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斎藤玄

斎藤玄の俳句

たましひの繭となるまで吹雪きけり
まくなぎとなりて山河を浮上せる
寒鯉の腹中にてもさざなみす
明日死ぬ妻が明日の炎天嘆くなり
死が見ゆるとはなにごとぞ花山椒
癌の妻風の白鷺胸に飼ふ
睡りては人を離るる霧の中
 

齋藤玄

齋藤玄の俳句

早乙女の髪長かれと蝶の渦
 

斎藤玄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/05/20 19:25 UTC 版)

斎藤 玄(さいとう げん、1914年8月22日 - 1980年5月8日)は、俳人。本名・俊彦。北海道函館市春日町(現・ 青柳町)に生まれる。父は咀華と号した画家であったが、4歳のときに死別した。早稲田大学商科卒。大学在学中、「京大俳句」に参加し西東三鬼に師事。当初は三樹雄と号した。1938年、北海道銀行に入社。1940年、郷里で「壷」を創刊するが、4年後に休刊。1943年、石田波郷を知り、俳号を玄に改めて「」に投句、のち同人。戦後は銀行員としての多忙な生活のため句作を中断。1967年に銀行を退職し、北海道央信組の専務理事に就任。翌年に個人誌「丹精」を発刊。妻の癌死を題材にした「クルーケンベルヒ氏腫瘍と妻」と題する句群によって俳壇に復活し注目される。1973年「壷」を復刊。1979年、第5句集『雁道』で第14回蛇笏賞。他の句集に『舎木』『玄』『無畔』など。晩年は癌との闘病の中、自身の死を見つめる透徹した句を作った。代表句に「明日死ぬ妻が明日の炎天嘆くなり」「たましひの繭となるまで吹雪きけり」などがある。1980年直腸癌により死去。66歳。




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