そうぎ【宗祇】
宗祇
宗祇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/12 04:52 UTC 版)
宗祇(そうぎ、応永28年〈1421年〉 - 文亀2年7月30日〈1502年9月1日〉[1])は、室町時代の連歌師。号は自然斎[2]、種玉庵。姓は飯尾(いのお/ いいお)というが定かではない。生国は、紀伊[3] とも近江とも言われている[4]。市川文書に応永9年(1402年)信濃国を幕府領国と定め、飯尾左近将監爲清という人物を代官として下向させた旨の記述があるが関連は不明である。
- ^ 島津忠夫『連歌師宋祇』岩波書店、1991年8月28日、269、299-300頁頁。ISBN 4-00-002516-3。
- ^ 三省堂編修所編、上田正昭ほか監修『コンサイス日本人名事典 第5版』三省堂、2009年、74頁。
- ^ 宗祇屋敷跡(県指定文化財) - 有田川町公式ホームページ 2023年10月11日閲覧。
- ^ 金子金治郎「飯尾宋祇」『国史大辞典』吉川弘文館。[要文献特定詳細情報]
- ^ 福岡市総務局 1979, p. 61.
- ^ 福岡市総務局 1979, p. 77.
- ^ “絹本著色宗祇像(三条西実隆賛)”. データベースれきはく. 国立歴史民俗博物館. 2023年2月25日閲覧。
宗祇と同じ種類の言葉
固有名詞の分類
- >> 「宗祇」を含む用語の索引
- 宗祇のページへのリンク