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奈良電気鉄道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/09 13:24 UTC 版)
奈良電気鉄道(ならでんきてつどう)は、現在の近畿日本鉄道(近鉄)京都線に当たる鉄道路線を建設した鉄道会社である。通称は「奈良電」。沿線で路線バス事業も行っていた。
京都と奈良を結ぶことから、同地域をテリトリーとしていた京阪電気鉄道と大阪電気軌道(通称:大軌、近鉄の前身)両社の合弁で会社が設立され、戦後には京阪・近鉄いずれの路線とも直通運転を行っていたことがあった。
その後、京都・奈良の観光開発を積極的に推し進めていた近鉄が、1963年にその一環で奈良電気鉄道を合併、その路線を自社の京都線とした。
- ^ a b 『向島村、佐保村間及田辺町、八幡町間鉄道敷設免許の件』 1922年11月16日 (国立公文書館所蔵)
- ^ a b 『田辺町、八幡町間鉄道免許失効の件』 1925年08月26日 (国立公文書館所蔵)
- ^ a b 『起業目論見書記載事項変更の件』 1924年10月25日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『工事施行の件』 1925年8月2日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『線路及工事方法変更の件』 1927年8月12日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『小倉村、伏見町間延長線敷設免許の件』 1926年12月25日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 計画再変更の時点で、桃山御陵前の地下駅設計図などは既に建設を担当する大林組によって作成が完了しており、先行して同社が担当した京阪電気鉄道新京阪線西院 - 京阪京都間と類似の施設設計であったとされる。
- ^ 徳永慶太郎「近鉄昔ばなし」、『鉄道ピクトリアルNo.569』 pp.121-122
- ^ 『奈良電気鉄道の地下化阻止の論拠となった松原厚博士の論文『伏見町の地下水に就いて』(『醸造学雑誌』第6巻第8号、大阪醸造学会、1929年)(大阪府立中央図書館所蔵)
- ^ 『伏見線工事施行の件』 1928年3月23日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『伏見線起点二哩七十鎖、桃山御陵前間工事施行の件』 1928年5月26日 (国立公文書館所蔵)
- ^ a b 『民営鉄道の歴史がある景観III古今書院』
- ^ 『奈良電気鉄道(株)申請の京都駅表口、東寺間(未成線)地方鉄道運輸営業廃止について』 1963年10月15日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 奈良電気鉄道在籍車両の大阪電気軌道乗り入れに関しては、西大寺 - 奈良・西大寺 - 神宮前、平端 - 天理間について1928年6月29日に申請を実施し、同年11月1日に鉄道大臣の、同年同月26日に内務大臣の認可をそれぞれ得ている。
- ^ 『第37回報告書 自昭和三年十月一日 至昭和四年三月卅一日』、大阪電気軌道、p.2
- ^ 『小倉村、中道町間鉄道敷設免許の件』 1929年06月26日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『大阪市東成区森町奈良市下三条通間鉄道敷設免許ノ件』 1929年06月26日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『平城村、奈良市間鉄道敷設免許の件』 1928年4月4日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『奈良市、桜井町間延長線敷設免許の件』 1928年7月1日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『奈良、桜井間工事施行願却下の件』 1942年1月27日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『運輸協定書(写)』1943年2月6日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 現在の阪急阪神ホールディングス株式会社。阪神急行電鉄と京阪電気鉄道は阪神急行電鉄を存続会社として1943年10月1日に合併し、戦後1949年12月1日に淀川左岸(新京阪線)を残して京阪電気鉄道として分離独立した。
- ^ 『御請書』1944年7月19日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『奈良電鉄社史』
- ^ 『鉄道ピクトリアル No.695』p.105
- ^ 当時の奈良電気鉄道は資本金9,500万円 発行株式190万株
- ^ 経営の風土学 佐伯勇の生涯 205頁
- ^ 1962年5月10日に免許
- ^ 奈良電鉄社史には1962年4月28日
- ^ 『京阪百年のあゆみ』
- ^ a b 『奈良電鉄社史』pp.93-97
- ^ 『奈良電鉄社史』p.98
- ^ a b 『奈良電鉄社史』pp.103-104
- ^ 『奈良電鉄社史』pp.104-107
- ^ 『奈良電気鉄道(株)申請の小倉、宇治間(未成線)運輸営業廃止について』 1954年8月3日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『近畿日本鉄道株式会社、奈良電気鉄道株式会社申請の会社合併について』 1963年8月26日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 『奈良電気鉄道(株)申請の京都駅表口、東寺間(未成線)地方鉄道運輸営業廃止について』 1963年10月15日 (国立公文書館所蔵)
- ^ 近鉄買収後はモ430形と改称された。1969年の昇圧時、対応改造が難しいことと運用年数が長いことから、救援車に改造された1両をのぞき廃車となった。
- ^ 近鉄買収後は順にク595形・ク590形となる。昇圧時にク400形に整理・統合された。
- ^ ただし電装品は従来通りの東洋電機製造製で、三菱電機製品を採用したモ600形とは一線を画していた。近鉄買収後はモ670・ク570形に改称された。
- ^ デトボ351(旧デワボ502)とデワボ501の機器を流用して車体を新造。近鉄合併後、モ455形を経てモ455形およびク355形となり、さらに1969年の昇圧でモ400形およびク300形となった。
- ^ 合併後、それぞれモ680・690形となった後、特急車として大改造を施され、モ680・ク580・モ683形となる。
- ^ 1949年までは前述のような理由で京阪神急行電鉄。
- ^ 現在の近鉄丹波橋駅に相当する。
- ^ 京阪の三条駅と奈良電の京都駅のどちらかが被災しても、もう片方の駅を使用して運行ができるようにすること。
- ^ 1969年9月21日に実施。なお京阪も1983年12月4日には直流1,500Vに昇圧した。
- ^ これにより、1968年9月の京阪線ATS稼働開始の段階で当該ATS装置を持たない近鉄車両による京阪線乗り入れは不可能となっている。
- ^ 一部は国鉄からの引き継ぎ域であった。
- ^ 1972年から「快速急行」となる。
- 1 奈良電気鉄道とは
- 2 奈良電気鉄道の概要
- 3 車両
- 4 参考文献
固有名詞の分類
| かつて存在した日本の鉄道事業者 |
弘前電気鉄道 大隅鉄道 奈良電気鉄道 太平洋不動産 鹿島参宮鉄道 |
| かつて存在した日本のバス事業者 |
越後交通県央観光 京阪宇治交サービス 奈良電気鉄道 倉敷市交通局 両筑軌道 |
| かつて存在した京都府の企業 |
上羽商事 京阪宇治交サービス 奈良電気鉄道 松竹ロビンス 京阪宇治交通 |
| かつて存在した奈良県の企業 |
奈良電気鉄道 富国映画社 市川右太衛門プロダクション 洞川電気索道 全勝キネマ |