徽宗とは?

きそう 【徽宗】 ○

1082~1135中国北宋第八皇帝在位1100~1125)。神宗の子新法採用し,蔡京さいけいらを重用靖康せいこうの変で金軍の捕虜となり,五国城(黒竜江省)で没した。道教尊崇し,詩文書画をよくした。 → 靖康の変

徽宗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/16 16:56 UTC 版)

徽宗(きそう)は、北宋の第8代皇帝諡号体神合道駿烈遜功聖文仁徳憲慈顕孝皇帝(退位したので「遜」(ゆずる)という文字が入っている)。。第6代皇帝神宗の六男(第11子)。芸術面では北宋最高の一人と言われる。




  1. ^ 藤本猛は韓忠彦の宰相就任(元符3年2月)は向太后の意向であるが、曾布の宰相就任(元符3年10月)はそれよりも8か月も遅く、太后も政務の一線を退いていたことから徽宗自身の案とする。
  2. ^ 『三朝北盟会編』によれば、金軍の南下に対する善後策を協議している途中に突然倒れて半身不随となり、譲位の意思を示すと呉敏に命じて詔を作成させたという。だが、『長編記事本末』などによれば、これは蔡攸・李綱・呉敏らと打ち合わせた上での仮病であった。実際にそれから間もなく開封を脱出しており、動ける状態であったことを示している。
  3. ^ 『靖康稗史箋證』
  4. ^ 『靖康稗史箋證』巻6「呻吟語」朱后歸第自縊,甦,仍投水薨。
  5. ^ 『靖康稗史箋證』巻6「燕人麈」是夜、少后朱氏自縊、救免、仍死于水。
  6. ^ 『宋高僧伝』。徽宗の夫人(身分低い妃嬪)。その後、閩(福建)にて出家した。
  7. ^ 『故贈鄧国公主追封記』
  8. ^ 『故蜀国公主追封記』
  9. ^ 『故商国公主追封記』


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