと翻訳者のメチエ』を刊行し、内藤訳と新訳14冊を検証、強く批判している[4]。
著作権
日本では岩波書店が独占的な翻訳権を有していたが、原著の日本における著作権の保護期間がサンフランシスコ平和条約に基づく戦時加算分の3794日を含めて2005年1月22日に満了し、論創社・宝島社・中央公論新社など数社から相次いで新訳が出版された。ただし、日本語の書名である『星の王子さま』は、岩波版の翻訳者であるフランス文学者の内藤濯によるもの(直訳では『小さい大公』)であるため、新訳本の出版の際には新訳にふさわしい別の書名をつけるか、本の扉裏やあとがきに内藤濯の考案であることを明示してほしいと、岩波書店などは要望している。
フランスを始めEU加盟国の著作権保護期間は個人の死後70年であり、死亡宣告で1944年没と認定されたサン=テグジュペリの保護期間満了は通例では2014年であるが、サン=テグジュペリはフランス著作権法第123条の10における「愛国殉職者」の認定を受けているため、フランス国内では2044年まで著作権が存続する予定である。著作権の保護期間を世界最長の「死後100年」と定めているメキシコでもフランスと同様に2044年まで、アメリカ合衆国では1978年のベルヌ条約加盟以前に旧法下で保護期間を満了しなかった著作物に対する特例に基づき「死後95年または公表後120年のどちらか短い方」の前者が適用され2039年まで著作権が存続する予定。カナダやニュージーランドでは1994年末に保護期間を満了し、パブリックドメインとなっている。
あらすじ
操縦士の「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着する。1週間分の水しかなく、周囲1000マイル以内に誰もいないであろう孤独で不安な夜を過ごした「ぼく」は、翌日、1人の少年と出会う。話すうちに、「ぼく」は少年がある小惑星からやってきた王子[5]であることを知る。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
王子の星は家ほどの大きさで、そこには3つの火山と、根を張って星を割いてしまう程巨大になるバオバブの芽と、よその星からやってきた種から咲いた1輪のバラの花があった。王子はバラの花を美しいと思い、大切に世話していた。しかし、ある日バラの花とけんかしたことをきっかけに、他の星の世界を見に行くために旅に出る。王子は他の小惑星をいくつか訪れるが、そこで出会うのは
- 自分の体面を保つことに汲々とする王
- 賞賛の言葉しか耳に入らない自惚れ屋
- 酒を飲む事を恥じ、それを忘れるために酒を飲む呑み助
- 夜空の星の所有権を主張し、その数の勘定に日々を費やす実業家(絵本、新訳の一部ではビジネスマン)
- 1分に1回自転するため、1分ごとにガス灯の点火や消火を行なっている点燈夫
- 自分の机を離れたこともないという地理学者
といった、どこかへんてこな大人ばかりだった(数字は「○番目の星」として登場する順番)。6番目の星にいた地理学者の勧めを受けて、王子は7番目の星、地球へと向かう。
地球の砂漠に降り立った王子は、まずヘビに出会う。その後、王子は高い火山を見、数千本のバラの群生に出会う。自分の星を愛し、自分の小惑星の火山とバラの花を愛おしく、特別に思っていた王子は、自分の星のものよりずっと高い山、自分の星のバラよりずっとたくさんのバラを見つけて、自分の愛した小惑星、火山、バラはありふれた、つまらないものであったのかと思い、泣く。
泣いている王子のところに、キツネが現れる。悲しさを紛らわせるために遊んで欲しいと頼む王子に、仲良くならないと遊べない、とキツネは言う。キツネによれば、「仲良くなる」とは、あるものを他の同じようなものとは違う特別なものだと考えること、あるものに対して他よりもずっと時間をかけ、何かを見るにつけそれをよすがに思い出すようになることだという。これを聞いた王子は、いくらほかにたくさんのバラがあろうとも、自分が美しいと思い精一杯の世話をしたバラはやはり愛おしく、自分にとって一番のバラなのだと悟る。
キツネと別れるときになり、王子は自分がキツネと「仲良く」なっていたことに気付く。別れの悲しさを前に「相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった」と思う王子に、「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出せるなら、仲良くなった事は決して無駄なこと、悪い事ではなかった」とキツネは答える。別れ際、王子は「大切なものは、目に見えない」という「秘密」をキツネから教えられる。
日々飛行機を修理しようと悪戦苦闘するかたわら、こんな話を王子から聞いていた「ぼく」は、ついに蓄えの水が底をつき、途方に暮れる。「井戸を探しに行こう」という王子に、砂漠の中で見つかるわけははないと思いながらついて行った「ぼく」は、本当に井戸を発見する。王子と一緒に水を飲みながら、「ぼく」は王子から、明日で王子が地球に来て1年になると教えられる。王子はその場に残り、「ぼく」は飛行機の修理をするために戻っていった。
翌日、奇跡的に飛行機が直り、「ぼく」は王子に報せに行く。すると、王子はヘビと話をしていた。王子が砂漠にやってきたのは、1年前と星の配置が全く同じ時に、ヘビに噛まれることで、身体を置いて自分の小惑星に帰るためだったのだ。別れを悲しむ「ぼく」に、「自分は自分の星に帰るのだから、きみは夜空を見上げて、その星のどれかの上で、自分が笑っていると想像すれば良い。そうすれば、君は星全部が笑っているように見えるはずだから」と語る。王子はヘビに噛まれて砂漠に倒れた。
翌日、王子の身体は跡形もなくなっていた。「ぼく」は王子が自分の星に帰れたのだと考え、夜空を見上げる。王子が笑っているのだろうと考えるときには、夜空は笑顔で満ちているように見えるのだが、万一王子が悲しんでいたらと考えると、そのうちのひとつに王子がいるであろういくつもの星々がみな、涙でいっぱいになっているかのように、「ぼく」には見えるのであった。
以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。
- ^ 星の王子さまの金・銀貨 泰星コイン、22発売、47 NEWS、2007年1月17日。
- ^ 「星の王子さま」ファミリー、岩波書店。
- ^ 「日本経済新聞」2006年4月4日付夕刊および下記参照。
- ^ 著者は東京大学・恵泉女学園大学名誉教授。元日本フランス語教育学会会長、国際フランス語教員連合副会長で大多数の訳者達の先輩・同僚にあたる。また三修社で2006年に、注釈『自分で訳す星の王子さま』を刊行している。
- ^ 本来は「王子」というのは誤解であり誤訳である。“prince”は王子という意味のほかにも小国の君主(通常は「公」「大公」と訳す)の意味もあり、この作品では後者の意味に解するのが本来は正しい。「王子」は、自分の小惑星の支配者であるし、また「un bien grand princeなんかになれそうにない」というセリフからも、“prince”は「王子」ではなく(君主としての)「公」であることがうかがわれる。とはいえ、「王子」という解釈と訳語はすでに定着したものであるため、それに従うものとする。
- ^ サン=テグジュペリ デッサン集成, みすず書房, 2007.4.25, p.316-319
- ^ Jérôme Dupuis, L'Express Livres; “On a retrouvé les dessins du Petit Prince!”. L'Express. 2006年6月閲覧。, 鳥取絹子;読売新聞2006年5月16日号
- ^ 同展図録, TBS, 2007.4.24, p.113
- ^ 「はやぶさ」を支えた声。2005年11月29日。
固有名詞の分類
| 映画作品 |
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