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日本の大学野球
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/05 03:12 UTC 版)
(大学野球 から転送)
日本の大学野球(にほんのだいがくやきゅう)とは、日本における大学相当の教育機関に所属する野球部が主体となって行われる野球競技の一般総称である。
対象となる組織は、大学以外に高専(高等専門学校。但し、高専チームの部員登録対象は後半期学年に当たる第4学年・第5学年のみ[1])と短期大学、ならびに大学相当の教育を行う省庁大学校[2]の野球部である。また、6年制を採っている学部生(主に医歯薬関連学部)の場合は、生涯通年として最大4年間までの制限の下でその登録・在籍の対象になっている[3]。
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- ^ 高等専門学校の全学年の部員を対象にした野球大会としては、全国高等専門学校総合体育大会の野球競技の部がある。
- ^ 教育訓練の専門性が強いことと大学校数そのものの少なさの関係で、大学校のみを対象にした野球大会は存在していない。それぞれの野球部の判断により近隣の野球連盟(大学、あるいは社会人など)に所属して活動している。例えば神奈川大学野球連盟には防衛大学校と職業能力開発総合大学校が加盟している。
- ^ 6年制を採っている医学部や歯学部の全学年の部員を対象にした野球大会としては、それぞれの学部生のみを対象にした体育大会(東日本医科学生総合体育大会・西日本医科学生総合体育大会・全日本歯科学生総合体育大会)の野球競技の部がある。
- ^ 経年の変化はあるが、2006年度段階で全日本大学野球連盟に所属して活動している医科歯科系の硬式野球部単独チームは、医科系で2校(岩手医科大学、徳島大学医学部)、歯科系で2校(大阪歯科大学、九州歯科大学)のみとなっている。
- ^ 総合体育大会にのみ参加エントリーを行うチーム、硬式野球・準硬式野球のそれぞれの大学野球連盟でのみ活動するチーム、双方ともに参加しているチームなどチーム事情により活動形態は異なっている。但し、医科歯科系単独チーム全体の中では硬式野球部は以前から減少傾向にある。
- ^ a b c d e f 全日本大学野球連盟と日本野球連盟の協約により、両者への重複加盟は禁止されている。
- ^ 大学生におけるの野球競技が他の多くの大学スポーツと異なり、主に春・夏型のスポーツとして運営されているのは、元来、野球競技が寒冷な時期よりも温暖な時期に行なうのに向いているのと、そういう背景から生まれた全国中等学校野球の歴史を受け継いだ高校野球の全国大会(甲子園大会)が春と夏に行なわれ(秋季大会は新人戦としての意味合いが濃く、また従来から秋季は選手権型の運営が行なわれていなかった。)、それが戦前戦後を通じて長い間広く国民の間で親しまれてきたことなどによる影響を受けている。
- ^ 古くから人気や実力があるリーグでは、長年の実績と経験から運営自体が強化されており、そうではないリーグに比べて全国大会に依存しない形で運営が行なわれてきた。また、新興のリーグでも運営の強化が進むにつれ、先行していたリーグの運営を手本にする場合が多いため、伝統リーグや有名な人気リーグの運営に追随する傾向が強い。
- ^ 一部の古くから活動が盛んなリーグやその所属チームを除いて、高校野球の場合に夏の選手権大会が終了すると実質最高学年の部員が引退するように、大学野球の場合も最終学年の部員は春季リーグ戦終了後(秋季リーグ戦前)には実質的に引退する場合が多い。これは就職活動に備えなければいけない社会事情もあるが、学生生活での最終シーズンを迎えた部員が就職活動の影響を受けるのは野球競技に限定された事情ではないので、そのことが野球競技が春夏型のスポーツである大きな要因であるとは言い難く、どちらかといえば日本国内においてスポーツ文化として長年培われた事情や特徴の集積の結果であるといえる。
- ^ 当時の近畿六大学リーグが全国大学野球連盟に4番目の連盟として加盟する意思を持っていたことは、近畿学生野球連盟50年史の中に当時の回想録として綴られている。
- ^ 高校野球との比較において、現在の大学野球のシステムでは、各都道府県大会の優勝校のみしか出場できない夏季の夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)と各リーグ優勝校しか出場できない春季の全日本大学野球選手権、各都道府県大会の優勝校以外にも出場の余地がある春の甲子園大会(選抜高等学校野球大会)と一部にリーグ優勝校以外も出場できる枠がある明治神宮野球大会という具合に似通った構図になってはいるが、システム上では予選として機能している大会(リーグ戦)のタイトルまで含めた称号があるのはあくまで大学野球特有のものになっている。
- ^ かつて一時期あった大学野球ブームの際にも現在同様に春秋の展望号と決算号を発行する年4回体制だったが、その後の人気収束にともない1981年から従来の年2回発行体制に戻った。
- ^ もともと雑誌ホームラン自体は日本スポーツ出版社から出されていた定期刊行雑誌であったが、出版元の事情により2007年に一旦休刊になり2008年初頭に版権譲渡により当時の廣済堂出版(現在の廣済堂あかつき出版)社により復刻された。
- ^ 神宮の星「大学野球」と同時期にも既に大学野球関連雑誌として定着していたベースボール・マガジン社発行の大学野球特集増刊号は、当時は東京六大学野球特集号であったため、東京六大学リーグ以外の情報、特に全国大会の情報などは皆無に等しい状況だった。
- ^ 1982年の関西大学野球連合解体前までは、主要リーグとしての扱いを受けていたのは、東京六大学・東都・首都に加えて分裂前の旧関西六大学リーグの4連盟であった。但し、当時は「主要4リーグ」などの命名は用いられてはおらず、扱いとしての概念があるのみであった。おそらく当時は、大学野球全体を扱うメディアが殆ど無いに等しく、東京六大学リーグの他は、東京六大学リーグ以外で主要リーグとされる他の3連盟の情報を掲載しておけば充分に事足りるという世相・背景があったため、概念的にも特に区別して呼称する必要さえなかったからと思われる。