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しょうへい-ざかがくもんじょ しやうへい― 【昌平坂学問所】

昌平黌(しようへいこう)


歴史民俗用語辞典

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昌平坂学問所

読み方:ショウヘイザカガクモンジョ(shouheizakagakumonjo)

江戸湯島にあった江戸幕府直轄学問所

別名 昌平黌



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昌平坂学問所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 01:09 UTC 版)

昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)は、1790年(寛政2年)、神田湯島[1]に設立された江戸幕府直轄の教学機関・施設。正式の名称は「学問所」であり「昌平黌」(しょうへいこう)とも称される。




  1. ^ 「湯島」は古代の豊島郡湯島郷に由来する地名で、「本郷」という地名も湯島郷の本郷に由来するという説もある。一方、「神田」は神田明神もしくは伊勢神宮の神田に由来する地名であったことから、由来の異なる両方の地名が被る地域も存在した。そのため、湯島聖堂・昌平坂学問所とその周辺地域は「神田」とも「湯島」とも称されたが、1887年(明治20年)に神田区と本郷区の境界が確定した際に湯島聖堂・昌平坂学問所のあった神田区宮本町は本郷区に編入されて1704年(宝永元年)まで使われていた湯島二丁目(現在の湯島2丁目とは地域が異なる)と改称された(参照:『日本歴史地名大系 13 東京都の地名』(平凡社、2002年) P509-511)。
  2. ^ すぐに旧岸和田藩邸(現在の東京都立日比谷高等学校の場所)にて開校したが、文部省設置と共に引き取られた。


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