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山名宗全

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/18 19:31 UTC 版)

山名 宗全 / 山名 持豊(やまな そうぜん/やまな もちとよ)は、室町時代武将守護大名。家系は新田氏庶流山名氏室町幕府四職の家柄で侍所頭人。但馬備後安芸伊賀播磨守護。山名時熙の3男で、母は山名氏清の娘。持豊で、宗全は出家後の法名。応仁の乱の西軍の総大将として知られ、西軍の諸将からは宗全入道または赤入道と呼ばれていた。


  1. ^ 『但馬村岡山名家譜』では山名師義の娘とされているが、康正2年(1456年)に宗全が但馬で母の十七回忌を行った際に招かれた僧侶が記した『蝉庵稿』では『安清開基無染大姉 山名金吾母 奥州女』と宗全と氏清の官位を記していることから氏清の娘とされる。
  2. ^ 政豊に関しては4男とも孫ともいわれる
  3. ^ 『斎藤基恒日記』では「手負人数」として宗全の名があるが、他の記録には見えないため軽傷だったと推測される。
  4. ^ 『但馬村岡山名家譜』では宝徳2年(1450年)となっているが、嘉吉2年の小早川家の文書で出家したことが書かれている。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)、2009年。P49 - P50。
  5. ^ ただし自害を試みたというのは噂として流れたとされている(『大乗院寺社雑事記』文明4年5月14日条)。
  6. ^ 『大乗院寺社雑事記』文明2年6月13日条
  7. ^ 『大乗院寺社雑事記』文明2年8月12日条
  8. ^ 川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P144
  9. ^ (『応仁別記』)。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P144
  10. ^ 『東寺執行日記』には「死去は18日なり。16日に大事にて、18日治定か」とある。
  11. ^ 川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P46
  12. ^ 川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P55
  13. ^ (『長禄四年記』)。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P190
  14. ^ (『康富記』同年2月23日条)。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P190
  15. ^ (『碧山日録』同年7月4日条)。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P190 - P191
  16. ^ (『禿尾長柄箒』)。川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P191
  17. ^ 川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P191
  18. ^ 赤入道の記録は『応仁記』に見える
  19. ^ 『狂雲集』に「山名金吾は鞍馬の毘沙門の化身。鞍馬の多門は赤面顔、利生物に接し人間に現ず、方便門を開けば真実の相あり、業は修羅に属し名は山に属す」とある
  20. ^ 「山名金吾攻るとしてならずと云ことなく、戦として勝たずと云事なし、其上大国数多領し、一族子供沢山に持て、諸大名をむこにとり、その身政務にかかはらずありければ、将軍を始め諸大名達、彼が心に背かん事を欲せず、今の世に肩を双ぶる人なくぞ見へし」
  21. ^ 川岡勉『山名宗全』吉川弘文館(人物叢書)2009年。P188、P189
  22. ^ 寛正6年に勝元の命令で大内教弘・政弘父子が伊予守護河野教通と合流して河野通春を討つ手筈だったが、教弘父子は逆に通春と手を組んで勝元と対立した。同時期に斯波義廉が畠山義就・宗全と連携しており、大内氏の離反も宗全と図ったとされ、細川派と山名派の対立はこの年から始まったとされる。また、文明4年の和睦交渉の理由について、義廉の地位保全が幕政における山名氏の存続にかかっていたが、その鍵となる関東政策で現地の幕府方が単独で反幕府方の古河公方足利成氏を打ち破って優位に立ったため、幕府優位で成氏との和睦、征伐を望んでいた義廉の存在が無意味となり、勝元との和睦に動いたと推定される。石田晴男『戦争の日本史9 応仁・文明の乱』吉川弘文館、2008年。P182 - P196、P255 - P256、P262 - P264。


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