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宋 (王朝)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/10 16:52 UTC 版)

(宋代 から転送)

(そう、拼音 Sòng960年 - 1279年)は、中国王朝の一つ。趙匡胤五代最後の後周から禅譲を受けて建国した。国号はであるが、春秋時代南北朝時代などと区別するため、帝室の姓から趙宋とも呼ばれる。通常は、華北を奪われ南遷した1127年以前を北宋、以後を南宋と呼び分けている。北宋、南宋もともに、宋、宋朝である。首都は開封、南遷後の実質上の首都は臨安であった。


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注釈

  1. ^ 両税の課税基準に付いて斯波義信梅原郁は「土地を初めとした総合的な財産を基準とする」(斯波1968・梅原1969)としているが、鳥居一康はこれを批判して両税の基準は土地に置かれていたとする(鳥居1983)。ここでは鳥居説に従う。
  2. ^ 南流する黄河の東。
  3. ^ a b 季節によって変動する不定時制。大体夜11時から朝の4時まで。
  4. ^ 坊制に付いては加藤1952上は北宋中期まで存在していたするが、梅原1977は宋初にすでに坊制が消滅していたとし、久保田2007もこれを支持する。
  5. ^ 当時、主食として米がどれくらい普及していたかについては見当の余地があるが、ここでは史料が豊富な米価で計算する。
  6. ^ 北宋・南宋交代期やモンゴルによる攻撃が強まった時期などは米価も跳ね上がり、1升で1000銭から5000銭という極端な数字が残る。
  7. ^ になって登場した陽明学などと合わせて宋明理学と呼ばれる
  8. ^ 首都のすぐ傍まで迫られて結ぶ屈辱的な盟約のこと。
  9. ^浙江省温州市
  10. ^ 太学体の実態については具体的には不明である。従来は『御覧経史講義』の沈徳潜の見解に従い、駢文であろうと考えられていたが、葛暁音「欧阳修排抑「太学体」新探」(1983年)、および日本の東英寿「「太学体」考─その北宋古文運動に於ける一考察」(1988年)らの研究よって、現在の学界では古文の一種であったというのが通説となっている。本節でもこの見解に従うことにする。さらに近年提出された朱剛「「太学体」及其周辺諸問題」(2007年)では、太学体は石介の文体とは関係なく、程頤らの思想の影響を受けた文章であるとするが、朱氏も太学体が古文であったことは否定していない。
  11. ^ 宋迪には薄絹を通して壊れた土塀を見、そこから連想した風景を創造したという逸話がある。
  12. ^ 神宗皇后向氏。
  13. ^ 饅頭と包子の違いは皮を発酵させるかどうか。
  14. ^ ここから「蘇軾が東坡肉を作った」という話がある。
  15. ^ 片・串はいずれも片茶一個のこと。
  16. ^ 長江流域の茶。唐代までは福建よりも長江流域が主な産地であった。
  17. ^ なお、唐代に同じ名の書があったが、そちらは現存していない。
  18. ^ 1000年ごろの田錫の『麹本草』にタイから齎された焼酒なる蒸留酒のことが紹介されているが、少なくとも宋で一般的であったとは思われない。

出典

  1. ^ この節全体で斯波1968・古林1987・宮澤1998を参照
  2. ^ a b この節は宮崎1943を参照。
  3. ^ この節は佐伯1956・1958・1987を参照。
  4. ^ この節は天野1962を参照。
  5. ^ 大澤1996
  6. ^ 加藤1952、P663。但し大澤1997はこれは加藤の誤読であるとする。
  7. ^ この節は宮崎1957を参照。
  8. ^ 『鶏肋編』
  9. ^ この節は柳田2003・大澤2005を参照。
  10. ^ 大澤2005、第三章
  11. ^ 斯波1988、P17
  12. ^ この節は衣川1971、宮澤1998を参照。
  13. ^ この節全体について竹内1957・『中国思想文化事典』を参照。
  14. ^ この節は小島1999を参照。
  15. ^ 『河南程氏外書』巻十二。なお日本語訳は小島1999、p41
  16. ^ この節は窪1977を参照。
  17. ^ この節は金井1980を参照。
  18. ^ この節は宇野2005を参照。
  19. ^ この節は村上2002を参照。
  20. ^ 『晩笑堂竹荘畫傳』より。
  21. ^ この節全体について小杉1986・大阪府立美術館1980・サリバン1973を参照。
  22. ^ a b c d e f g 台北故宮博物院所蔵。
  23. ^ 個人蔵。
  24. ^ 日本根津美術館所蔵。
  25. ^ アメリカ個人蔵。
  26. ^ この節は杉村2002を参照。
  27. ^ この節は矢部1992を参照。
  28. ^ a b c 11世紀。フリーアサックラーギャラリー所蔵。
  29. ^ 10世紀。ギメ東洋美術館所蔵。
  30. ^ 上海美術館所蔵。木製
  31. ^ この節は華2003を参照。
  32. ^ a b c清明上河図』の一部。
  33. ^ 南唐顧閎中『韓煕載夜宴図』を宋人が模写したもの。
  34. ^ この節は井上2002を参照。
  35. ^宋史』「邢昺伝」
  36. ^ この節は傅1997を参照。
  37. ^ この節は竹島1967、中国建築史編集委員会1981を参照。
  38. ^ この節は篠田1981、石毛編1985、張1997、中村2000を参照。
  39. ^ 篠田1981、P127。
  40. ^ 石毛編1985、246p及び張1997、P154。
  41. ^ 篠田1981、P127
  42. ^ この節は布目2001を参照。
  43. ^ この節は中村編注1991を参照。
  44. ^ アメリカネルソン・アトキンズ美術館所蔵。


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