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山陽放送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 13:23 UTC 版)
山陽放送株式会社(さんようほうそう)は、岡山県岡山市に本社を置く放送事業者。
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- ^ 会社設立時の設立趣意書の社名はラジオ山陽株式会社だったが、同年2月にNHKがアナログテレビジョン放送を開始したのに伴い、将来のテレビジョン放送をにらんで山陽放送株式会社で会社設立登記を行った逸話がある。
- ^ 近年はテレビせとうちと大口出資で関係を強化しており、山陽新聞とTSCの本社屋を共有している
- ^ 因みに、現社長の原憲一は、1990年に起きた湾岸戦争勃発時のJNNカイロ支局長で、翌年2月のクウェート開放時には、日本人記者で初めて解放後のクウェートへ入国した。
- ^ 移転後の東明ビルがある周辺は公示地価として香川県内最高値を示している一帯であり、入居する東明ビルも2006年に調査地点が変更されるまでは調査地点として実際に地価が公表されており、香川県内最高値点としてメディアなどでビル名が採り上げられていた。なお、同ビルは東京海上日動火災保険と明治安田生命保険が共有していることから、両社の頭文字を取っている。
- ^ 高松にある四国支社で制作された番組を香川県でテレビ視聴していても、映像は一旦岡山にある本社に送られ、その後最寄の送信所や中継局を経由して視聴しているため
- ^ 現在天満屋バスステーションがある位置。
- ^ 4階部分は開局時に増築。
- ^ 当送信所は当初から無人化を前提とした施設となっていた。
- ^ 当初は本社にテレビマスター・テレビスタジオのスペースがなく、現本社落成まで金甲山送信所内にテレビマスターと仮設スタジオ(送信所内のロビーを使用)を設置した。
- ^ ラジオ東京テレビ局(KRT)50%、日本テレビ(NTV)20%、大阪テレビ放送(OTV、現在の朝日放送)10%。
- ^ 4月20日に実施。ラジオはテレビに先駆けて4月1日から現本社からの放送をスタートした。
- ^ 同時に西日本放送ラジオはJRNに加盟した。
- ^ なお、このときTBS発の全国ネットニュース番組も「イブニングニュース」に変更されている。
- ^ この日、岡山にある他のテレビ局3局(NHK岡山放送局、OHK岡山放送、TSCテレビせとうち)も同時に同放送の本免許が交付された。
- ^ 他のTBS系列各局でも同時にサービス開始。
- ^ 日本生命高松ビルが建て替えられるために移転を行った。新しい支社1階にあるTVスタジオはスタジオ東側が中央通りに面しており、外からスタジオの様子が見えるオープンスタジオ(一般公募で「RSKおりーぶスタジオ」と命名)となっている。
- ^ アナログテレビ放送・地上デジタル放送では「オールナイトウェザー」、ワンセグ放送では「こんな遅くまで起きてもワンセグ独立放送を見てくれてありがとうスペシャル「VOICE21」(仮)」を放送。
- ^ RSKラジオ以外の岡山・香川地区の民放ラジオは2009年4月1日に運用を開始した。因みに、中国地方の民放AMラジオでは最後の運用開始である。
- ^ 予備機は送信機の予備品を使用して社内で独自に製作
- ^ FM放送の将来性を見据えての免許申請であった。43年後のこの日にFM岡山が開局しており、RSKは先見の明があったということになる。
- ^ 岡山市内にはRSKやNHK岡山局がテレビ放送を開始する前から、大型のVHFテレビアンテナでOTVやNHK大阪テレビジョンを受信する世帯があった。
- ^ 川崎記者はアナウンサーではないが、かつて本社ラジオ局制作部(当時)在籍時代は、ラジオ番組のディレクターの傍らラジオニュースの担当をしていた事がある。
- ^ 山陽放送のテレビ開局にあわせ1957年11月創業(法人としては1958年3月設立)。当初は山陽新聞・岡山県との共同出資による第3セクターだったが、その後山陽放送全額出資子会社となった。
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