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斉藤ひろし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/03/06 05:14 UTC 版)

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斉藤 ひろし
プロフィール
誕生日 1959年
出身地 Flag of Japan.svg 日本 東京都
主な作品
映画 ジェネラル・ルージュの凱旋
余命1ヶ月の花嫁
252 生存者あり
受賞
日本アカデミー賞 優秀脚本賞
シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀脚本賞

斉藤 ひろし(さいとう ひろし、1959年 - )は日本脚本家である。東京都出身。

目次

人物

1984年ディレクターズカンパニー・シナリオコンペで佳作入賞。その後、ビデオシネマ、テレビドラマの脚本などを手がける。 1991年公開の『遊びの時間は終らない』で、劇場用映画の脚本家デビューをした。

受賞歴は、2000年シッチェス・カタロニア国際映画祭で、日本人唯一の最優秀脚本賞を『秘密』で受賞した。2004年日本アカデミー賞優秀脚本賞を『黄泉がえり』で受賞。現在、TVドラマの脚本の仕事はしていない。映画作品の脚本にこだわる数少ない脚本家である。

著書『1週間でマスター 斉藤ひろしのシナリオ教室』出版元:雷鳥社の人物評では、「自身で企画を提示して、作品化するというオリジナルにもこだわってきた。」と紹介され[1]、書評などでは、ざっくばらんな語り口が「脱力系の語り口」と紹介されている。

初期は、コメディタッチの脚本が多かったが、シリアスな脚本も書いている。初期作品の『SF サムライ・フィクション』は、海外映画関係者の評価が高かった。

エピソード

本人によると脚本家になる前、公務員試験に落ち、日活撮影所に助監督試験を受けに行った。その時、偶然に松田優作から「がんばれよ」と声をかけられ非常に嬉しかったが、その試験にも落ちた[2]。その後、ニート生活を送っていたところ、両親に戸塚ヨットスクールに入れられそうになり、家から逃げたというエピソードがある[3]。 その件については、ブログで詳細が語られた[4]

日活芸術学院で講義をした時、本人はあがり症といい、緊張のためかオープニングでマイクを落とした。 講義の中で「誰でも人生には3回チャンスが訪れる。そのチャンスをつかみ取れるよう準備して、どんなチャンスにでも対応できるようにしておくべき。」と言い、2回のチャンスは逃したが、3回目のチャンスをつかみ脚本家になったという経緯を語った[5]。 脚本家になるまでのエピソードは、著書の中でも書かれている[6]

主な脚本作品

リメイク作品

著書

脚注・参考文献

参考文献





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