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建武 (漢)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/01/20 17:26 UTC 版)

建武(けんぶ)は、後漢光武帝劉秀の治世に行われた最初の元号25年 - 56年。建武32年(56年)は4月改元され、建武中元元年となった。

この元号は、漢王朝を再興した際に初めて制定されたものであることから、後に日本で天皇親政を再興した後醍醐天皇が採用する(建武(けんむ):南朝1334年1月29日 - 1336年2月19日北朝は1334年1月29日 - 1338年8月28日)。

  • 元年:6月劉秀(光武帝)は更始朝より独立して鄗(こう、現河北省高邑県)において即位、建武と改元10月洛陽遷都。
  • 3年:宜陽にて戦わずして赤眉軍を降す。劉盆子伝国璽を光武帝に奉ずる。
  • 5年:を平定。
  • 9年:隴西(隴右)の軍閥、隗囂(かいごう)が病死。
  • 10年:隗囂の子である隗純が漢に降る。隴西を平定。
  • 12年:公孫述が戦死。蜀を平定。
  • 16年:交趾郡(現ベトナム北部)にて徴姉妹が反乱。
  • 17年:皇后・郭氏を廃して陰氏を皇后とする。
  • 18年:馬援の交趾遠征。
  • 19年:交趾平定。陰氏の子、劉陽(改名して劉荘、後の明帝)を皇太子とする。
  • 23年:匈奴が南北に分裂。
  • 26年:南匈奴の日逐王比(じっちくおうひ)が漢に帰順。

  1. ^ 光武帝に臣従する故に、その正朔を受けた(暦を同じくした)『後漢書竇融伝。
  2. ^ 公孫述に臣従する故に、その正朔を受けることになる。


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