ウィキペディア |
新潟放送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 02:01 UTC 版)
株式会社新潟放送(にいがたほうそう、英: Broadcasting System of NIigata Inc.)は、新潟県を放送対象地域とする民間放送局。略称はBSN。
|
|||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
|
|||||
|
||||||||
|
|||||
|
||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
- ^ 大和新潟店7階の演奏所が完成からわずか三年足らずで焼失する。しかし、引火する寸前まで大和屋上から火災の実況生中継を行い、実況スタッフが避難した直後より網川原送信所から行った臨時放送と合わせ、各方面から高く評価された。この日から新社屋が機能するまでの約8ヶ月間、送信所内の仮設アナブースからの番組と県内各所からの公開番組で放送をカバーする。
- ^ 二年参りで混雑する弥彦神社で深夜0時過ぎ、参拝客が将棋倒しになり死傷者201人の大惨事が発生。ラジオ新潟の社員二人が現場に居合わせたため早期取材体制に入る。放送開始時間を30分繰り上げ4時30分から放送開始。この日に予定していた正月特番を急遽報道番組に変更する。
- ^ 当時のラジオ東京テレビ(KRT、現在のTBSテレビ)等で放送された当番組が第13回芸術祭大賞を受賞したため、ビデオテープで収録していた本放送をこの日に全国にマイクロネットで記念再放送したもの。当時の提供は、三洋電機であった。同番組は現在、TBSのテレビ番組における最古の番組資料でもあり、またビデオテープでもある。
- ^ 1960年11月29日に、ラジオ東京がTBS(東京放送)に社名を変更した流れを受けたものであるといわれている。
- ^ 小林百貨店(現在の新潟三越)1階のウィンドウ内(現在の正面玄関位置)にスタジオ、調整卓を設置
- ^ 尚、番組編成上、同局のカラー放送開始は翌々日の10月3日となった。
- ^ 同局のカラー放送第1弾は、日本テレビからのネットで、米映画ドラマ「カート・ライト兄弟」だった(同日20時からの55分番組)。同局のカラー放送開始当初、レギュラーのカラー番組は同番組の他に、日本テレビの「私のクイズ」、TBSのカラーアニメ「トムとジェリー」の計3番組だけだった。
- ^ 同局のテレビでも、同大会をカラーまたは白黒で連日放送した(時間不定期)。
- ^ 初めはテストケースで行われた。番組内容は記録映画「若人の祭典」だった。
- ^ 後に音声多重化等の改造工事等も行ったが、新館局舎移転になる前日の1987年4月5日まで使用された
- ^ 同年の4月からNHKがカラー契約を開始したことや、同局の「テレビスポットコンクール」の開始が同日だったこと、更に同年の11月29日に新潟総合テレビがサービス放送を開始したこと(同局の開局は翌月の16日)が影響している。
- ^ 同中継車の初運用は、同年9月20日放送の「中央競馬中継」(新潟競馬場からの生放送)だった。
- ^ カラー化に伴いテレビスタジオには、東芝製カラープランビコンカメラ3台が配置される。
- ^ ただし、番組の前半部分は「ミュージックポスト」放送開始以降、新潟放送局周辺以外の地域(上越・中越地方)でも放送していた。
- ^ 但し、朝日放送の一部の番組(新潟総合テレビの番組枠の都合で放送できない番組、一部の一本買いの番組等)は、1983年9月30日の新潟テレビ21開局前日まで放送された。
- ^ この公開生放送の中の「少年少女合唱隊」のコーナーにて、ドリフターズの新メンバーである志村けんが、彼の出世作となった「東村山音頭」(リメイク版)を初披露した。詳しくは、彼の項目を参照のこと。
- ^ JODO上越放送局の1530kHzは、9kHzごとの所定の周波数であったため、変更する必要がなかった。
- ^ JODR新潟局:1120kHz→1116kHz、JODE長岡局:1060kHz→1062kHz、塩沢中継局:1560kHz→1485kHzにそれぞれ変更された。
- ^ ちなみに初めの同放送は、朝6時57分の「天気予報」のステレオ放送で、同日放送開始前のテストパターンの音楽もステレオ放送だった。
- ^ 16時からの55分番組。ステレオ放送だったものの、同日の新聞のテレビ番組欄には同番組のステレオ番組の表記がなかった(BSNの担当者が書き忘れたものと思われる)。
- ^ その後は、ENGを使ったビデオ取材に一本化される。
- ^ この時は、番組の演出上、シンガーソングライターの泰葉がピアノを弾きながら歌っている最中に切り替えられた。また、この変更の瞬間を収録したテープを送ってプレゼントを当てる懸賞キャンペーンも行われた。
- ^ 第1ラジオスタジオ内の吸音素材にはラジオスタジオでは日本初、特殊セラミックパネルを壁一面(副調整室のある壁面のみ張られていない)に張る工法を採用し、完成後は多くの放送、音響に関わる関係者が見学に訪れた。またこの頃は、セラミックパネルの効果を活かした生演奏企画が番組内で多く行われた。
- ^ スタジオには、東芝製カラーCCDカメラが三台導入される。音声はステレオ対応。このスタジオ運用開始に伴い、ローカル番組「土曜はヨイショ!!」がステレオ放送になる。
- ^ ローカル番組でも、「土曜はヨイショ!!」等のテレビスタジオの番組にて同放送が行われた。
- ^ 当時の同番組の月曜日の深夜(正確に言えば火曜日の早朝)の担当パーソナリティーが、地元長岡市出身の演歌歌手である徳巻駒子が担当していたことが大きく影響したことによるもの[要出典]。
- ^ JNNでは、TBS、MBSに次いで3局目であった。
- ^ 導入された際の模様がKowaのウェブサイトに掲載されている。http://www.kowa.co.jp/bic/import/pdf/vol_07.pdf
- ^ 同放送が、後に開始される地上波デジタルテレビ放送におけるデータ放送に変わることによる処置である。
- ^ この日は新潟県を含む全国のNHKの地方局13局と、全国の地方民放40局が同時に予備免許を取得した。インプレス社AV Watch 2005年6月9日付記事
- ^ 総務省信越総合通信局報道資料 平成18年3月23日付
- ^ スタジオカメラはテレビ放送開始以来東芝製であったが、ハイビジョン放送の開始に伴い初めてソニー製(品番:HDC-900)になる。
- ^ 原因は本社内に設置してある電源装置の点検の際、関連会社の作業員が誤った操作をしたために放送用電源が供給されなくなったことによるもの。
- ^ 報道取材に於けるハイビジョン取材の開始は、JNN系列では最も遅い方だった。
- ^ a b 局の経済的事情により4時を起点とする23時間放送となる。番組表では、午前3時から4時のフィラーの時間は「深夜音楽」という番組タイトルになっているが、毎日同じクラシック音楽(J.S.バッハ作曲 ブランデンブルク協奏曲第4~6番)と途中2回(同曲第5・6番の冒頭後直ぐ)IDが読まれるだけである。この処置に伴い、以前同時間帯でTBSラジオからネットしていた「JUNK ZERO」と「MIXUP」の2番組が打ち切りとなる。同日時点で信越放送(SBC)でも同じ処置が採られていた(SBCのそれはフィラー音楽がなく、停波を伴う休止枠だった)が、2009年秋よりネット受けを再開。現在は全国で唯一ネット受けをしていない。
- ^ 自前でのローカルテレビ中継でのハイビジョン化は、県内民放では最も遅かった。いずれも報道等の簡易中継用である。
- ^ 但し、スポーツ等の大規模な中継番組は、引き続き自前のSD画質の大型中継車を使って行っている。
- ^ CSのTBSニュースバードでも同試合を標準画質 (SD) で試合開始から終了まで放送。ハイビジョン生放送においては、TBSの協力があったものと思われる。
- ^ 「水戸黄門」等のSD再放送番組については、上下左右に黒帯が出る額縁放送となる
- ^ 但し、同番組はテレビ東京系列局及びBSジャパンでは、新潟競馬場からの中継でもハイビジョンとなっている。これは、テレビ東京で独自にハイビジョン中継車及び東京への上りハイビジョン・デジタル回線を手配しており、更に同番組の調整・送出はテレビ東京のスタジオで行っているためである。尚、テレビ東京からBSNまでのネット回線はこの時点ではSDアナログ回線しかないため、BSNでのこの時点での同番組の放送はハイビジョンではなくSDワイド放送となる。
- ^ 新潟本局からのみ放送(他の親局では放送しない)。
- ^ 2012年4月に政令指定都市に移行予定の熊本市を放送域に含む熊本放送も含む。
- ^ 東京ではHD放送だが、回線設備の都合で新潟ではSD放送となる。
- ^ 3番目はテレビ新潟放送網、4番目は新潟テレビ21である。
- ^ 1978年3月まで。その後は、新潟総合テレビ(1979年8月-1981年3月。ただし、最初の2ヶ月間は遅れネット)⇒テレビ新潟(1981年4月-最終回)で同時ネット。
- ^ 日曜日、スポンサーのJRAの都合で1999年末まで放送していた。2000年にNSTへ移行。
- ^ 新潟総合テレビの競馬中継が7月の「FNSの日」や10月第2日曜の「F1日本グランプリ」等で放送休止された時に放送。
- ^ 1970年代半ばには既に設置されていた。同カメラは1985年に完成された現在の新潟県庁舎(新潟市中央区新光町)の工事状況の映像をこまめに保存しており、その模様は、2008年12月23日の「発見!発掘!新潟とテレビの50年」にて放送された。2005年10月には既にハイビジョン化されており、サイマル試験放送前のデジタルテレビ放送の試験電波でも、このカメラで撮った生の映像がハイビジョンで放送されていたことがある。
- ^ 「独占!ごきげんアワー」では交通速報が3回放送されるが、パーソナリティがセンターと直接掛け合う時間は9時29分のみで、10時29分、11時29分はスポット枠を使用している。
- ^ 実際に2009年4月1日、午前11時29分の速報でセンターが応答せず、約15秒間無音声になる事故が発生した。
- ^ アナログ放送親局が「5」のTBS系列局は、新潟放送を含めて4局あるが、リモコンキーIDでも「5」を使用している放送局は、CBC(中部日本放送)のみで、NBC(長崎放送)とOBS(大分放送)はより小さい番号を希望したため「3」となった。
[続きの解説]
「新潟放送」の続きの解説一覧
固有名詞の分類
新潟放送に関係した商品
新潟放送のページへのリンク