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安倍晋太郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/10 05:44 UTC 版)
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安倍 晋太郎(あべ しんたろう、1924年〈大正13年〉4月29日 - 1991年〈平成3年〉5月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(11期)。第56、57代内閣総理大臣岸信介の女婿、第90代内閣総理大臣安倍晋三の父。
竹下登、宮沢喜一と共に「ニューリーダー」、「安竹宮」と呼ばれ、「三角大福」後の自由民主党の党運営の一角を担う有力政治家の一人であった。通称「アベシン」。また、人柄が良く脇が甘いという人物評から「プリンスメロン」とも言われた[1]。
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- ^ 赤坂太郎「安倍内閣「功名が辻」の吉と凶」、『文藝春秋』2006年11月号、文藝春秋、2006年10月、2010年7月26日閲覧。
- ^ 野上忠興著 『気骨 安倍晋三のDNA』44頁
- ^ 神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』217頁
- ^ a b 神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』218頁
- ^ 党所属国会議員による本選挙だけでは中曽根を支持する田中派・鈴木派・中曽根派の主流三派の優位を動かせなかったが、1978年の総裁選で予備選の結果を受けて福田が本選挙辞退に追い込まれた前例があった。河本、あるいは安倍・中川を含む非主流派候補の得票が中曽根を上回れば政局で優位に立てるという思惑があった。
- ^ 『気骨 安倍晋三のDNA』 169頁
- ^ 自民党の古屋圭司(当時は法務政務次官)や鴻池祥肇(当時は沖開発政務次官)は安倍晋太郎の紹介で「勝共連合」のセミナー、集会に参加したとアンケートに答えている)
- ^ a b 『週刊現代』(1999年2月27日号)」
- ^ 「統一教会」の教祖、文鮮明は「日本の今度の選挙だけでも、私たちが推してあげたのが百八議席当選した。」、「派閥で見れば、中曽根派は六十二議席にもなって、安倍派は八十三議席。私が全部そういうふうに作ってあげた。」と述べている(韓国の『統一教会』機関紙『統一世界』1990年4月号)
- ^ 神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』224頁
固有名詞の分類
安倍晋太郎に関連した本
- 日本外交の指針―平和と繁栄を求めて (1984年) 安倍 晋太郎 晋太郎会
- わたしの安倍晋太郎―岸信介の娘として 安倍 洋子 ネスコ
- 渡辺美智雄はなぜ、安倍晋太郎に追いついたか 菊池 久 かんき出版
安倍晋太郎に関係した商品
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