娘とは?

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三省堂 大辞林

三省堂三省堂

じょう ぢやう 【嬢/娘】

? 1 (名)

娘。
「お―」「私や―はよろしうござりますが/滑稽本玉櫛笥
?接尾
(1)未婚女性氏名に付けて敬称として用いる。
田中―」
(2)職業を表す語に付けて、その職にたずさわる女性であることを示す。
交換―」「案内―」

むすめ 3 【娘】

〔「産(む)す女」の意〕

(1)親にとって、女の子供息女(そくじよ)
息子(むすこ)
一人息子二人の―がいる」
(2)若い未婚女性
「若い―さんたち」
» (成句)娘三人持てば身代つぶす
» (成句)娘一人に婿八人



人口統計学辞書

出典:国際連合

家族 1(§113と§115参照)は世帯(110-3)から注意して区別なければならない別の単位である。それは主として結婚出産、あるいは養子縁組によって関係づけられたものをいい、法律習慣によって規定されるものである基本的家族関係は、一つ結婚による夫婦関係であり、もう一つ両親 2つまり父親 3母親 4と、彼等の子供 5、つまり息子 6そして娘 7との関係である。



ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/03/06 16:51 UTC 版)

ウィクショナリー
ウィクショナリーの項目があります。

(むすめ)とは、女性子供、即ち本人の1親等直系卑属のうち女性である者である。対義語は息子または

実子または養子(養女)の場合がある。また配偶者の連れ子の女性も一般に娘と呼ぶ。

息子の(嫁)を義理の娘ともいう。


語源

 産す女(むすめ)=産んだ女子 → 娘(むすめ)

その他の用法

派生語

女性の(子供の娘)を孫娘という。対義語は孫息子(子供の息子)または祖母(親の母)。

その外の用法
  • 一般に若い女性(少女または若い成人女性)を「娘」と呼ぶこともある(しかし逆に一般男性を「息子」という用法はない)。
  • ある物から別の似た物が生まれた場合、生まれた物を「子~」と呼ぶ場合もあるが、特に「娘~」と呼ぶ例が多い(元来は英語などからの訳語)。対して、生んだ物を「親~」と呼ぶのに対して、「母~」と呼ぶ事も多い。例えば「娘細胞」「娘核種」「娘言語」など。

関連用語


モーニング娘。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 06:55 UTC 版)

( から転送)

モーニング娘。
基本情報
別名 モー娘。
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1997年 -
レーベル zetima
事務所 アップフロントエージェンシー
共同作業者 つんく♂
公式サイト Hello! Project -Official Site-
モーニング娘。オフィシャルファンクラブページ
メンバー
新垣里沙道重さゆみ田中れいな
光井愛佳譜久村聖生田衣梨奈
鞘師里保鈴木香音飯窪春菜
石田亜佑美佐藤優樹工藤遥
旧メンバー
福田明日香石黒彩市井紗耶香
中澤裕子後藤真希保田圭
安倍なつみ辻希美加護亜依
飯田圭織矢口真里石川梨華
紺野あさ美小川麻琴吉澤ひとみ
藤本美貴久住小春亀井絵里
ジュンジュンリンリン高橋愛

モーニング娘。(モーニングむすめ)は、日本女性歌手グループ女性アイドルグループ、女性ダンス&ボーカルグループである。日本国外での表記はMorning Musume。早安少女組。など。略称はモー娘。(モーこ)。アップフロントエージェンシー所属。ハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)の一員。テレビ東京系で放送されていたASAYANの「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」(グランプリ:平家みちよ)」企画の最終選考に残ったメンバーを中心に結成。

ほぼ全ての楽曲の作詞作曲の制作を音楽プロデューサーシャ乱Qボーカルであるつんく♂が手掛けている。1998年のデビュー曲から2011年9月現在までにリリースした全ての楽曲がオリコンの発表する週間CD販売ランキングのトップ10に入り[1]、過去には紅白歌合戦に連続出場するなど、グループ発足から現在まで第一線で活動している[2]。また、日本国外を含め多くのファンが存在する[3]

目次

メンバー

現在のメンバー

2012年1月3日現在

名前 よみがな 生年月日 現年齢 加入年月日 加入期 特記事項
新垣里沙 にいがき りさ 1988年10月20日 23歳 2001年8月26日 05期 リーダー。2012年春卒業予定[4]
道重さゆみ みちしげ さゆみ 1989年07月13日 22歳 2003年1月19日 06期
田中れいな たなか れいな 1989年11月11日 22歳
光井愛佳 みつい あいか 1993年1月12日 19歳 2006年12月10日 08期
譜久村聖 ふくむら みずき 1996年10月30日 15歳 2011年1月2日 09期
生田衣梨奈 いくた えりな 1997年7月7日 14歳
鞘師里保 さやし りほ 1998年5月28日 13歳
鈴木香音 すずき かのん 1998年8月5日 13歳
飯窪春菜 いいくぼ はるな 1994年11月7日 17歳 2011年9月29日 10期
石田亜佑美 いしだ あゆみ 1997年1月7日 15歳
佐藤優樹 さとう まさき 1999年05月7日 12歳
工藤遥 くどう はるか 1999年10月27日 12歳

過去のメンバー

モーニング娘。では、公式にグループから離れることを「卒業」または「脱退」という。この発表は公式サイトでの発表や記者会見などのマスメディアを通じて行い、コンサートでの最終公演日程などを前々からファンに伝えている。福田から市井までは脱退と公式に発表されてきたが、負のイメージを連想させない卒業という言い方を中澤の離脱時から使用するようになった。

モーニング娘。の「卒業」または「脱退」は芸能活動を停止するか、ソロまたはグループとしてそのままハロプロに在籍して芸能活動を継続することが主流となっていた。2009年春のハロプロ再編以降はハロプロから離れつつも同事務所および系列事務所に所属し、芸能活動を続けるメンバーも多い。

卒業(脱退)の発表は、後藤以前は1〜2か月程前の発表だったが、後藤と同時に卒業が発表された保田以降は、緊急脱退となった矢口と藤本を除き卒業の半年〜1年前になった。そして、紺野・小川・吉澤は3〜4か月前、久住は2か月半前と、それまでの慣例よりは短くなった。卒業の発表も卒業自体も同時に行ったのは、卒業後にユニットを組んで活動することが予定されていた辻・加護と卒業後それぞれ活動休止とソロ活動を行う亀井絵里・ジュンジュン・リンリンであるが、それ以外にも時期を別にして卒業する複数のメンバーの卒業が同時に発表されることがある(後藤真希と保田圭、飯田圭織と石川梨華、紺野あさ美と小川麻琴)。

「卒業」の発表とその後のコンサートにおける「卒業公演」は、ワイドショー番組や『ASAYAN』などにおいて大々的に取り上げられることが多かった。

追加メンバーの各期の分類

1998年5月加入の第2期メンバーや1999年9月加入の後藤真希(第3期メンバー)は単に「新メンバー」または「追加メンバー」と呼ばれていただけであり、2000年4月追加の第4期メンバーは「第3次追加メンバー」と呼ばれ、2001年8月追加の第5期メンバーも追加された当時は「新メンバー」と呼ばれていた。「期」と呼ばれるのは2002年募集の第6期からであり、その時点から遡って1期〜5期と呼ばれるようになった。

卒業・脱退メンバーの一覧

  • デフォルトでは卒業・脱退した日付順で配列。卒業・脱退日の列のソートボタンで元の順序に戻る。
  • 名前の欄は50音順ソート。
  • 年齢の欄は「加入時の年齢 - 卒業時の年齢」を表示。すべて満年齢
  • 第1期メンバーについては、便宜上、モーニング娘の結成日とされている1997年9月7日を加入日付とした(後述該当節も参照のこと)。2期以降のメンバーの加入年月日については、後掲の推移年表の日付に準じた。
名前
加入年月日    
(加入期)
卒業・脱退日
   (発表日)
卒業公演の
開催地

在籍日数
ハロプロへの在籍状況
ふくた あすか/福田明日香 1997年9月7日
(1期)
1999年4月18日
(1999年1月17日)
東京厚生年金会館 12歳08ヶ月21日- 14歳04ヶ月01日 0588日 卒業と同時にハロプロからも卒業(同時に芸能界を引退)
2011年音楽ユニットPEACE$TONEのメンバーとして活動再開
いしくろ あや/石黒彩 1997年9月7日
(1期)
2000年1月7日
(1999年12月5日)
大阪厚生年金会館 19歳03ヶ月26日- 21歳07ヶ月26日 0852日 卒業と同時にハロプロからも卒業
2003年タレント活動再開(ココナッツカンパニー所属)
いちい さやか/市井紗耶香 1998年5月3日
(2期)
2000年5月21日
(2000年5月7日)
日本武道館 14歳04ヶ月03日- 16歳04ヶ月21日 0749日 卒業と同時にハロプロからも卒業
一度芸能界を引退したものの
2001年10月6日にCUBIC-CROSSとしての活動で復帰発表
2003年11月9日に再度芸能界を引退
2009年にタレント活動を再開(ランベス所属)
なかさわ ゆうこ/中澤裕子 1997年9月7日
(1期)
2001年4月15日
(2001年3月7日)
大阪城ホール 24歳02ヶ月19日- 27歳09ヶ月27日 1316日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
ことう まき/後藤真希 1999年8月22日
(3期)
2002年9月23日
(2002年7月31日)
横浜アリーナ 13歳10ヶ月30日- 17歳00ヶ月00日 1128日 ソロとしてハロプロに在籍
2007年10月28日ハロプロから卒業
2008年6月にエイベックスへ移籍
2011年12月をもって芸能活動一時休止
やすた けい/保田圭 1998年5月3日
(2期)
2003年5月5日
(2002年7月31日)
さいたまスーパーアリーナ 17歳04ヶ月27日- 22歳04ヶ月29日 1828日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
あへ なつみ/安倍なつみ 1997年9月7日
(1期)
2004年1月25日
(2003年7月27日)
横浜アリーナ 16歳00ヶ月28日- 22歳05ヶ月15日 2331日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
つし のそみ/辻希美 2000年4月16日
(4期)
2004年8月1日
(2004年1月3日)
代々木第一体育館 12歳09ヶ月30日- 17歳01ヶ月15日 1568日 ユニットとしてハロプロに在籍
加護亜依と共に卒業(同日に複数メンバー卒業は初)
2007年3月に加護の契約解除に伴いソロに移行
2007年5月から妊娠・出産に伴い活動休止
2009年1月31日活動再開
同年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
かこ あい/加護亜依 2000年4月16日
(4期)
2004年8月1日
(2004年1月3日)*
代々木第一体育館 12歳02ヶ月09日- 16歳05ヶ月25日 1568日 ユニットとしてハロプロに在籍
辻希美と共に卒業(同日に複数メンバー卒業は初)
2007年3月に契約解除により脱退
2008年4月芸能界復帰(メインストリーム所属)
いいた かおり/飯田圭織 1997年9月7日
(1期)
2005年1月30日
(2004年5月23日)
横浜アリーナ 16歳00ヶ月30日- 23歳05ヶ月22日 2702日 ソロとしてハロプロに在籍
2007年9月から妊娠・出産に伴い活動休止
2009年1月10日活動再開
同年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
やくち まり/矢口真里 1998年5月3日
(2期)
2005年4月14日
(2005年4月14日)
なし[注釈 2] 15歳03ヶ月13日- 22歳02ヶ月25日 2538日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
いしかわ りか/石川梨華 2000年4月16日
(4期)
2005年5月7日
(2004年5月23日)
日本武道館 15歳02ヶ月28日- 20歳03ヶ月18日 1847日 ユニットとしてハロプロに在籍
2008年7月に美勇伝の解散に伴いソロに移行
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
こんの あさみ/紺野あさ美 2001年8月26日
(5期)
2006年7月23日
(2006年4月28日)
代々木第一体育館 14歳03ヶ月19日- 19歳02ヶ月16日 1792日 卒業と同時にハロプロからも卒業(学業専念のため)
2007年7月15日にソロとしてハロプロに復帰・在籍
2009年3月31日に再度ハロプロから卒業[注釈 1]
2011年4月1日にテレビ東京アナウンサーとして入社
おかわ まこと/小川麻琴 2001年8月26日
(5期)
2006年8月27日
(2006年4月28日)
新宿コマ劇場
[注釈 3]
13歳09ヶ月28日- 18歳09ヶ月29日 1827日 卒業後、語学留学のため一時活動休止(ハロプロには在籍のまま)
2008年6月にソロとして活動再開・在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
ジェイピィールームアップフロントグループ〉所属)
よしさわ ひとみ/吉澤ひとみ 2000年4月16日
(4期)
2007年5月6日
(2007年1月2日)
さいたまスーパーアリーナ 15歳00ヶ月04日- 22歳00ヶ月24日 2576日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
ふしもと みき/藤本美貴 2003年1月19日
(6期)
2007年6月1日
(2007年6月1日)
なし[注釈 4] 17歳10ヶ月24日- 22歳03ヶ月06日 1594日 ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業[注釈 1]
ジェイピィールームアップフロントグループ〉所属)
くすみ こはる/久住小春 2005年5月1日
(7期)
2009年12月6日
(2009年9月19日)
東京厚生年金会館 12歳09ヶ月16日- 17歳04ヶ月21日 1680日 卒業と同時にハロプロからも卒業
ジェイピィールームアップフロントグループ〉所属)
かめい えり/亀井絵里 2003年1月19日
(6期)
2010年12月15日
(2010年8月8日)
横浜アリーナ 14歳00ヶ月27日- 21歳11ヶ月22日 2887日 卒業と同時にハロプロからも卒業
(ジュンジュン・リンリンと共に卒業、同時に芸能活動も休止)
しゆんしゆん/ジュンジュン 2007年3月15日
(8期 留学生)
2010年12月15日
(2010年8月8日)*
横浜アリーナ 19歳01ヶ月04日- 22歳10ヶ月04日 1371日 卒業と同時にハロプロからも卒業(亀井絵里・リンリンと共に卒業)
りんりん/リンリン 2007年3月15日
(8期 留学生)
2010年12月15日
(2010年8月8日)**
横浜アリーナ 16歳00ヶ月04日- 19歳09ヶ月04日 1371日 卒業と同時にハロプロからも卒業(亀井絵里・ジュンジュンと共に卒業)
たかはし あい/高橋愛 2001年8月26日
(5期)
2011年9月30日
(2011年1月9日)**
日本武道館 14歳09ヶ月28日- 25歳09ヶ月07日 3687日 卒業と同時にハロプロからも卒業
  1. ^ a b c d e f g h i j k ハロー!プロジェクトから2009年3月31日に卒業したメンバーファンクラブ組織は下記の状態である。
  2. ^ 矢口のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2005年4月10日の大阪厚生年金会館公演だった。
  3. ^ 小川のモーニング娘。メンバーとしての最後のコンサートステージは、2006年7月23日の代々木第一体育館公演だった。
  4. ^ 藤本のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2007年5月6日のさいたまスーパーアリーナ公演だった。

「卒業」と「脱退」の使い分け

「卒業」または「脱退」という表現について、初期にはほとんどの場合に「脱退」という表現を使用していた[5]が、2001年以降公式には「卒業」という表現が使用されており(「卒業メモリアル」グッズなど)、過去に遡って卒業という表現で統一されていることも多い(コンサートMCでの「卒業メンバー」呼称など)。2005年4月14日の矢口の場合は、写真週刊誌『FRIDAY』において小栗旬との交際が報道されたことを理由とし、公式サイトには「モーニング娘。を辞し、ソロ活動を行う」という表現がなされている[6](テレビ番組やスポーツ新聞などマスコミによっては「卒業」と扱われることもある。)。矢口自身も卒業とも脱退とも言わず「モーニング娘。を辞めた」といった表現をとっていることがある。また、藤本も後に夫となるお笑いコンビ・品川庄司庄司智春との交際が同じく『FRIDAY』にて報道されたことを理由に2007年6月1日付で脱退した。

「卒業」という表現自体は最初にグループを離れた福田の時から本人によるファンへの呼び掛けのメッセージの中などで使用されており、1999年に出版された自伝『もうひとりの明日香』に収録された年表には、「モーニング娘。を卒業、芸能界を引退」と表記されている。

使い分けの事例として、

  • 2007年9月に出版された公式本『モーニング娘。誕生10年記念本』に掲載された年表では、矢口と藤本のみが「脱退」、その他のメンバーが「卒業」
  • 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』(日本テレビ系。この日にゲスト出演)で紹介された「モーニング娘。メンバーの変遷」では、福田から市井までと矢口・藤本が「脱退」、その他のメンバーが「卒業」

となっていた。 即ち、メンバー本人からの自己都合または所属事務所との協議での了承を得た脱退(円満退社)は「卒業」で、メンバーの不祥事(スキャンダル)及び何らかのトラブルを起こし、所属事務所に損害又は不利益を被った場合において責任をとる意味での脱退(解雇)は「脱退」という表現を使用しているように捉えることができる。

メンバーの記載順序

公式本やコンサートのパンフレットなどの公式出版物や公式サイトなどでは、メンバーの名前を並べる時に、通常は加入時期順で、加入時期の同じ者は生年月日順で記載している[7]。マスコミ報道などでもこの順序が使用されることが多い。リーダーやサブリーダーについては過去にこの順序を適用した場合に先頭や2番目にならない時期があったが、そのような場合には順番を変更してリーダーとサブリーダーがそれぞれ先頭や2番目になるように記載する場合もあった。卒業したメンバーの名前を並べる時にはこの順序が使用されている場合[8]と卒業・脱退の時期が早い順番で並べられている場合[9]とがある、在籍期間などを比較するためのメンバーの変遷表などでは、在籍しているかどうかに関係なく、全員を上記の順序で並べられていることがある[10]

モーニング娘。さくら組モーニング娘。おとめ組といった派生ユニット内でメンバーの名前を並べる時も、通常はこの順序である。

歴代リーダー

歴代 名前 期間
初代 中澤裕子 1998年1月28日[11] - 2001年4月15日
2代目 飯田圭織 2001年4月16日 - 2005年1月30日
3代目 矢口真里 2005年1月31日 - 4月14日
4代目 吉澤ひとみ 2005年4月15日 - 2007年5月6日
5代目 藤本美貴 2007年5月7日 - 6月1日
6代目 高橋愛 2007年6月2日 - 2011年9月30日
7代目 新垣里沙 2011年10月1日 -

備考

  • 初代リーダーは、5万枚手売りを達成してメジャーデビューが決まってから決定した。当時、飯田が「リーダーをやりたい」と発言していたが、結局中澤に決定した。選ばれた理由は「最年長だから」[12]

歴代サブリーダー

2001年4月16日に飯田が第2代リーダーに就任するのに合わせて創設され、初代に保田が就任した。当時は保田が初代であるのかどうかについては明らかにはされていなかったが、2007年11月に行われた「Yahoo!ライブトーク」では保田が「初代サブリーダーである。」とされている。

歴代 名前 期間
初代 保田圭 2001年4月16日 - 2003年5月5日
2代目 矢口真里 2003年5月6日[特記 1] - 2005年1月30日
3代目 吉澤ひとみ 2005年1月31日 - 4月14日
4代目 藤本美貴 2005年4月15日[特記 2] - 2007年5月6日
5代目 高橋愛 2007年5月7日 - 6月1日
6代目 新垣里沙 2007年6月2日 - 2011年9月30日
  1. ^ 公表されたのは『ハロー!モーニング。』2003年8月3日放送分にて矢口本人より。
  2. ^ 公表されたのは『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2005年7月15日放送分にて藤本本人より。

備考

  • サブリーダーの就任日は明確な場合と曖昧な場合がある。
    • 明確なケースとして、保田・吉澤・高橋については就任前に、新垣については就任と同時にサブリーダーに就任する旨の発表があった。
    • 曖昧なケースとしては矢口と藤本で、就任時点の発表がなく、ある程度の期間が経過してからテレビ番組(矢口:『ハロー!モーニング。』2003年8月3日放送分、藤本:『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2005年7月15日放送分)でのトーク中に自らその時点でサブリーダーである旨が語られたことで就任が明確となった。
    • 上表において矢口と藤本の就任日は前任者が退任した日の翌日を就任日としているが、就任日時が正確でない(空席の期間がある)可能性がある。
  • 保田就任以前(中澤リーダー時代)は、サブリーダーという役職は公表されていない。石黒在籍時は彼女が中澤に次ぐ年長者でポジション的にもNo.2と見なされることはあったが、サブリーダーであるとは明言されていなかった。
  • サブリーダーに関して創設された理由は公表されていない。矢口以降はほとんどのサブリーダーがリーダーに就任しているため、実質的に「サブリーダー=次期リーダー(候補)」となっている。
  • 新垣のリーダー下では、サブリーダーは置かれていない(CDジャーナル2012年2月号インタビュー、道重の発言より[特記2 1])。
  1. ^ 「モーニング娘。」、『CDジャーナル』第56巻第20号、音楽出版社、2012年2月、11頁。

結婚

名前 配偶者 入籍日(当時の年齢) 離婚日
石黒彩 真矢 2000年5月12日(22歳・30歳) 長女、玲夢・2000年11月5日(11歳)
次女、宙奈・2002年9月5日(9歳)
長男、耀太・2004年8月22日(7歳)
市井紗耶香 吉澤直樹 2004年5月(20歳・28歳) 長女・2004年8月??
二子・????????
2011年5月23日
辻希美 杉浦太陽 2007年6月21日(20歳・26歳) 長女、希空・2007年11月26日(4歳)
長男、青空・2010年12月26日(1歳)
飯田圭織 ケンジ 2007年7月7日(25歳・28歳) 長男・2008年7月27日(満0歳没)
藤本美貴 庄司智春 2009年7月11日(24歳・33歳) 第一子、2012年春予定
矢口真里 中村昌也 2011年5月22日(27歳・25歳)
加護亜依 一般人 2011年12月(23歳・44歳)

グループ編成

モーニング娘。のメンバー変遷とシングル歴

メンバー構成推移

モーニング娘。の最も大きな特徴はメンバーが加入・脱退を繰り返していくという点で、これは結成当時には他の女性音楽グループに類を見ないものだった。メンバー数が流動的で、5人(結成時) - 16人(6期加入から保田卒業まで)と幅広い。年齢差が大きいのも特徴である[13]

2012年1月12日時点の平均年齢は16.41歳である。

推移年表

日時 メンバー 増減 人数 平均年齢
1997年9月7日結成 【1期】中澤裕子石黒彩飯田圭織安倍なつみ福田明日香 - 5人 17.40
1998年5月3日 【2期】保田圭矢口真里市井紗耶香加入 +3 8人 16.75
1999年4月18日 福田明日香卒業 -1 7人 18.29
1999年8月22日 【3期】後藤真希加入 +1 8人 18.13
2000年1月7日 石黒彩卒業 -1 7人 18.14
2000年4月16日 【4期】石川梨華吉澤ひとみ辻希美加護亜依加入 +4 11人 16.55
2000年5月21日 市井紗耶香卒業 -1 10人 16.60
2001年4月15日 中澤裕子卒業 -1 9人 16.56
2001年8月26日 【5期】高橋愛紺野あさ美小川麻琴新垣里沙加入 +4 13人 15.77
2002年9月23日 後藤真希卒業 -1 12人 16.92
2003年1月19日 【6期】藤本美貴亀井絵里道重さゆみ田中れいな加入 +4 16人 16.50
2003年5月5日 保田圭卒業 -1 15人 16.40
2004年1月25日 安倍なつみ卒業 -1 14人 16.86
2004年8月1日 辻希美・加護亜依卒業 -2 12人 17.42
2005年1月30日 飯田圭織卒業 -1 11人 17.64
2005年4月14日 矢口真里がモーニング娘。を辞し、ソロ活動 -1 10人 17.40
2005年5月1日 【7期】久住小春加入 +1 11人 16.91
2005年5月7日 石川梨華卒業 -1 10人 16.70
2006年7月23日 紺野あさ美卒業 -1 9人 17.78
2006年8月27日 小川麻琴卒業 -1 8人 17.75
2006年12月10日 【8期】光井愛佳加入 +1 9人 17.56
2007年3月15日 【8期】(留学生)ジュンジュンリンリン加入 +2 11人 17.82
2007年5月6日 吉澤ひとみ卒業 -1 10人 17.50
2007年6月1日 藤本美貴がモーニング娘。を辞し、ソロ活動 -1 9人 17.00
2009年12月6日 久住小春卒業 -1 8人 19.88
2010年12月15日 亀井絵里・ジュンジュン・リンリン卒業 -3 5人 21.00
2011年1月2日 【9期】譜久村聖生田衣梨奈鞘師里保鈴木香音加入 +4 9人 17.33
2011年9月29日 【10期】飯窪春菜石田亜佑美佐藤優樹工藤遥加入 +4 13人 16.54
2011年9月30日 高橋愛卒業 -1 12人 15.83

モーニング娘。の結成日について

モーニング娘。の結成日については、公式資料やマスコミ報道などで異なった日付が書かれていることがある。「モーニング娘。の結成日」として解釈しうる日が複数あるためであると考えられる。「モーニング娘。の結成日」として解釈しうる日としては、

  1. 1997年8月20日 … グループの結成について実際にメンバーに対する意思確認が行われた日
    『モーニング娘。5+3-1』(宝島社)ではこの時を「モーニング娘。誕生の瞬間」としている。
  2. 1997年9月7日 … グループの結成が発表された日(同年8月20日収録分の『ASAYAN』放送日)
    公式サイトや公式資料ではこの日をモーニング娘。の結成日としていることが多い。
  3. 1997年9月8日 … プロデューサーのつんく♂が「モーニング娘」を発案した日(「。」はまだない)
  4. 1997年9月14日 … モーニング娘。というグループ名が決定したことが公表された日(『ASAYAN』放送日)
  5. 1997年11月3日 … 5万枚手売り初日(インディーズデビューの日)
  6. 1997年11月30日 … 5万枚手売りを達成し、メジャーデビューが決まった日
    『モーニング娘。×つんく♂』(ソニー・マガジンズ)では結成時のメンバーの在籍期間をこの日からにしている。
  7. 1998年1月28日 … メジャーデビューの日

などがある。つんく♂がモーニング娘。誕生10年記念隊に寄せたコメントでは「モーニング娘。は1997年9月8日に、お台場フジテレビのとある楽屋で、僕が命名したときに魂が入った。」という記述と「2007年11月3日の10歳のお誕生日」という記述の両方がある[14]。この他にCDの販売関係のサイトや資料やマスコミなどでは、インディーズデビューの日やメジャーデビューの日をモーニング娘。が始まった日としているものが多い。

追加メンバーの加入日について

追加メンバーの加入日についても、しばしば公式資料やマスコミ報道などで異なった日付が書かれていることがある。結成日と同様に「加入日」と解釈しうる日が複数あるためである。

「加入日」として解釈しうる日としては、

  1. 加入が実際に決まった日
  2. 加入が本人に伝達された日
  3. 加入が公表された日(合格が発表された番組の放送日)
  4. 初合流したコンサートなどの日
  5. 初参加したCDの発売日

といった日がある。このうち1.と2.については公表されないことが多いため、通常は3.以降のいずれかの日が加入日とされている。公式資料では加入が公表された日を加入日としていることが多い。また、合格発表からコンサートツアーへ本格的に合流するまでの間、「お披露目」的に本格合流する以前のコンサート(1つ前のツアーの最終公演など)に挨拶だけ、あるいは1曲だけ公演へ参加することがある。6期メンバー以降はその間にファンクラブの会員を対象にした握手会を行っている。

このような状況のため、新メンバーが加入した日より後にリリースされたCDや写真集に新メンバーが参加していないということがおきる。テレビ番組の収録も初参加CDの曲披露までは別行動になることが多い。

公表日 お披露目日 コンサート正式合流日 初参加CD発売日
2 1998年5月3日 - 1998年7月12日[解説 1] 1998年5月27日
後藤真希 1999年8月22日 1999年8月23日 1999年9月19日 1999年9月9日
4 2000年4月16日 - 2000年5月20日 2000年5月17日
5 2001年8月26日 - 2001年10月21日[解説 2] 2001年10月31日
藤本美貴 2003年1月7日 2003年5月5日 2003年5月31日[解説 3] 2003年7月30日
6(藤本以外) 2003年1月19日 2003年5月5日 2003年7月19日 2003年7月30日
久住小春 2005年5月1日 2005年5月6日 2005年7月10日 2005年7月27日
光井愛佳 2006年12月10日 2007年1月27日 2007年3月17日 2007年2月14日
8(留学生) 2007年3月15日 2007年5月6日 2007年7月15日 2007年7月25日
9 2011年1月2日 2011年1月2日 2011年4月3日 2011年4月6日
10 2011年9月30日 2011年9月29日 2012年1月2日[解説 4] 2012年1月25日
  1. ^ モーニング娘。としての初コンサートの日であり、初期メンバーにとっても2期メンバーにとっても初めてのコンサートである。
    なお、初期・2期メンバー共に初コンサートなので「この日から合流した、という表現はおかしい」と感じる者が存在する可能性があるが、合流の意味にはコトバンクによると『別々に行動していた人・集団・党派などが一つになること』 という部分もあることから、言葉の使用方法としては問題無い。
  2. ^ 紺野あさ美のみテレビ番組収録中のケガ(うたばん事故)のためこの日はあいさつのみ。曲に合流したのは2001年11月3日からである。
  3. ^ ミュージカル『江戸っ娘。忠臣蔵』初日。通常のコンサートでの合流は他の6期メンバーと同じ2003年7月19日からである。
  4. ^ ただしこれより前の2011年11月23日における『ハロー!プロジェクト モベキマスsingleブスにならない哲学」発売記念イベント』の曲披露に参加しており(レコーディングは不参加)、モーニング娘。としても「LOVEマシーン」など10期加入前の持ち歌を数曲披露している。

加入・脱退(卒業)を繰り返すグループ編成

モーニング娘。は、「加入と脱退(卒業)を繰り返しながら進化していくグループである。」と公式に表明されている。このメンバーチェンジを繰り返しながらグループを存続させていく方法は、音楽評論家の福田一郎がつんく♂に『「メンバーが脱退しても解散しないグループ」として、プエルトリコのアイドルグループ「Menudo(メヌード)」を参考にしなさい』とアドバイスをしたことが発端となって、モーニング娘。の着想やハロープロジェクトの構想に至ったことが、2003年10月12日に行われた福田を偲ぶ会にてつんく♂の弔辞で明らかになった[15][16][17][18]

しかし、1997年 - 1999年頃に出演していたテレビ番組内での状況、そして番組内でのつんく♂やメンバーの発言、コンサートのMCとの矛盾点もあり、1997年の結成当時から加入と脱退(卒業)を繰り返すシステムを考えていたかどうか、もしくはそのシステムが結成当時から確立していたかどうかは不明な点が多い。

  • 後につんく♂は「モーニング娘。はその年(1998年)の紅白に出て解散する予定だった。」と語っていること(『モーニング娘。×つんく♂』でのインタビューなど)。
  • メジャーデビューの条件だったCD5万枚手売りに失敗した時、メンバーの追加・脱退がないまま即解散の可能性があったこと(詳細はモーニング娘。の歴史参照)。
  • グループ名の候補に第1期メンバーの属性から連想された名前が挙がっていたこと。(詳細は後述のモーニング娘。#グループ名の由来参照)。
  • 1997年 - 2000年のモーニング娘。のオーディションや活動をドキュメンタリー風に追っていたテレビ番組『ASAYAN』において福田一郎がつんく♂に上記のアドバイスを行ったシーンが放送されなかったこと(詳細はモーニング娘。の歴史参照)。
  • 初めて新メンバーの加入が発表された時、当時のメンバーにとっては全く予想していなかったとされ[19]、その時の衝撃が大きかったことは数年後になってもメンバー自身によって語られていること[20]
  • メンバーの加入・脱退が実際に行われた後でもメンバーは加入・脱退を一度だけのものと思っていた節の発言があり、事務所やスタッフから繰り返されるグループであるという説明を受けていない点(福田明日香脱退発表後に出演した1999年3月23日放送の『とくばん』〈TBS系〉で司会の石橋貴明からのメンバー補充を行うのかとの問いに、中澤裕子は「行わないのではないか」、安倍なつみは「増えないと思います」と答えていたこと)。

デビュー14年目となる2011年現在も活動を続けており、女性歌手グループとして2000年代中盤までは特異性が高かったことから、宝塚歌劇団や他のアイドルグループ、歌手ユニットなどとの比較対象として挙げられることが多く、そういった考察をした文献や書籍も多数発表されている。

グループ名の由来

モーニング娘。の由来は『モーニングセットのように「いろいろ付いてくる、盛沢山、おトク感!」を意図したユニット』ということで、つんく♂によって命名された[21]

ユニット名(グループ名)の候補として、つんく♂が考えている途中に下記のような名前が理由と共に挙げられていた[21]

「モーニング娘。」の「。」について

  • 当初のつんく♂の命名では「。」が付いていなかった。しかし、当時『ASAYAN』では画面に表示されるテロップのほとんどすべてに「。」を付けていた(その理由を番組「ハッピーバースデー!」では「テロップをつけるスタッフが文末に。をつける癖があった。」と説明した)ため、ユニット名発表の際(1997年9月14日放送)にもステージ上の画面で「ユニット名はモーニング娘。」と表示されることになった。それに対して司会のナインティナイン岡村隆史が「僕質問なんですけど、モーニング娘のあと『。』付いてますやん。(中略)あれは『。』は付いてるんですか?」と問いかけたところ、相方の矢部浩之が「ちょっと待ってもらえます。(舞台袖を見ながら)あれ僕の意見でいいすか今、あっそうですか。(正面に向き直り)あの『。』は…要ります!」と言ったため「。」付が正式な表記になった。その後の感想で、漢字のグループ名を希望していた当時のメンバー福田明日香が「漢字も『まる』もついて、お得だな〜」と発言した。
  • TBS系の番組『うたばん』で、「。」について聞かれた時にメンバーのほとんどは不要と答えた。しかし、中澤裕子の誕生日(26歳)を前に1999年6月13日に放送されたフジテレビ系の番組『ハッピーバースデー!』での安斎勝洋による姓名判断で「『。』が付いたことで画数が23画となり、理想的なグループ名となった。」と言われた後、肯定的な発言をしている。「。」のない22画ではグループが分裂すると言われているため、後に別の番組でリーダー(当時)の中澤が「『。』は大事。」と語っている。
  • シンボルマークもダブルエム(二重にした小文字の「m」、山が1つ多い)に「。」が付いた形で、商標登録されている英語の正式名称も「Morning Musume。」と「。」が付いている。
  • モーニング娘。やハロー!プロジェクトに関連するグループ名、ユニット名、番組名などにも「。」が付いているものが数多くある(「カントリー娘。」「ココナッツ娘。」「ミニモニ。」「エコモニ。」『ハロー!モーニング。』『モー。たいへんでした』「エアモニ。」『モーニング刑事。』『江戸っ娘。忠臣蔵』など)。
  • 単語の中に句点を含む語として初めての使用事例ではないが、モーニング娘。が広くメディアに取り上げられるに伴って、日本語の乱れの例、ないしはそれを広めたきっかけとして取り上げられたことがある[22]。実際には、草野心平が『河童と蛙』(教育出版の教科書でも取り上げられている詩)の中で文の終わりでないところに「。」を付けた事例があり、芸能人でも藤岡弘、の事例がある。

「モー娘。」という略表現について

  • メンバー自身(特に初期のメンバー)は、自分達のグループを「モーニング」または「むすめ」と呼ぶことが多い。
  • 「モー娘。」という表記自体は、最初、ファンやマスコミが使い始めた呼び方であるものの、所属事務所によって商標登録されており、映画『ピンチランナー』のキャッチコピーで「モー娘。、走る!」として使われている。
  • モーニング娘。、Morning Musume。およびモー娘。はいずれも株式会社アップフロントグループの日本における登録商標(商標登録第4555529号・第4566621号・第4555530号)で、登録呼称は「モーニングムスメ」および「モームスメ」である。存続満了日は2012年(平成24年)である(更新可能)。

特徴

「モーニング娘。でしか見られない現象」について記す。

教育係

モーニング娘。には、「教育係」という名目で先輩が後輩に指導する慣わしがある。中でも3・4期メンバーでは『ASAYAN』で教育指導の模様が放送された。

  • 2期メンバー
    • 教育係の制度はなかった。『ASAYAN』では中澤裕子が叱っている姿が放送された。
  • 3期メンバー
  • 4期メンバー
  • 5期メンバー
    • 教育係の制度はない(2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』でメンバーが「5期と6期には教育係はいない」と語っている)。
    • 2001年11月2日に放送された『ミュージックステーション』での5期メンバー初登場時に吉澤ひとみ→高橋愛、石川梨華→小川麻琴安倍なつみ紺野あさ美、矢口真里→新垣里沙、という組み合わせで新メンバーの紹介を行った。これを聞いた司会のタモリが「教育担当者が決まっているんですね」と感想を述べたのに対してその場では誰も否定しなかったため、この組み合わせが教育係だと言われたこともあったが、後にメンバーの発言によって明確に否定されている[23]
  • 6期メンバー
    • 5期と同様に教育係の制度はない。
    • 「6期メンバーとほぼ入れ替わりで卒業する保田圭が6期メンバーにモーニング娘。の精神を伝える」という企画が2003年5月11日の『ハロー!モーニング。』で放送されており、この時点では教育係という呼び方はされていなかった。2007年11月に行われたYahoo!ライブトークでは保田圭が6期メンバーの教育係であったとされている[24]
  • 7期メンバー
  • 8期メンバー
    • 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』において、ジュンジュンは遅刻が多いため、マネージャーが亀井か田中を教育係にすることを検討している、と田中が明かした(その直前に亀井が道重との待ち合わせに必ず30分遅刻するというトークをしていたため、司会者から「亀井ちゃんに教育させたらアカン」とつっこまれている)。
  • 9期メンバー
    • 「教育係はない」という発言が光井愛佳から出ている[25]

メインパート・センターポジション

初期の楽曲はメイン(主旋律)とハモリ(ハーモニー)で構成されていたことから、『ASAYAN』でメインパート争奪戦として取り上げられていた。「LOVEマシーン」以降のリレー式歌唱でも、サビの歌唱を中心として歌唱パートが多いメインと、その他に区別できる。

人数の増加に伴い、歌唱の中心である「メイン」に加え、ジャケット写真やダンスフォーメーション位置の中心(センターポジション)にいる「センター」も注目されるようになった。センターとメインは必ずしも一致しない。メインやセンターを一度も経験せずにモーニング娘。を卒業したメンバーも多い。

メインやセンターについては多くの場合公式に発表されないため、誰が見ても明らかな場合もある一方で、誰がメインやセンターなのかはっきりせず、意見が分かれる場合も多い(その場合、メイン数は高橋愛が最多である。[独自研究?])。

パート割り

  • 歌唱パートの割り振りは、メンバー構成が10人以上の大所帯である時期が多くあるために、曲によってはソロ歌唱フレーズがなかったり、1フレーズのみというメンバーがいる場合が多い。
  • パート割りがライナー(歌詞カード)に記述されたのは 「女子かしまし物語」のみである。『つんく♂ベスト作品集(上)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜』『つんく♂ベスト作品集(下)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜』に収録されている19曲については、それぞれの付属のブックレットにパート割りが記載されている。
  • PVでは、各メンバーがそれぞれソロパートが割り当てられている部分で大写しにされていることが多い。
  • 「LOVEマシーン」までは全員分で曲全体のレコーディングを行い、ミックスダウンでパート割りを決定していた。その後、レコーディングでのプロツールスの本格的な導入に伴い、レコーディング時に担当パートのみを歌唱してアレンジすることが多くなる。
  • コンサートなどで卒業・脱退したメンバーが受け持っていたパートのある曲を歌う時は、いなくなったメンバーの受け持ちパートを残っているメンバーの誰かが引き継いで歌う。卒業コンサートや『NHK紅白歌合戦』などの特別な場やコンサートの構成上においてメンバーの入れ替えに関係なくパートの変更が行われることもある。

エース格メンバー

エース格とは、ユニットの中心格(シンボル)という意味合いである。エースに該当しないメンバーが素質的または才能的、そして人気が劣っているという意味合いではない。エースについてはつんく♂ら関係者やマスコミによってしばしば言及されることがあるものの、リーダーなどのように公式発表されることはない。

インディーズデビュー曲である「愛の種」とメジャーデビュー曲である「モーニングコーヒー」に関わった桜井鉄太郎によれば、モーニング娘。に関わることになった時に所属事務所の社員が「オーディションの落選者の中で安倍なつみがずば抜けて資質があるのでソロで売り出したいが、いきなりソロで売り出すのはちょっと早いのでしばらくグループの中でもませたい。」と語ったことを述べている[26]。実際に安倍はモーニング娘。の初期の曲のすべてでメインボーカルを務めており、中でも 「ふるさと」はモーニング娘。名義でリリースされた曲であるにも拘らずソロパートがあるのが安倍1人であった(残りのメンバーはコーラスのみ)。かつてつんく♂は安倍についてモーニング娘。に在籍しソロデビューもしていなかった頃、当時安倍がユニット活動に参加せずソロデビューもしない理由として、安倍が「モーニング娘。のであり、マザーシップだからモーニング娘。としての活動に専念させている。」としばしば語っていたが、ここでいう「顔」や「マザーシップ」は「エース」とほぼ同じ意味だと考えられる。安倍は歌手としてのソロ活動を開始したのはかなり遅かったものの、モーニング娘。初のCMは安倍のソロ出演CMである『SALA』(カネボウ→クラシエ)であり、ソロでの本格的なドラマ出演やソロ写真集の発売などはいずれもモーニング娘。のメンバーの中では安倍が初めてである。

  • エース格:安倍なつみ、後藤真希(共にソロデビュー時)、石川梨華(卒業時[27])、藤本美貴(セクシーオトナジャン結成時)、高橋愛(2005年以降)、田中れいな(2007年以降)

ラブマの法則

石黒彩から安倍なつみの卒業まで、「LOVEマシーン」のシングルジャケット写真8人の立ち位置右上から6人が以下の様に並ぶ通りの順番となった(石黒彩→市井紗耶香→中澤裕子→後藤真希→保田圭→安倍なつみ→飯田圭織→矢口真里)。

飯田 保田 中澤 石黒
矢口 安倍 後藤 市井

通算3人目の卒業者となる中澤卒業後の2001年6月頃にネット上で話題となっているが、それ以前にも2人目の市井卒業時にネット上で議論されたことが確認されている。安倍卒業時にマスコミでも話題となったが、「LOVEマシーン」リリース時に在籍していない辻希美と加護亜依の卒業により法則は破られたと考えられた。最初に卒業した福田明日香も「LOVEマシーン」のリリース時に在籍していなかったという反論がある上、その後、飯田圭織が卒業した後にジャケット写真8人の立ち位置左下の矢口真里が最後に脱退した経過を考えると、法則は破られていないという考え方もある。

2005年5月11日放送の『トリビアの泉』や、『アッコにおまかせ!』、『情報プレゼンター とくダネ!』で報道していた。矢口が脱退した時も『ブロードキャスター』内のコーナー「お父さんのためのワイドショー講座」で放送された。

メンバー自身がこの件について言及したのは2003年4月24日放送の『うたばん』(TBS系)である。この回では保田のモーニング娘。からの卒業を主題とした構成になっており、その一環として当時のリーダーだった飯田が「LOVEマシーンのジャケットに関する噂」として話している。

楽曲オリジナルメンバー

2011年10月以降、モーニング娘。の最古参メンバーは5期メンバーの新垣里沙であるため、各シングル曲発売時に現在のメンバーが音源に入った楽曲として一番古いのは、13枚目のシングル「Mr.Moonlight 〜愛のビッグバンド〜」であり、それ以前の曲では音源に入っているメンバーが全員卒業した(「そうだ! We're ALIVE」にカップリング曲として収録された「モーニングコーヒー(2002 ver.)」などリメイクされたものは除く)。このため、過去の曲はコンサートにて卒業メンバーのパートを引き継いだ形で歌い続けている。

  • 2005年夏のハロー!プロジェクトコンサートでは、当時の卒業メンバーである中澤裕子・飯田圭織・安倍なつみ・保田圭・後藤真希・石川梨華・辻希美・加護亜依が「LOVEマシーン」を披露した(この時矢口真里は司会扱いで不参加であったが、同年大晦日の『第56回NHK紅白歌合戦』で実現した)。現在でも現役メンバーが同曲をコンサートで歌い続けている。

グループ内ユニット・レンタル

モーニング娘。は、グループ内ユニットとしての「タンポポ」「プッチモニ」「ミニモニ。」などの活動も活発であった。

そもそも、このグループ内ユニットとは結成からずっとメイン歌唱の安倍なつみに対してコーラス担当となっていた飯田圭織と石黒彩の歌唱力を活かすため、グループ内ユニットである「タンポポ」が発案され結成されたことが始まりである。追加メンバー3名からは声の相性を重視して矢口真里が選抜された。『ASAYAN』の企画としても注目が集まり、「メンバーの個性を高めてモーニング娘。に還元する」循環の成功事例となった。

この成功に続いて「プッチモニ」が結成され、モーニング娘。に続くミリオンセラーとなる。続く「ミニモニ。」はハロー!プロジェクトから「ココナッツ娘。」のミカを迎えて70万枚を超える大ヒットを記録し、成功する。この方向性をさらに進め、モーニング娘。のメンバーを既存のハロプロユニットである「カントリー娘。」に加えるレンタルを開始した。

2002年7月31日のユニット改編(タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。のメンバー総入れ替え)の結果、タンポポはシングル1曲のみ、プッチモニはアルバム収録曲のリリースはあったもののシングルリリースなしで両ユニットとも活動休止状態に、ミニモニ。も改編後の路線変更を前後して売り上げが半減し、2004年5月のミカの卒業をもって活動を停止した。

2004年6月には「エコモニ。」が結成され、環境活動限定ながらアルバム曲が収録されるなど活動を続けている。2006年からはグループ内ソロユニットの「月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)」やハロプロ枠内のユニット「GAM」「きら☆ぴか」「アテナ&ロビケロッツ」「MilkyWay」「High-King」といったユニット活動が再開している。「モーニング娘。さくら組」「モーニング娘。おとめ組」もグループ内ユニットの扱いになるのかどうかは見解が分かれている。

2009年7月15日に発売された『チャンブル①〜ハッピーマリッジソングカバー集〜』でチャンプルユニットが結成され、High-Kingに加え、タンポポに亀井絵里光井愛佳、ミニモニ。にリンリンZYXに新垣里沙と久住小春、美勇伝に道重さゆみとジュンジュンがそれぞれ参加し、「タンポポ#」「新ミニモニ。」「ZYX-α」「続・美勇伝」として活動した。

円陣及び気合い入れ

モーニング娘。は、ライブやテレビ番組の本番前などにメンバー全員で円陣を組み、右手を重なり合わせ、掛け声を掛け合う気合い入れを行うことが仕来りになっており、モーニング娘。の歴史において欠かすことのできない独特の習慣である。メンバー間の絆や結束力を高め鼓舞し、『最高のパフォーマンスをしよう』という意思確認の目的で結成当時から行われている。

がんばっていきまっしょい!!
円陣を組み、リーダーが差し出した手の上からほかのメンバーが手を重ね、『がんばっていきまっ』(リーダー格のメンバー)『しょい!!』(メンバー全員)という掛け声を合わせる。この気合い入れはモーニング娘。のライブDVDや『ASAYAN』『ミュージックステーション』などでも公開されている。通常は舞台裏で行われるが、2006年の『第57回NHK紅白歌合戦』ではステージ上で行われた。これは敷村良子原作で1995年坊っちゃん文学賞を受賞した小説『がんばっていきまっしょい』が由来である。1998年にはこの小説も映画化され、これが縁で飯田圭織と同映画主演の田中麗奈が親友になった。
ダンシング シンギング エキサイティング
主にハロプロライブのときにハロプロメンバー全員での気合い入れ時の掛け声である。メンバー全員で両手をつなぐように円を作り、一斉に掛け声を合わせる形を取っている。『ダンシング シンギング エキサイティング』(リーダー格のメンバー)『ダンシング シンギング エキサイティング、オー!』(メンバー全員)という形になる。こちらも度々ハロプロのライブDVDなどに収録されている。

モーニング娘。さくら組とモーニング娘。おとめ組では下記の気合い入れも行っていた。

気持ちを合わせて頑張っていきますさくら
モーニング娘。さくら組の気合い入れ。『気持ちを合わせて頑張っていきます』(リーダー格のメンバー)+『さくら』(メンバー全員)。
おとめファイト
モーニング娘。おとめ組の気合い入れ。『おとめ』(リーダー格のメンバー)+『ファイト』(メンバー全員)。

この他にも、ハロプロの各グループごとに独特の気合い入れや掛け声が存在する。

主な記録

オリコン記録

シングル

モーニング娘。は、かつて女性グループとして以下のオリコンのシングル主要5部門でトップ記録を独占しており[28]、2012年1月現在もそのうち4部門でトップ記録を維持している。

  • 女性グループシングルCDオリコン1位連続年:6年(1998年〜2003年)
    • 1998年9月発売の3rdシングル『抱いてHOLD ON ME!』で記録が始まり、2000年5月発売の9thシングル『ハッピーサマーウェディング』でそれまで1位だったピンク・レディーおよびプリンセス・プリンセスの持っていた記録3年とトップタイとなり、2001年8月発売の12thシングル『ザ☆ピ〜ス!』で単独1位を達成し、2003年4月発売の18thシングル『AS FOR ONE DAY』まで継続。2004年〜2005年にオリコン1位を達成した曲がなかったため、記録が途切れた。
  • 女性グループシングルCDオリコントップ10回数:48作すべて(歴代女性グループ最多&邦楽歴代1位タイ)
    • 1998年1月発売のメジャーデビューシングル『モーニングコーヒー』で記録が始まり、2002年に15thシングル『Do it! Now』(同年7月発売)でそれまで1位だったMAX及びWinkとトップタイを達成し、16thシングル『ここにいるぜぇ!』(同年10月発売)で女性グループ記録の単独1位を達成した。2007年4月発売の33rdシングル『悲しみトワイライト』で小泉今日子及び安室奈美恵(※当時)と並ぶ歴代3位タイとなり、同年7月発売の34thシングル『女に 幸あれ』で歴代女性アーティスト単独2位に浮上した。また、デビューから40作連続でのTOP10入りは、2006年10月23日付のSMAP以来、オリコン史上2組目の快挙。この48作はソロアーティストも含めた女性アーティスト部門でも1位タイ記録になる(ソロでは浜崎あゆみの48作)。
  • 女性グループシングルCDオリコン連続トップ10獲得年数:15年(歴代最長)

シングルについては他に以下の記録がある。

  • 女性グループシングルCDオリコントップ5回数:45作(歴代女性グループ最多&邦楽歴代3位)
    • 全シングル中でオリコントップ5に入らなかったのは1998年1月発売のデビューシングル『モーニングコーヒー』と2007年11月発売の35thシングル『みかん』と2010年11月発売の44thシングル『女と男のララバイゲーム』の6位が最低順位であり、これ以外の楽曲45作品はすべてトップ5にランクインしている。
  • 女性グループシングルCDオリコン連続トップ5記録:33作
    • 1998年5月発売の2ndシングル『サマーナイトタウン』で記録が始まり、2007年7月発売の34thシングル『女に 幸あれ』まで継続した。しかし、同年11月発売の35thシングル『みかん』の最高位が6位であったため、記録が途切れた。
  • 女性グループシングルCDオリコン1位回数:11作(歴代女性グループ最多タイ&邦楽歴代20位タイ)
    • 1998年9月発売の3rdシングル『抱いてHOLD ON ME!』で記録が始まり、2003年4月発売の18thシングル『AS FOR ONE DAY』で1位だったピンク・レディーとタイ記録となり、2006年11月発売の31stシングル『歩いてる』でピンク・レディーを抜き単独1位になった。2009年5月発売の39thシングル『しょうがない 夢追い人』で自身の記録を更新する11作目の首位獲得となった。
かつてのトップ記録
  • 女性グループシングルCD総売り上げ第1位
    • 2007年4月発売の33rdシングル『悲しみトワイライト』の初登場週においてシングルCD総売り上げが1,108.5万枚に達し、それまで1位だったピンク・レディーを抜いて1位を達成した。同曲は翌5月7日付けのオリコンシングルチャートで初登場2位を記録している。通算CDセールスが1,000万枚を突破したのはピンク・レディー、SPEEDに続き女性グループ史上3組目である(2003年7月発売の19thシングル『シャボン玉』にて1,000万枚を突破)。
      • その後この記録は、2012年1月9日付けのオリコンチャートで、AKB48のシングル総売り上げ枚数が1,178.4万に達した[29]ことで塗り替えられた。

アルバム

アルバムについても以下の2部門でトップ記録を有しており、シングルの記録と合わせて「7冠」とされることもある。

  • 女性グループアルバム連続TOP10獲得年数:10年(1998年〜2007年)
  • 女性グループアルバム通算TOP10獲得作品数:13作(歴代1位)
    • 1998年7月発売の1stアルバム『ファーストタイム』で記録が始まり、2010年3月発売の10thアルバム『⑩ MY ME』で通算12作目となり、プリンセス・プリンセスを抜いて女性グループ歴代1位記録となった。

その他の記録

  • ミュージックDVDオリコン1位回数:18作
  • ミュージックDVD総売上枚数記録:227万枚(歴代2位)
    • かつては歴代1位であったが、2010年4月19日に嵐が記録を更新した[30]

世界記録

  • 『1店舗における同一CDの1日の売り上げ枚数』の世界記録:15,612枚(1997年11月3日大阪・HMV心斎橋での「愛の種」手売りイベントにおいて)

NHK紅白歌合戦関係

  • 女性グループとして最多出場:10回(1998年〜2007年)
  • 最多初出場(3回):後藤真希(モーニング娘。・後藤真希・DEF.DIVA)(1999年の第50回・2003年の第54回・2005年の第56回)、藤本美貴(藤本美貴・モーニング娘。・GAM)(2002年の第53回・2003年の第54回・2006年の第57回)
  • 平成生まれの出場歌手第1号:道重さゆみ田中れいな(2003年の第54回)。

獲得音楽賞

新聞記事・広告

  • モーニング娘。は、スポーツ紙の他、2000年頃から一般紙の記事や広告に何度か掲載している。
  • 一般紙の中でも一時期に読売新聞が記事や広告を掲載していたが、下記のような企画も行われた。
    • 2000年12月28日付けの夕刊には、20世紀末に因み、ほとんどの広告が「モーニング娘。のゆく世紀・くる世紀」として掲載された。
    • 2002年のミュージカル『モーニング・タウン』にはキリンビバレッジと共同でスポンサーを務めた。この時期には読売新聞の新規購読者に特典として「モーニング娘。目覚し時計。」が配布されており、同年1月には既存の購読者にもモーニング娘。のポスターやカレンダーが配布されていた。
    • 2007年1月16日付けの朝刊には、見開きの2ページにわたってモーニング娘。結成10年をアピールする全面広告が掲載された。内閣の組閣写真を模した写真に1〜8期の全メンバー23人(当時)の巨大な顔がコラージュされた写真が使われ、中央に「それではいっしょに唄いましょう。」、下に「構造改革は行いますが、解散は致しません。今年9月に10周年を迎えるモーニング娘。です」というキャッチコピーが添えられた。なお、この広告は同日、日本経済新聞(東日本地区のみ)の朝刊にも掲載された。
    • 2000年7月18日夕刊に掲載された中澤裕子単独インタビューでは、一般紙として初めてモーニング娘。に「国民的アイドル」の表記を使用した(別冊宝島608『モーニング娘。バイブル』〈宝島社〉の調査による)。
  • 2007年3月24日付けの朝日新聞夕刊において、1面広告で8枚目のアルバム『SEXY 8 BEAT』の宣伝を行った。

その他

  • モーニング娘。は、中学生以下のメンバーは茶髪・ピアスを禁止させている。中学生時代にピアスを付けていたのは後藤真希(中2:オーディション時〜1999年暮れ)・田中(中1:オーディション時、中3:2005年〜)・吉澤(中3:2000年10月〜)だった。石黒は耳のほかに鼻にもピアスをしていた。
  • 2003年6月3日には、神奈川県横浜市と日本演劇興行協会が構造改革特区の1つとして午後10時まで延長する「子役特区」を提案した。鴻池祥肇特区担当大臣(当時)が「モーニング娘。特区」と名付けて実施を目指していたが、坂口力厚生労働大臣(同)は「義務教育を受けるためにも限界がある」と慎重な姿勢を示していた。内閣府で行われた同年9月3日の会談で坂口厚労相が「9時までは認める」と述べたのに対し、鴻池担当相が「それでいいです」と応じたという。これにより、2004年11月16日の労働政策審議会に対する答申にて、2005年1月1日から全国的に演劇などへの13歳未満の子役の出演が従来の午後8時までから午後9時までに延長されることになった。
  • モーニング娘。はアメリカ、ヨーロッパ、アジアなど海外にも熱狂的ファンがおり、数十万規模の私設ファンクラブが多数存在する。特にアジア(主に台湾、香港、韓国)ではジャニーズや安室奈美恵など他の日本人アイドルと共に人気が高い(中国語圏での表記は『早安少女組』。この表記については2007年5月20日の『ハロモニ@』で取り上げられた。)。2006年7月に卒業メンバーの一人である後藤真希が韓国で同国のファンを相手にイベントを開催し、11月に同国でライブを開催した。モーニング娘。も同年12月10日の光井加入時に「2007年は結成10周年の年であり、2007年をアジアの中の日本として位置付ける」ことや、翌2007年3月15日に中国人留学生のジュンジュンとリンリンが加入したこともあり、ハロプロ全体でアジア戦略を模索している。その影響を受けて、モーニング娘。のアジア進出が同年10月より具体的に動き出した。
    • 2007年10月26日28日の3日間を高橋・新垣・久住の3名で韓国を、同月29日31日の3日間をメンバー9人全員で台湾をそれぞれ訪問した。10周年ベストアルバムが両国で公式リリースされるため、そのプロモーションとして実現した。両国共に多数のメディア取材があり、テレビ・ラジオ出演を果たした。台湾では公式ファンクラブイベントがあり、ファンの前で4曲を披露した。
    • 2008年5月24日に初の台湾公演を行った。これに先立って同年4月16日からの数日間高橋・田中・ジュンジュンの3人による台湾公演のPR活動を行った。6月1日に初の韓国公演、同月28日には2010年の上海万博に先駆けて行われるコンサート『放歌世博』に日本人アーティストとして初出演する。
    • 2008年4月16日に発売された36thシングル「リゾナント ブルー」は、韓国との同時リリースを実現した。
    • 2000年代後期以降はアジアに留まらず、フランスでのジャパンエクスポなどの日本国外公演も行い、ヨーロッパ、アメリカにも活動の幅を広げている。
  • 2003年9月にモーニング娘。およびハロプロの選抜メンバーによる芸能人フットサルチーム『Gatas Brilhantes H.P.』(現在同チームからのモーニング娘。メンバーはなし)が結成された。2006年1月にはキックベースボールチーム「メトロラビッツH.P.」も結成している(現在活動休止中)。
  • 自衛官募集のポスターでは起用された有名人が自衛官の制服を着て写っているのが通例だが(細川ふみえ岡田有希子の例)、モーニング娘。はそのポスターで初めて通例が破られる形(自衛官制服非着用)でポスターに採用された。
  • グループ在籍期間の間は男女交際そのものが禁止とされる。2000年には安倍なつみ押尾学の自宅マンションに出入りしたことが写真週刊誌『FOCUS』に掲載され、それを受け事務所が「アイドルの自覚が足りないと注意した」ことが「スポーツ報知」に報じられた。石黒彩もかつて「恋人ができたら解雇だと言われた」と番組で告白したことがある。特にリーダーの地位にある場合は他のメンバーの規範となることが求められるため、在任中に恋愛スキャンダルが発覚した3代目リーダーの矢口真里と5代目リーダーの藤本美貴はともに自主的に脱退したとされる。矢口真里の脱退の公式の理由は恋愛ではない。

関連項目

脚注

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  1. ^ モーニング娘。の作品・出演一覧、オリコン記録の欄を参照。ただし、むてん娘。名義でリリースされた「あっぱれ回転ずし!」を除く
  2. ^ 「モーニング娘。」の失われた10年 - YUCASEE MEDIA 2011年10月4日
  3. ^ 「鳥肌が立ちました!」 モーニング娘。のパリ公演に4000人が大興奮 - BARKS 2010年7月3日
    アイドルの海外進出:モーニング娘。のワールドワイド・ルネサンス - CNNGo 2010年8月12日
    参考:NHKワールドTVのテレビ番組J-MELO内で、日本国外に住む外国人のファンが2011年6月6日放送分ほかたびたび紹介されている。
  4. ^ 新垣里沙に関する大事なお知らせ(ハロー!プロジェクト オフィシャルサイト).2012年1月2日閲覧。
  5. ^ 結成から中澤卒業までのモーニング娘。の歴史が掲載されている『ASAYAN』公式サイトなどでは現在でも「脱退」という表現で統一されている(ASAYAN公式サイト:モーニング娘。)。
  6. ^ 公式サイト 『モーニング娘。』リーダー「矢口真里」についての重要なお知らせ
  7. ^ 例:『モーニング娘。×つんく♂』『モーニング娘。×つんく♂2』
  8. ^ 例:『モーニング娘。誕生10年記念本』や『モーニング娘。 ALL SINGLES COMPLETE 〜10th ANNIVERSARY〜』初回限定版の付属ブックレット
  9. ^ 例:『モーニング娘。×つんく♂2』
  10. ^ 例:『モーニング娘。の変せん』『さいたまスーパーアリーナライブドキュメント速報 モーニング娘。 最初で最後の16人』(サンケイスポーツ特別版、2003年5月9日)
  11. ^ 2008年、ファンクラブ会員向けに出版された『ハロテン検定ドリル』によると、中澤がリーダーであった期間は「3年3か月であった」とされているので、逆算するとリーダー就任は1998年1月になる。
  12. ^ 『ずっと後ろから見てきた』(中澤裕子・著、2003年11月17日、ワニブックス)p.137に記述
  13. ^ 結成当時は約12歳差、4期加入時に約15歳差と最大で、最小は矢口脱退から7期加入前までの約5歳差である。
  14. ^ つんく♂オフィシャルサイト 「モーニング娘。10年記念隊」楽曲コメント
  15. ^ モー娘が18人特別編成、福田さんしのぶ会”. 日刊スポーツ (2003年10月13日). 2003年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  16. ^ モー娘。故福田さんに感謝の追悼唱”. スポーツニッポン (2003年10月13日). 2003年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  17. ^ 聞いてください…18人モー娘。熱唱”. デイリースポーツ (2003年10月13日). 2003年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  18. ^ 18人で熱唱 モー娘。“生みの親”しのぶ”. めざましテレビ. MU-HA (2003年10月13日). 2003年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  19. ^ 『モーニング娘。5+3-1』(1999年10月13日、宝島社、ASAYAN 編)ISBN 4-796616047 P151-
  20. ^ 例:「増員」『ずっと後ろから見てきた』〈中澤裕子・著、2003年11月17日、ワニブックス〉P148-
  21. ^ a b ユニット名決定!!! - ASAYAN公式サイト 1997年9月14日・『ASAYAN』(テレビ東京系)1997年9月14日放送
  22. ^天声人語句読点』」(朝日新聞、2006年1月7日)、「天声人語(2006年1月 - 6月)」(朝日新聞社、2006年9月発行) ISBN 4-0225-0225-8 などに掲載。
  23. ^ 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』において、出演したメンバーが「5期と6期には教育係はいない」と語っている。
  24. ^ “新旧の枠を超えたモーニング娘。の絆 <Yahoo!ライブトーク>出演”. BARKS. (2007年11月15日). http://www.barks.jp/news/?id=1000035495 2011年10月14日閲覧。 
  25. ^ 『モーニング娘。のオールナイトニッポンモバイル』「9期メンバーについての質問にバンバン答えます!」(2011年2月16日配信分)より。
  26. ^ 別冊宝島608『モーニング娘。バイブル』(宝島社、2001年9月29日発行)に収録された桜井鉄太郎のインタビュー
  27. ^ サンケイスポーツ 美勇伝全国ツアー記事(2005年8月21日)
  28. ^ ORICON STYLE『モーニング娘。、ピンク・レディー超え! 女性グループ5冠!』(2007年5月1日)
  29. ^ MSNエンタメ(Listen Japan)『モー娘。超えた! AKB48 シングル総売上1178万枚で女性グループの頂点に立つ』
  30. ^ オリコン (2010年4月14日). “嵐がミュージックDVD総売上枚数273万枚で歴代1位、モー娘。の記録を抜く” (日本語). 2010年4月14日閲覧。

外部リンク



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