山部善次郎とは?

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 山部善次郎の意味・解説 

山部善次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/05/16 13:32 UTC 版)

山部 善次郎(やまべ ぜんじろう、1954年9月25日 - )は福岡県出身のミュージシャン。通称、山善(YAMAZENとも表記)。本名の山部 洋之名義で活動していたこともある。「博多の爆発男」「ダイナマイト男」「和製ジョン・リー・フッカー」と呼ばれる[3]。博多・めんたいロックの核を担う存在と目されている[4]


  1. ^ 「三叉路の交差点」2014年09月13日 14:30
  2. ^ a b c d e ふくおか音楽村〜history&live〜 ☆第4回ひとSTORY 山部善次郎さん(前編)
  3. ^ インパクション』47号(インパクト出版会、1987年5月25日)p.127、本田ふぢを「山部善次郎」
  4. ^ LinQ発の派生ユニット“SRAM” 初の全国流通版となる3rdシングルを6月9日に発売!
  5. ^ a b 博多ロック編<197>那珂川を渡って - 西日本新聞
  6. ^ a b MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190(書肆侃侃房、2006年)
  7. ^ オフィシャルサイトの「山善伝説覚書」では事故に遭ったのを1968年としているが、MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190(書肆侃侃房、2006年)には1970年とある。また、公式サイトでは1969年と回想したこともある([1])。
  8. ^ この事故の話は中島らもが「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」の中で山善の名前を出さぬまま紹介している。
  9. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190-191(書肆侃侃房、2006年)
  10. ^ 博多ロック編<198>サンハウスと山善 - 西日本新聞
  11. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.195(書肆侃侃房、2006年)
  12. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.196(書肆侃侃房、2006年)
  13. ^ 博多ロック編<199>ブルースと絵画 - 西日本新聞
  14. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.199(書肆侃侃房、2006年)
  15. ^ 『SIDE:FREAK サイド・フリーク』vol.1「ヤマゼン・インタビュー…左目と鼻がないロックンローラー・山部善次郎の半生に迫る」(三才ブックス、2004年)
  16. ^ 「6600ボルトの男」[リンク切れ]
  17. ^ 博多ロック編<233>総合芸術への道 2015年02月16日(最終更新 2015年02月16日 15時30分)
  18. ^ シネマトゥデイ


「山部善次郎」の続きの解説一覧




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「山部善次郎」の関連用語

山部善次郎のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

リンガーT-SHIRTS

LUTECIA

水ノ子島灯台

宇佐美洵

チャコペーパー

補給艦「ましゅう」型

ホイール

クーベルチュール チョコレート





山部善次郎のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの山部善次郎 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2017 Weblio RSS