三国志小事典 |
張微
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若いころ同郡の費緝、蜀郡の寿良とともに名を知られた。真心に厚く、学問を好み、官位は広漢太守まで昇った《華陽国志》。 永康元年(三〇〇)、趙廞は叛逆して大将軍を自称すると張微を軍祭酒に任じたが、翌永寧元年、趙廞の部下李特らが背いて成都城に迫ると、張微は常美・李苾らとともに夜中、城門を切って脱走した。太安元年(三〇二)、晋朝は張微を徳陽に駐屯させて広漢太守に復職させた《華陽国志》。 【参照】寿良 / 常美 / 張翼 / 趙廞 / 費緝 / 李特 / 李苾 / 犍為郡 / 広漢郡 / 蜀郡 / 晋 / 成都県 / 徳陽県 / 武陽県 / 軍祭酒 / 太守 / 大将軍 |
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張微
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/03/22 04:35 UTC 版)
張微(ちょう び、? - 302年)は、中国の晋代の人物。字は建興。前漢三傑の一人張良の子孫で、先祖の張浩は後漢の司空を、高祖父の張綱は広陵の太守をそれぞれ務めた名門の出身である。また、蜀漢の左車騎将軍張翼は父。
- 1 張微とは
- 2 張微の概要
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張微に関連した本
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