岡本太郎とは?

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おかもとたろう をかもとたらう 【岡本太郎】 ○

(1911~1996 洋画家東京都生まれ一平・かの子の子東京芸大中退渡仏パリ民族学科卒。ピカソ影響を受け,抽象芸術のなかに古代生命力表現絵画「傷ましき腕」,彫刻太陽の塔」など。

岡本太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/08 23:53 UTC 版)

岡本 太郎(おかもと たろう、1911年明治44年)2月26日 - 1996年平成8年)1月7日)は、日本芸術家。血液型はO型[1]1930年昭和5年)から1940年(昭和15年)までフランスで過ごす。抽象美術運動やシュルレアリスム運動とも交流(ただし合流はしていない)した。第二次世界大戦後、日本で積極的に絵画立体作品を制作するかたわら、縄文土器論や沖縄文化論を発表するなど文筆活動も行い、雑誌やテレビなどのメディアにも1950年代から積極的に出演した[2]




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  1. ^ a b c 新潮社「岡本太郎が、いる」"フェミニスト・自由人"より
  2. ^ テレビ出演の映像は今日もビデオアーカイブなどで見ることができる。
  3. ^ 夏目漱石の推薦によるという。
  4. ^ 1932年から1940年までの住所が確認され、川崎市岡本太郎美術館『岡本太郎と潜在的イメージ』展図録において佐々木秀憲によって論文「岡本太郎と潜在的イメージ」の中で発表された。1932‐33年がサン=アマン通り31番地(31 rue Saint-Amand)、1934‐35年がイボリット・マンドロン通り29番地(29 rue Hippolyte Maindron)、そして1936‐40年がエルネスト・クレッソン通り18番地(18 rue Ernest Cresson)であった。
  5. ^ 《水差しと果物鉢》(Pichet et coupe de fruits)。油彩画で1931年制作。現在はソロモン・R・グッゲンハイム美術館に収蔵されている。
  6. ^ http://www.taro-okamoto.or.jp/chorology.html 岡本太郎記念館-岡本太郎年表]
  7. ^ 春原史寛「「縄文」は「芸術」か-岡本太郎の「縄文土器論」『縄文土器名宝展~縄文芸術の到達展~』山梨県立考古博物館、2011年
  8. ^ もっとも、岡本による「縄文土器論」は、1951年11月1日発刊・発売の『芸術新潮』に掲載されている児童文学者の北畠八穂による記事「わびしい村―亀ヶ岡族の藝術―」と論旨展開が似ており、縄文土器を芸術作品としての視点で捉えている点や縄文土器とシャーマニズムとを結び付けて考察している点など、その近似性が繰り返し指摘されている。『芸術新潮』の常連執筆者の一人でもあった岡本が、同誌同号を発刊後間もなく読み、触発されて東博を訪問し自身の「縄文土器論」を執筆した可能性が高いことも考察されなければならない。
  9. ^ 岡本太郎の縄文土器論の着想を、ジョルジュ・バタイユが主宰した雑誌『ドキュマン』に掲載された中谷治宇二郎による縄文土器に関する紹介記事(1930年)に求めるものがあるが、岡本が初めて縄文土器論を執筆した1952年から遡ること四半世紀の時間の隔たりがあることから、岡本が縄文土器論を展開し始める直接的な動機の説明としては無理があると考えられる。そもそも、岡本が当該記事を読んだことを論証する客観的証拠はどこにも存在しない。
  10. ^ 友人の建築家・坂倉準三の設計による。ここで『燃える人』等の作品を生み出した。
  11. ^ そのあまりのインパクトの強さからお笑いタレントにモノマネされるなど、当時の太郎は世間からは「エキセントリックなおじさん」として評価されることになってしまったが、太郎本人はそれを喜んでいた。
  12. ^ 「自分の中に毒を持て」(岡本太郎著 青春出版)
  13. ^ 岡本太郎『今日の芸術』光文社、2012年10月15日。
  14. ^ 岡本太郎[2012年]『今日の芸術』、p.98。
  15. ^ 最晩年には、「爆発は今も続いている」という言葉も残している。
  16. ^ 岡本敏子の談話による。
  17. ^ 所蔵品の紹介 - 秩父宮記念スポーツ博物館・図書館
  18. ^ ヴァロリスの平和の殿堂のための戦争 1952年 ピカソ作
  19. ^ 吉川美代子著『アナウンサーが教える 愛される話し方』、朝日新書2013年 31~32頁
  20. ^ これらのレリーフ計11点は、1957年に都庁舎が建てられた際、1階正面ロビーや中二階などに設置された。特に、1階正面ロビーの「日の壁」は縦横7×6メートルの壁面を覆い、来庁者がまず目にする「都庁の顔」ともいうべき作品だった。1991年に都庁舎を解体する際、作品の材質や傷みを理由にいったんは廃棄が決まり、太郎も了承したが、瀬木慎一らが反対。最終的に太郎が個人的に引き取ることとなった。(朝日新聞 1991年3月10日 朝刊31面より)
  21. ^ JTBパブリッシング JTBキャンブックス「近鉄電車」三好好三著 P.195掲載の近鉄6800系の記事
  22. ^ 収録曲目は、レナード・バーンスタイン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団およびイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による、ベートーヴェン:交響曲第3番と、バーンスタイン:交響曲第3番。







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