斎藤環とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|プロフィール|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索

映画監督・出演者情報

MovieWalkerMovieWalker

齋藤環

以下の映画齋藤環関連しています。
 



ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

斎藤環

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/20 08:31 UTC 版)

斎藤 環(さいとう たまき、1961年9月24日 - )は、精神科医評論家。専門は思春期青年期精神病理学病跡学。爽風会佐々木病院診療部長、社団法人青少年健康センター参与、筑波大学医学博士

目次

経歴

岩手県北上市出身。1980年岩手県立盛岡第一高等学校卒業、同年筑波大学入学。1986年筑波大学医学専門学群(環境生態学専攻)卒業、1990年同大大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。筑波大では稲村博の指導を受けた。

1987年から爽風会佐々木病院勤務、現在同病院診療部長。また指導教官稲村が副会長を務めていた内閣府所管社団法人青少年健康センター参与を務め月に1回「実践的ひきこもり対策講座」を実施。

ラカンベイトソン中井久夫などに精通する。

雑誌「imago」に寄稿した論考を集めた『文脈病 ラカン/ベイトソン/マトゥラーナ』(青土社)で評論家としてデビュー、大きな反響を呼ぶ。漫画アニメーションデヴィッド・リンチなどを精神分析の立場から解釈する。以降、文章のスタイルはこれに準ずる。

『戦闘美少女の精神分析』(太田出版)では、戦うアニメのヒロインはなぜ少女なのかについて分析。『文脈病』でも触れた、アウトサイダー・アートで知られる米国の画家ヘンリー・ダーガーの絵画を引用した。カバーデザインは美術家村上隆ヒロポン

一般的には、『社会的ひきこもり』(PHP新書)で認知されるに至った。同書はひきこもりについてのエッセーである。同じく『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)では、幅広い読者を対象とするが、ひきこもりについて実際の診療をふまえて記述しているため、これらに関連してテレビ、講演等でひきこもり救出について語るようになる。 近年精神科医にかかる患者が増加していることに関しては否定的な見解を持っており、精神科にかかるハードルはある程度高いほうがよいと発言している。 また社会的な事件などに対し、心理学的、精神病理学的な解釈が広く求められる風潮に対しても否定的である。斎藤はひきこもりに対する世間の誤解を解くことに使命感があると述べた。肯定的なひきこもり方をすればこじれることはなく、子供が「自分の秘密を持つ能力」は成熟において重要であると説明する[要出典]

大澤真幸東浩紀浅田彰などと交流を深める。2000年12月2日、勝山実との公開対談もおこなった[1]

各種の現代思想系雑誌、文芸雑誌、新聞に執筆している。近年ではサブカルチャー誌への執筆も行っている。

2007年10月30日放送の『爆笑問題のニッポンの教養』(NHK総合テレビジョン)で、大学研究室以外では初となる爆笑問題の訪問を受けた。

2008年8月30日朝まで生テレビ!出演時に、皇太子妃雅子の病状が適応障害と公表されていることを踏まえ、推測であることを示した上で皇太子妃の病状はうつ病であるという持論の説明をする際に、「古いうつ病と新しいうつ病がある」と区分けした上で新しいうつ病を説明する際に「新しいうつ病は不真面目」と発言した。その後、他の論者も不真面目の言葉を受けて以降、行動に限界があるが自分のやりたいことはできるという部分を批判的に発言する者が出た。

オタク研究家としての活動・言論

2004年、斎藤はヴェネツィア・ビエンナーレの国際建築展日本館のおたく:人格=空間=都市において、現代美術家の開発好明と共に、作品「オタクの個室」を出展した。「オタクの個室」は、実在する18人のオタクたちの部屋をミニチュアで再現した作品である。この作品について斎藤は、2005年のNHKの取材に対して「オタクの人たちは、凄く社会的なイメージと実情との乖離が激しかった。『幼女を傷つける』というようなあからさまな誤解が未だにまかり通っている。私はこの展示を通じてオタクの一人一人に個性があることを再発見した。」とコメントした。

ゲーム脳が話題となった時には逸早く対応、論者の診療の不足を批判した。ひきこもり救出と同じく、医学者ではなく医師として論じなければならないと考えている。

また同様に、フィギュア萌え族が話題になったときにも、「フィギュアダッチワイフは持ち主にとっての意味が異なる」と指摘し、また「ゲーム脳の様なインチキ」と、提唱者の大谷昭宏を批判した。大谷とやじうまプラスで共演している勝谷誠彦広島小1女児殺害事件について「犯人は少女をフィギュア扱いした」とコメントした事についても、「もう、(大谷の代わりに)言わされている感ありまくりだね」と呆れている。

本人は「評論家」の肩書を嫌っている。しかし「放っておいた自分も悪い」とも半ば認めている。

自分自身はオタクかどうかは微妙であるという。オタクの基準の一つは「アニメの絵で自慰が出来るかどうか」であり、それはまだ難しいとの理由を述べている。フィギュアなどにはあまり関心がなく、ほとんど持っていない[2]


  1. ^ 勝山とは2000年8月に斎藤主催のイベント「戦闘美少女vsひきこもり」(新宿ロフトプラスワン)で出会った。出典『ひきこもりカレンダー』 ISBN 9784890361243
  2. ^ビデオニュース・ドットコム マル激』猿でもわかるオタク入門


「斎藤環」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



斎藤環に関連した本

斎藤環に関係した商品


斎藤環のページへのリンク

[PR] おすすめ情報

「斎藤環」の関連用語
斎藤環のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「斎藤環」を見る
_ _   


斎藤環のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
MovieWalkerMovieWalker
(C)MovieWalker
キネマ旬報 (c)キネマ旬報社
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの斎藤環 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS