心
『今昔物語集』巻2-19 夜、盗人が宝物塔から盗み出すべき宝をよく見るため、消えかけた燈明を掻き上げて明るくする。その光で仏像が輝き、盗人はたちまち改心して、何も取らずに去った。この功徳で、盗人は転生後に仏弟子となった。天眼第1といわれた阿那律が彼である。
『使途行伝』第9章 ユダヤ教の信者サウロが、キリスト教徒を捕らえ弾圧すべくダマスコへ向かう途中、天からの光に打たれ、イエスの声を聞く。サウロは3日間、目が見えなかったが、イエスの弟子アナニヤが手を当てると回復した。サウロは回心し、「イエスは神の子である」と人々に説き始める(同・第22章・26章に類話)。
『レ・ミゼラブル』(ユーゴー) 46歳で出獄したジャン・ヴァルジャン(*→〔パン〕2a)を、ミリエル司教は罪人扱いせず、善き人間となるよう説く。しかしその日ジャン・ヴァルジャンは、これまでの習性から、通りかかりの少年の銀貨を奪ってしまう。直後に彼は自分のしたことに気づき、「ああ。おれはみじめな男だ」と叫ぶ。これを契機に彼は心を入れ替え、以後は自らを犠牲にしても、苦境にある人を救う善行ひとすじの生き方をつらぬく。ジャン・ヴァルジャンは64歳で、彼が育てた娘コゼットとその夫マリユスに看取られて、死ぬ。
*冷酷・強欲な老人が、一夜のうちに心を入れ替える→〔クリスマス〕1aの『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)。
*琴の音を聞いて改心する→〔琴〕3cの『琴の音』(樋口一葉)。
『時計じかけのオレンジ』(キューブリック) 暴力とセックスに明け暮れる不良少年アレックスが、殺人を犯して収監される。彼は、暴行や強姦の映画を嫌悪感を感じるまで見続けて心を改造する、という療法を受ける。釈放されたアレックスは、破壊衝動や性衝動を覚えるたびに吐き気に襲われて苦しむ、無力な人間に変わっていた。反体制運動のグループが、彼を人格改造療法の犠牲者と位置づけ、政府批判に利用しようとする。政府はアレックスに今後の生活保障を約束し、世論操作のための協力を依頼して、彼をもとの人格に戻す。
『警官と讃美歌』(O・ヘンリー) 浮浪者ソーピーは、冬の3ヵ月間の食事とベッドを求め、刑務所へ入ろうと考える。彼は様々な軽犯罪を犯して逮捕されようと努力するが、うまくいかない。夜になり、教会から聞こえる讃美歌に彼は心打たれ、「真人間になって働こう」と決心する。その時、警官が彼を挙動不審と見て逮捕し、彼は禁固3ヵ月の刑を受ける。
『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)』(河竹黙阿弥) 僧清心は女犯の罪で追放され、稲瀬川へ入水をはかるものの、死にきれず岸に上がる。闇の中、通りかかった寺小姓求女と争ううち、清心は彼を殺してしまう。清心は罪滅ぼしに自害しようとするが、「しかし待てよ」と考え直す。「1人殺すも千人殺すも、取られる首はたった1つ。同じことなら悪人として世を渡り、栄耀栄華に暮らすが得」と、清心は心を変える。
『トカトントン』(太宰治) 第2次世界大戦の敗戦の日、軍人の演説に感激した「私」が「死のう」と思った時、金槌で釘を打つ音がトカトントンと聞こえる。悲壮も厳粛も一瞬に消えて、「私」は白々しい気持ちになる。以後、創作・恋・革命・スポーツなどに心を奮い立たせるたびに、トカトントンが聞こえ、とたんに「私」は情熱を失う。その音は、虚無をさえ打ちこわすのだった。
『恐怖の報酬』(クルーゾー) 山の油井に大火災が発生し、石油会社は、ニトログリセリンの爆風で消火しようと考える。マリオ、ジョー、ルイジ、ビンバという4人の男が、トラック2台に分乗し、町から油井まで大量のニトログリセリンを運ぶ。あと少しという所で、ルイジとビンバの乗るトラックは爆発する。ジョーは怪我をして死に、マリオ1人が生き残ってニトログリセリンを届け、4千ドルの報酬を得る。恐怖から解放されたマリオは、恋人リンダを思い、空のトラックで心うきうきと帰途につく。気のゆるみからマリオは運転を誤り、崖下へ転落して死ぬ。
*曲芸師の精神集中→〔自転車〕6の『或る精神異常者』(ルヴェル)。
★5a.他人の不幸を喜ぶ心。
『母』(芥川龍之介) 敏子は、赤ん坊を肺炎で亡くしたばかりだった。彼女が滞在する旅館の隣室に、元気そうな赤ん坊を抱いた婦人がおり、婦人は敏子に慰めの言葉を述べた。しかし赤ん坊に乳房をふくませる婦人は、いかにも幸福そうだった。2~3ヵ月後、その赤ん坊が風邪で死んだ、との手紙が届いた。敏子は涙ぐみつつ、夫に言った。「私は悪いんでしょうか? あの赤さん(=赤ちゃん)の亡くなったのが嬉しいんです」。
盤珪禅師の故事(『正眼国師逸事状』26) 人の言葉を聞いて、その意中を察知する盲人がいた。彼は言った。「どんな人でも、賀辞の内には必ず愁いの声がこもっている。弔辞の内には必ず歓びの声がかくれている。しかし盤珪和尚は、口から出た言葉と心の内の声とが、ぴったり一致して、異なるところがない」。
『シャボン玉物語』(稲垣足穂)「客と主人」 帰ろうとする客を、主人がしきりに引き止める。しかし主人が客に見せたアルバムの頁には、「もういいかげんに帰らないか?」と記した紙片がはさまっていた。客は時刻を見ようと、金時計を取り出す。その蓋には、「まだまだ帰るものか!」という紙片があった。主人は客にコーヒーを出す。客が飲み終わると、茶碗の底に「無神経!」と書いてあった。ようやく客は帰り、主人は、客が座敷に置き忘れた扇子をひろげて見る。扇面には太い字で、「月夜の他に闇があるぞ!」。
『大般涅槃経』(40巻本「師子吼菩薩品」) 前世の仏陀と提婆達多が商売のために、各々仲間5百人を率いて船出した。台風に遭って仲間は溺れ死に、仏陀と提婆達多だけが海岸にたどり着く。仏陀が疲れて眠った時、提婆達多は仏陀の目をつぶし、宝石を奪って逃げてしまった。仏陀は「私が提婆達多に対して憎しみを抱けば、目は見えないままだろう。憎しみを持たなければ、目は治るはずだ」と言う。言い終わると目は平癒し、見えるようになった。
*→〔首くくり〕5の『旅あるきの二人の職人』(グリムKHM107)も同様に、悪人によって目をえぐられる物語だが、その後の展開が大きく異なる。
★7.他人の心を鏡のように映す。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第3巻『暁の寺』 本多繁邦は、タイの王女・7歳のジン・ジャンに拝謁し、その言動から、「彼女は松枝清顕や飯沼勲の生まれ変わりかもしれぬ」と思う(3)(*→〔前世〕4b)。しかしジン・ジャンは18歳の時、本多に向かってこう言った。「小さい頃の私は鏡のような子供で、人の心の中にあるものを全部映すことができ、それを口に出して言っていたのだ、と思います。あなたが何か考える、それがみんな私の心に映る。そんな具合だったと思うのです」(30)。
★8.心は物理的制約を受けず、超スピードで移動することができる。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)46~47 トールと従者たちが巨人国ヨトゥンヘイムを訪れ、ウートガルザ・ロキ王の家来と、さまざまな技芸くらべをする。俊足の従者スィアールヴィが、フギという少年と競走をするが、3回競走して3回とも完敗する。実はフギの正体は、ウートガルザ・ロキ王の「思考」だった。いくら速く走っても、「思考」のスピードにはかなわないのだ。
*魂は1日に千里を行く→〔魂〕9aの『雨月物語』「菊花の約(ちぎり)」。
*小さな頭の中の方が、大きな物理的空間よりも広い→〔空間〕3の『三四郎』(夏目漱石)。
『ライムライト』(チャップリン) 老芸人カルヴェロが、脚の麻痺で動けない踊り子テリーの面倒を見る。医者は「心理的な麻痺だろう」と言う。ある日、カルヴェロは久しぶりで舞台に立つが、彼の芸がまったく観客に受け入れられず、ひどく落胆する。テリーは脚のことも忘れ、懸命にカルヴェロを励ますうちに、いつのまにか立ち上がり歩いている自分に気づく。彼女は歓喜して「私は歩いている!」と叫ぶ。
*夢中で子供を抱きとめようとすると、ないはずの両手が生えていた→〔手〕1の『手なし娘』(昔話)。
『子どもたちが屠殺ごっこをした話』(グリム) 5~6歳の子どもたちが牛や豚の屠殺ごっこをし、屠殺役の子どもが、動物役の子どもを刃物で殺してしまう。大人たちは、この事件をどう裁こうか困惑する。賢い老人が、「屠殺役の子どもに、りんごと銀貨を見せよ。りんごを取ったら無罪、銀貨を取ったら死刑だ」と提案する。子どもは笑いながらりんごを取ったので、何の罰も受けなかった。
*赤ん坊の大五郎は、大人並みの心を持っていた→〔赤ん坊〕8の『子連れ狼』(小島剛夕)其之9「刺客街道」。
『禁断の惑星』(ウィルコックス) 西暦2200年。アダムス船長たちの一隊が、惑星アルテア4を訪れる。そこに住んでいたモービアス博士の娘アルタと、アダムス船長は恋仲になる。アダムス船長はアルタを地球へ連れ帰ろうとする。突然、半透明の怪物が現れ、隊員たちを襲って数人を殺す。それはモービアス博士の潜在意識が具象化したものだった。娘を奪ったアダムス船長への憎しみが、怪物と化したのである。そのことを自覚したモービアス博士は、惑星とともに自爆する。アルタとアダムス船長たちは、惑星を脱出して地球へ向かう。
*潜在意識内にある母親への抑圧感情が、妻への殺人衝動に転化する→〔扉〕5aの『扉の影の秘密』(ラング)。
★12.心の深層へ降り、超空間の穴を抜けて、異世界を探索する。
『ゴルディアスの結び目』(小松左京) 18歳の少女マリアは悪人に犯され、麻薬を打たれて、心に深い傷を負った。サイコダイバーの伊藤がマリアの心に分け入り、真っ黒な森、濃い霧を越えて、マリアの心の中ではない異世界へ踏み込む。悪臭を放つ花畠があり、花の1つ1つは、糞便まみれの肛門だった。空中には、恐竜や毒蛇や猛獣の顎が飛び回っている。2匹の悪魔が、全裸のマリアを前と後ろから犯していた。さらに奥へ進もうとした時、マリアと伊藤のいる部屋は内部へ向かって崩壊し、急速に収縮し始める。やがてそれは、マイクロ・ブラック・ホールとなるであろう。
★13.心を持つものと、心を持たぬもの。
『法句経物語』第80偈 7歳の子供パンディタが出家し、托鉢に出かける。その道筋に、百姓が水を農地へ運ぶために作った堀割があった。さらに行くと、矢作りが矢柄を火にあぶって真っ直ぐにしており、大工が木片で車を造っていた。パンディタは考えた。「水や矢柄や木片は心を持たないのに、求められれば、農地へ流れ、真っ直ぐになり、車の形になって、仕事をする。それならば、心を持っている自分が、己の心を制して、沙門法を行えぬはずがない」。パンディタは心を沙門法に傾注し、修行に励んだ。
『マグノリアの木』(宮沢賢治) 霧の中、諒安(りょうあん)は1人で、峯から谷底へ、谷底から次の峯へ、懸命に伝って行く。疲れて睡(ねむ)る諒安の耳もとで、誰かが、あるいは諒安自身が、何度も叫ぶ。「これがお前の世界なのだよ。お前にちょうど当たり前の世界なのだよ。それよりもっと本当は、これがお前の中の景色なのだよ」。諒安はうとうと返事をする。「そうです。いかにも私の景色です。私なのです。だから仕方がないのです」→〔アイデンティティ〕6。
*竹の声も桃の花も鷹も、自分の中にある→〔鷹〕1cの『竹の声桃の花』(川端康成)。
★14b.心に浮かぶ「考え」は、自分で作り出したものではない。
『ユング自伝』6「無意識との対決」 「私(ユング)」の無意識から、異教徒の老賢者フィレモンの人格像が生じて来た。「私」は空想の中で彼と会話をした。「私」は、「私」の心に浮かぶ「考え」を、自分で作り出したもののように扱うが、フィレモンの観点からすれば、そうではない。彼は言った。「『考え』は、森の動物や、部屋の中の人々や、空の鳥のようなものだ。あなたは部屋の中の人々を見て、あなたがその人々を作ったとか、あなたが彼らに対して責任があるとか、思わないだろう」。
『聊斎志異』巻2-47「陸判」 朱爾旦は、閻魔庁に仕える判官像(=陸判官)と親しくなった(*→〔像〕8a)。朱爾旦は科挙の試験になかなか合格できないでいたので、陸判官は、冥界の何万何千もの心の中から優秀なのを1つ持ってきて、手術をして朱爾旦の身体の中に入れてくれた。まもなく朱爾旦は、科試・郷試を首席で通過した。
『友情』(武者小路実篤)上・21 野島が部屋で仰向けに寝て、杉子のことを考えているところへ、武子(=親友大宮の従妹)が「ちょっと、御本拝借」と言って入って来た。武子が本を捜している後ろ姿を見て、野島は「武子が杉子だったら。武子の心が杉子に入っていたら」と思った。そして「自分は杉子の心を愛しているのではなく、美貌と身体と、声とか形とかを、愛しているのだな」と思った。
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