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やよい-じだい やよひ― 4 【▼弥▽生時代】
日本の考古学上の時代区分。弥生土器を製作・使用した時代。縄文時代に続き、紀元前五世紀頃から、紀元後三世紀頃までの約800年間。大陸・朝鮮の文化の影響で稲作、それに伴う農耕用石器、金属器などがもたらされた。
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弥生時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 17:32 UTC 版)
弥生時代(やよいじだい)は、北海道・沖縄を除く日本列島における時代区分の一つであり、縄文時代に後続し、古墳時代に先行する、およそ紀元前10世紀中頃(ただしこの年代には異論もある)から3世紀中頃までにあたる時代の名称である。
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- ^ 2005年7月20日読売新聞、西谷正(九州大名誉教授;考古学)の論など
- ^ 「2005年02月19日読売新聞」稲のプラント・オパールが見つかったことは縄文前期の稲の栽培の証拠となるもの(高橋護・元ノートルダム清心女子大考古学教授)
- ^ 新聞「農民」2002.3.11
- ^ 2005年7月17日朝日新聞プラントオパールの発見により少なくとも縄文中期には稲作があったことが確実となった(考古学者;山崎純男)
- ^ なお、その後の都市化の進展などもあって正確な発見地は特定できなくなっている
- ^ 福岡市博多区
- ^ 岡山市中溝遺跡では、灌漑用の水路や溝、井堰なども見つかっていている。狩野久「吉備の国づくり」 藤井学・狩野久・竹林栄一・倉地克直・前田昌義『岡山県の歴史』山川出版社 2000年 16ページ
- ^ 東北で最初で最北端の弥生時代中期の水田跡、広大な小区画水田
- ^ 春成秀爾(国立歴史民俗博物館研究部教授)は「弥生時代が始まるころの東アジア情勢について、従来は戦国時代のことと想定してきたけれども、殷(商)の滅亡、西周の成立のころのことであったと、認識を根本的に改めなければならなくなる。弥生前期の始まりも、西周の滅亡、春秋の初めの頃のことになるから、これまた大幅な変更を余儀なくされる。」と述べている。(『歴博特別講演会配布資料弥生時代の開始年代-AMS年代測定法の現状と可能性-AMS年代測定法の現状と可能性 -』)。
- ^ 中国(長江文明)における稲作は、長江中流域における陸稲が約10000~12000年前に遡り、同下流域の水稲(水田)は約6000~7000年前に遡ると言われている。
- ^ 『翰苑』の『魏略』逸文などは、倭人は呉の太伯(文王の伯父、紀元前12世紀頃の人とされる)の末裔を称したとしている。
- ^ 弥生時代の開始年代 - AMS年代測定法の現状と可能性 -参照
- ^ 戦争を知ってはいたが、実際に戦ったかどうか分からない社会
- ^ 佐原真「日本・世界の戦争の起源」、金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事4 戦争の考古学』岩波書店 2005年
- ^ 「漠然とではあるが、日本国民は、神代の昔から毎日米を食っていたであろうという観念を持っている前記の調査報告を見て、少なくともここ2,3百年間はそうではなかったらしいということに驚かされ」たと瀬川清子はいう。1957年 『食生活の歴史』講談社
- ^ 寺沢薫・寺沢知子 1981年 「弥生時代植物質資料の基礎研究」橿原考古学研究所紀要『考古学論攷』第5冊 佐原真 2005年 「米と日本文化」所収 金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店
- ^ 奈良時代の水田の100平方メートルあたりの収穫量は、上田50束・8斗4升6合・玄米105.7キログラム、中田40束・6斗7升7合・玄米84.63キログラム、下田30束・5斗8合・玄米63.5キログラム、下々田15束・2斗5升4合・玄米31.75キログラム 沢田吾一 1927年『奈良朝時代民政経済の数的研究』冨山房
- ^ 日本人のルーツと Iron Road の接点を求めて
- ^ 佐藤洋一郎 『DNAが語る稲作文明』 NHKブックス 1996年7月
- ^ 篠田謙一 『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』 NHKブックス 2007年2月
- ^ 「なぜ農耕文化は終わったのか」岡村道雄『日本の考古学』奈良文化財研究所編 学生社 2007年4月
- ^ 佐原真「農業の開始と階級社会の形成」、金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事4 戦争の考古学』岩波書店 2005年
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