探偵作家・雑誌・団体・賞名事典 |
尾崎秀樹(おざき・ほっき)
1928年(昭3)、台北市生まれ。台北大学医学専門部中退。日本文芸家協会理事。
1956年(昭31)、「文芸日本」の編集に携わる。
1957年(昭32)、「近代説話」同人になる。
この間、一貫して異母兄である秀実のゾルゲ事件の真相究明にあたり、その成果を、1959年(昭34)、「生きているユダ」を刊行。
1961年(昭36)、研究誌「大衆文学研究」創刊。
1962年(昭37)、真鍋元之、武蔵野次郎等と大衆文学研究会を設立。
以後、ゾルゲ事件、魯迅研究、植民地文学研究、大衆文学研究など幅広く評論活動をおこなう。
1966年(昭41)、「大衆文学論」により芸術選奨文部大臣賞受賞。
1984(昭59)に「現代の戦術と戦略」に発表した「妻よ、わが軌跡を」は日本文藝家協会の「代表作時代小説 昭和60年度」に収録される。
1990年(平2)、「大衆文学の歴史」により吉川英治文学賞を受賞。
1993年(平5)、日本ペンクラブ会長に就任。
1994年(平6)、紫綬褒章を受章。
1999年(平11)、胃癌のため死去。
ウィキペディア |
尾崎秀樹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/08/17 17:37 UTC 版)
尾崎 秀樹(おざき ほつき、1928年(昭和3年)11月29日 - 1999年(平成11年)9月21日)は、日本の文芸評論家。ゾルゲ事件の研究や、大衆文学評論に尽くした。ゾルゲ事件の尾崎秀実は異母兄。父尾崎秀真(尾崎白水)は戦前の台湾で文士・新聞記者として活躍していた。
- ^ 中国でゾルゲの諜報活動を直接援助していた。日本では尾崎秀実、宮城与徳を通じてゾルゲに情報を渡していた。
- ^ 1946年に秀実の獄中書簡集『愛情はふる星のごとく』がベストセラーとなり、世間の注目を集めていた。
- ^ 渡部の「尾崎秀樹氏に問う」(後述)より(公開討論集会の記録からの引用)
- ^ 渡部は尾崎のゾルゲ事件追及の業績から少なからず有益な情報を得たことには「率直に感謝する」とも記している。
- ^ 伊藤律書簡集刊行委員会編『生還者の証言 伊藤律書簡集』五月書房、1999年、p408 - 409(渡部富哉による「あとがき」)。渡部は「尾崎がこれまで半世紀にわたって、伊藤をスパイとして追求してきた論拠は、この2点にとどまらなかったはずである」と記している。なお、尾崎が挙げた前者の点については渡部の調査でほぼ否定されている。詳細は伊藤の項目を参照。
- ^ 『生還者の証言』p45
- ^ ゾルゲ事件の新資料─米国陸軍諜報部『木元伝一ファイル』から。このほか、渡部富哉は川合がゾルゲ事件に際して無関係の人物を冤罪に追い込む供述をしたと指摘している。[1]
- ^ a b c 『生還者の証言』p76 - 77
- ^ 渡部富哉『偽りの烙印 伊藤律・スパイ説の崩壊』五月書房、1993年、p284
固有名詞の分類
尾崎秀樹に関係した商品