弥生時代とは?

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やよいじだい やよひ- [4] 【《弥生》時代】

日本考古学上の時代区分弥生土器を製作・使用した時代縄文時代続き紀元前世紀頃から,紀元後三世紀頃までの約800年間。大陸朝鮮の文化影響稲作,それに伴う農耕用石器,金属器などがもたらされた。

弥生時代 (やよいじだい)

基本的に稲作農耕が始まってから、前方後円墳ぜんぽうこうえんふん]が造られるようになるまでの期間を言います。だいたい紀元前3・4世紀から紀元後3世紀中頃までを指します。

関連項目

弥生時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/03 19:11 UTC 版)

弥生時代(やよいじだい)は、日本列島における時代区分の一つであり、紀元前10世紀頃から、紀元後3世紀中頃までにあたる時代の名称。採集経済の縄文時代の後、水稲農耕を主とした生産経済の時代である。縄文時代晩期にはすでに水稲農耕は行われているが、多様な生業の一つとして行われており弥生時代の定義からは外れる[1]




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  2. ^ 藤尾 慎一郎、今村 峯雄、西本 豊弘、『弥生時代の開始年代 ―AMS-炭素14年代測定による高精度年代体系の構築―』、「総研大文化科学研究」 1、総合研究大学院大学文化科学研究科、2005年8月、p.73。[2]
  3. ^ 藤沢敦編、「倭国の形成と東北」、吉川弘文館、2015年9月、p.45。
  4. ^ 岸本直文、『倭における国家形成と古墳時代開始のプロセス』、「国立歴史民俗博物館研究報告」 185、国立歴史民俗博物館 、2014年2月、p.374。[3]
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  6. ^ なお、その後の都市化の進展などもあって正確な発見地は特定できなくなっている
  7. ^ 弥生人 夫婦・女の子・イヌ - 国立科学博物館
  8. ^ 岡山市中溝遺跡では、灌漑用の水路や溝、井堰なども見つかっていている。狩野久「吉備の国づくり」 藤井学・狩野久・竹林栄一・倉地克直・前田昌義『岡山県の歴史』山川出版社 2000年 16ページ
  9. ^ 東北で最初で最北端の弥生時代中期の水田跡、広大な小区画水田
  10. ^ 一木絵理(2012):日本における縄文海進の海域環境と人間活動 第4章 地域研究からみた縄文海進像 (PDF)
  11. ^ 東京低地における「弥生の小海退」の発見 産業技術総合研究所 産総研 TODAY 2015.2 VOL.15-2 (PDF)
  12. ^ 春成秀爾(国立歴史民俗博物館研究部教授)は「弥生時代が始まるころの東アジア情勢について、従来は戦国時代のことと想定してきたけれども、殷(商)の滅亡、西周の成立のころのことであったと、認識を根本的に改めなければならなくなる。弥生前期の始まりも、西周の滅亡、春秋の初めの頃のことになるから、これまた大幅な変更を余儀なくされる。」と述べている。(『歴博特別講演会配布資料弥生時代の開始年代-AMS年代測定法の現状と可能性-AMS年代測定法の現状と可能性 -』)。
  13. ^ 中国(長江文明)における稲作は、長江中流域における陸稲が約10000 - 12000年前に遡り、同下流域の水稲(水田)は約6000 - 7000年前に遡ると言われている。
  14. ^ 翰苑』の『魏略』逸文などは、倭人は太伯文王の伯父、紀元前12世紀頃の人とされる)の末裔を称したとしている。
  15. ^ 弥生時代の開始年代 - AMS年代測定法の現状と可能性 -参照
  16. ^ 豆谷和之、唐古・鍵遺跡第74次調査 大型掘立柱建物の検出、 日本考古学Vol.7 No.10、p.108、日本考古学協会、2000年。[5]
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  19. ^ 設楽、2014、p.451。
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  22. ^ 設楽、2014、p.452。
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  24. ^ 工藤、1994、p.142。
  25. ^ 高瀬克範、「非文明」の作法:日本列島東北部の先史時代研究から、日本考古学 Vol.11 No.18、p.150、日本考古学協会、2004年。[8]
  26. ^ 藤尾慎一郎、「弥生時代の歴史」、講談社、2015年、p.45。
  27. ^ 今村峯雄、「弥生時代の年代測定」、総研大ジャーナル 5、総合研究大学院大学教育交流センター 、 2004年、p/37。
  28. ^ 藤尾慎一郎、「弥生時代の歴史」、講談社、2015年、p.71。
  29. ^ 藤尾慎一郎、「西日本の弥生稲作開始年代」、『国立歴史民俗博物館研究報告』183、国立歴史民俗博物館 、2014年、p.115。[9]
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  32. ^ 設楽博己、「関東地方における弥生時代農耕集落の形成過程」、『国立歴史民俗博物館研究報告』133、国立歴史民俗博物館 、2006年、p.144。[11]
  33. ^ 藤尾慎一郎、「弥生時代の歴史」、講談社、2015年、p.223。
  34. ^ 藤尾、2012、p.92。
  35. ^ 埴原和郎、「日本人のルーツ」、『日本老年医学会雑誌』Vol. 30、日本老年医学会 、1993年、p.928。[12]
  36. ^ 埴原、1993、p.928。
  37. ^ 埴原和郎、「再考・奥州藤原氏四代の遺体」、『 国際日本文化研究センター紀要 13』、国際日本文化研究センター、1996年、p.24-p.25。[13]
  38. ^ 井上貴央著「青谷の骨の物語」(鳥取市社会教育事業団 2009年3月)
  39. ^ 「国史跡 青谷上寺地遺跡 保存管理計画・整備活用基本計画」 (鳥取県)p.15「古墳時代前期以降の遺構・遺物は激減する。集落の様相が大きく変化した可能性が高い。奈良時代までは掘立柱建物や土坑が散発的に築かれているが、潟湖の規模は縮小し、平野としての地盤が次第に安定していったことにより、その後は周辺も含め現在まで水田として利用されている。」
  40. ^ 中日新聞夕刊の定期掲載「歴史への冒険 考古学のいま」の2013年7月4日付「暴力による不条理な死」より。
  41. ^ 佐原真「日本・世界の戦争の起源」、金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事4 戦争の考古学』岩波書店 2005年
  42. ^ 「漠然とではあるが、日本国民は、神代の昔から毎日米を食っていたであろうという観念を持っている前記の調査報告を見て、少なくともここ2,3百年間はそうではなかったらしいということに驚かされ」たと瀬川清子はいう。1957年 『食生活の歴史』講談社
  43. ^ 寺沢薫・寺沢知子 1981年 「弥生時代植物質資料の基礎研究」橿原考古学研究所紀要『考古学論攷』第5冊 佐原真 2005年 「米と日本文化」所収 金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店
  44. ^ 奈良時代の水田の100平方メートルあたりの収穫量は、上田50束・8斗4升6合・玄米105.7Kg、中田40束・6斗7升7合・玄米84.63Kg、下田30束・5斗8合・玄米63.5Kg、下々田15束・2斗5升4合・玄米31.75Kg 沢田吾一 1927年『奈良朝時代民政経済の数的研究』冨山房
  45. ^ 新美(2009)、p.95
  46. ^ 新美(2009)、p.95 - 96
  47. ^ 新美(2009)、p.97
  48. ^ 新美(2009)、p.95
  49. ^ 新美(2009)、p.97
  50. ^ 新美(2009)、p.99
  51. ^ 新美(2009)、p.99
  52. ^ 新美(2009)、p.100
  53. ^ 新美(2009)、p.100
  54. ^ 新美(2009)、p.95
  55. ^ 樋泉(2008)、p.126
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  72. ^ 日本人のルーツと Iron Road の接点を求めて
  73. ^ 佐藤洋一郎 『DNAが語る稲作文明』 NHKブックス 1996年7月
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  75. ^ a b 渡来系弥生人の頭骨の特徴 国立科学博物館
  76. ^ 中国江南・江淮の古人骨-渡来系弥生人の原郷をたずねる-山口 敏・中嶋孝博 2007年
  77. ^ 「なぜ農耕文化は終わったのか」岡村道雄『日本の考古学』奈良文化財研究所編 学生社 2007年4月
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  79. ^ 金関の渡来説”. 九州大学総合研究博物館. 2013年4月19日閲覧。
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  82. ^ 『退化する若者たち-歯が予言する日本人の崩壊-』丸橋賢・著,PHP新書
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  87. ^ 女鹿潤哉、2002、p.7。
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  90. ^ 岸本、2014、p.392。
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  98. ^ 藤沢敦編、「倭国の形成と東北」、吉川弘文館、2015年、p.83。
  99. ^ 藤沢敦編、2015年、p.83。







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