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こばやし-たきじ 【小林多喜二】
(1903-1933) 小説家。秋田県生まれ。「1928年3月十五日」でプロレタリア文学の旗手として登場。「蟹工船」「党生活者」など労働運動・革命運動の現実を書いた。地下活動のさなか、官憲の手で虐殺された。
映画監督・出演者情報 |
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小林多喜二
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 12:39 UTC 版)
下川沿駅前の生誕碑
小林 多喜二(こばやし たきじ、1903年(明治36年)10月13日 - 1933年(昭和8年)2月20日)は、日本のプロレタリア文学の代表的な作家・小説家である。秋田県北秋田郡下川沿村(現大館市)生まれ。
- ^ 1921年小説倶楽部10月号に『老いた体操教師』、国民新聞10月30日付に『スキー』が掲載される。どちらも主人公は小林多喜二の小学校時代の実在の体育教師がモデルになっており、小林多喜二のデビュー作とされる。小樽市立小樽文学館が2010年4月21日に発表した内容に依る。
- ^ 2009年6月19日死去。101歳とも、102歳であったとも報じられている。下記脚注を参照。
- ^ “小林多喜二の恋人、タキさん死去 101歳”. さきがけonTheWeb (秋田魁新報). (2009年12月11日) 2009年12月12日閲覧。
- ^ “多喜二の恋人・タキさん、6月に死去102歳”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2009年12月12日) 2009年12月12日閲覧。
- ^ 歴史秘話ヒストリア「「たった一人のあなたへ~“蟹工船”小林多喜二のメッセージ~」、NHK、2010年2月24日放送
- ^ 拓銀の実名を小説中で使ったことが、銀行の名誉を毀損したとみなされた。2005年夏に小樽市立小樽文学館に寄贈された拓銀の内部資料「行員の賞罰に関する書類」には、1929年11月16日付の発令で「依願解職」(諭旨)と記されている。同文書では小林多喜二の解職理由は「左傾思想を抱き『蟹工船』『一九二八年三月十五日』『不在地主』等の文藝書刊行書中當行名明示等言語道斷の所為ありしによる」とされ「書籍發行銀行攻撃」と欄外に書かれていた。(asahi.com 文化 2005年10月30日15時50分による)
- ^ 『手塚英孝著作集』第3巻、pp300
- ^ a b 『東京朝日新聞』1933年2月22日付夕刊 2面
- ^ 『東京日日新聞』1933年2月22日付夕刊 2面
- ^ 千田是也『もうひとつの新劇史 -千田是也自伝-』筑摩書店 1975年
- ^ 『東京朝日新聞』1933年2月23日付朝刊 10面
[続きの解説]
「小林多喜二」の続きの解説一覧
- 1 小林多喜二とは
- 2 小林多喜二の概要
- 3 人柄
- 4 参考文献
固有名詞の分類
小林多喜二に関連した本
- 蟹工船・党生活者 (新潮文庫) 小林 多喜二 新潮社
- 防雪林・不在地主 (岩波文庫) 小林 多喜二 岩波書店
- 蟹工船 一九二八・三・一五 (岩波文庫) 小林 多喜二 岩波書店
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