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やまが-そこう ―そかう 【山鹿素行】

(1622-1685) 江戸前期の儒学者兵学者会津の人。江戸に出て朱子学甲州流軍学歌学神道などを学ぶ。武教的儒学によって諸大名らに支持されたが、朱子学排斥古代の道への復帰を説いた「聖教要録」の筆禍赤穂配流配所で「中朝事実」を著した。他に著「武家事紀」「山鹿語類」など。


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山鹿素行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/05 16:43 UTC 版)

山鹿素行
赤穂城二の丸門跡そばにある素行の胸像

山鹿 素行(やまが そこう、元和8年8月16日1622年9月21日) - 貞享2年9月26日1685年10月23日))は、江戸時代前期の日本の儒学者軍学者山鹿流兵法及び古学派の祖である。高祐(たかすけ)、また義矩(よしのり)とも。字は子敬、通称は甚五右衛門。因山と号し、また素行と号した。


  1. ^ なお、元禄赤穂事件を題材にした歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』や映画・ドラマの「忠臣蔵物」には「一打ち二打ち三流れ」という「山鹿流の陣太鼓」なるものが登場するが、実際の山鹿流軍学にはそうした陣太鼓の奏法は存在しない。創作である。


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