大選挙区制
大選挙区制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/26 17:41 UTC 版)
大選挙区制(だいせんきょくせい)とは、1つの選挙区につき複数名を選出する選挙制度の総称である。
注釈
- ^ 小選挙区として選挙区を細分化されていれば、候補者は僻地の過疎地の有権者の票を獲得するために候補者自身が過疎地におもむいて遊説をするなどの政治活動・選挙活動をする動機が高くなるが、大きな地域による大選挙区では候補者自身が僻地の過疎地におもむいて遊説をするなどの政治活動・選挙活動をする動機が小さくなる。
- ^ 一つの政党が各有権者に対してかける選挙費用は区割りでは変わらないので、選挙区一つあたりでの選挙費用は選挙区の大きさに比例するが、選挙区数は選挙区の大きさに反比例する。このため、選挙費用の全国合計は小選挙区制とほとんど変わらないという意見もある。日本の公職選挙法には選挙費用の上限が定められているが、日本が中選挙区制を採っていたときも小選挙区制を取り入れても、大半の当選者は上限ギリギリまで費用を使っている。
- ^ マルタやアイルランドなどの国と日本国との比較から、大選挙区制の問題ではないという意見もある。ただし、この2国はいずれも単記移譲式投票制度を採用する国である。
出典
- 1 大選挙区制とは
- 2 大選挙区制の概要
- 3 概要
- 4 選挙方式
- 5 関連項目
大選挙区制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 07:18 UTC 版)
「大選挙区制」を参照 大選挙区制とは一選挙区から複数議員を選出する選挙区制をいう。 大選挙区連記制(大選挙区完全連記制)大選挙区連記制(大選挙区完全連記制)とは、選挙人がその選挙区から選出される議員定数と同数の候補者の氏名を列記して投票する選挙制度をいう。 大選挙区制限連記制大選挙区制限連記制とは、選挙人がその選挙区から選出される議員定数に満たない候補者の氏名を記入して投票する選挙制度をいう。 大選挙区単記制(大選挙区単記投票制)大選挙区単記制(大選挙区単記投票制)とは、選挙人は単記投票(候補者の中から一人だけの氏名を記入)を行い、相対多数に基づいて議員定数に達するまでの数名を選出する選挙制度をいう。 比例代表制比例代表制は政治学では大選挙区制に分類される(後述)。
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大選挙区制(第1次)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 14:21 UTC 版)
1900年(明治33年)、第2次山県有朋内閣により選挙法が改正され選挙権・被選挙権が拡大されるとともに、従来の小選挙区制から原則として1つの府県を1つの選挙区としてそれぞれから2人~12人を選出する大選挙区制に改められた。ただし、市部や離島は1選挙区として郡部からは分離され、東京市(現在のほぼ東京23区に該当)・京都市・大阪市(のち横浜市も追加)を除いて定数1人の小選挙区とされた。これにより総定数は369人となったが、1902年(明治35年)に第1次桂太郎内閣の下で再度選挙法が改正されて、この間に新たに発足した市が郡部選挙区から分離して総定数は381人となった。このうち、札幌区・小樽区・函館区を除く北海道と沖縄県への施行は当初は見合わされ、千島列島を除く北海道全域には1903年(明治36年)、宮古郡・八重山郡を除く沖縄県には1912年(明治45年・大正元年)にようやく選挙法が施行された。この改正から大選挙区においても単記制が採用された。1902年(明治35年)8月10日実施の第7回総選挙から1917年(大正6年)4月20日実施の第13回総選挙までがこの選挙法によって行われた。
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大選挙区制(第2次)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 14:21 UTC 版)
敗戦後、連合国軍の占領下に置かれ連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指導の下に行われた「民主化政策」の一環として幣原喜重郎内閣によって1945年(昭和20年)12月に衆議院議員選挙法が改正されて女性に選挙権が与えられるとともに、都道府県を単位とする大選挙区制が導入された。1900年(明治33年)の大選挙区制とは違い、各都道府県全域を1選挙区とすることを原則に総定数468人を沖縄県を含む各47都道府県の人口に基づいて配分された。これにより15人以上が配分される東京都・大阪府・兵庫県・新潟県・愛知県・福岡県および北海道の7都道府県についてはこれを分割して2選挙区とした。この結果、各選挙区では4人~14人の議員(沖縄県は2人)を選挙することとなり、定数10人以下の選挙区では2名、11人以上の選挙区では3名を連記して投票する制限連記が採用された。これによる総選挙は1946年(昭和21年)4月10日に執行された第22回総選挙が、米軍の直接統治下に置かれた沖縄県には実施されず、実際にはこれを除いた466人について選挙が行われた。 新憲法施行を控えた1947年(昭和22年)3月の衆議院議員選挙法改正により中選挙区制が復活し、同年4月25日に執行された第23回総選挙はこの復活した中選挙区制によって行われたので、大選挙区制による総選挙は第22回のみに終わった。
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