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すうていてい 【崇禎帝】
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崇禎帝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 14:56 UTC 版)
崇禎帝(すうていてい、万暦38年12月24日(1611年2月6日)- 崇禎17年3月19日(1644年4月25日) 在位:1628年 - 1644年)は、明朝第17代の皇帝にして最後の皇帝。諱は由検(ゆうけん)。廟号ははじめは思宗のちに改めて毅宗(以上は南明弘光帝による)、威宗(同隆武帝による)、懐宗(清による)。諡号は弘光帝が紹天繹道剛明恪儉揆文奮武敦仁懋孝烈皇帝としたが、清が荘烈愍皇帝と改めた。また清は彼を歴代皇帝と同じ北京昌平山に葬り、陵墓を「思陵」とした[1]。
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- ^ 清が崇禎帝の正統性を認め、独自の廟号・諡号を贈り、陵墓を造営したのは、清が李自成を逆賊と見なし、自らが明の後継者となってこれを討伐することを「入関」の口実としたからである。
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