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おおやま-やすはる おほやま― 【大山康晴】
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大山康晴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/08 09:34 UTC 版)
大山 康晴(おおやま やすはる、1923年(大正12年)3月13日 - 1992年(平成4年)7月26日)は、将棋棋士。棋士番号26。木見金治郎門下。主な記録としては、公式タイトル獲得80期(歴代1位)、棋戦優勝44回(歴代1位)、通算1433勝(歴代1位)等がある。十五世名人、および、永世十段・永世王位・永世棋聖・永世王将という、5つの永世称号を保持。
日本将棋連盟会長でもあった。弟子には有吉道夫、中田功、行方尚史などがいる。1990年(平成2年)に将棋界初の文化功労者顕彰となった。正四位勲二等瑞宝章を受章。岡山県倉敷市出身で、倉敷市および青森県百石町の名誉市民・名誉町民。
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- ^ 香落ち(自分の香車を落とすハンディ戦)にしてまでも勝つこと。
- ^ 将棋世界2008年7月号「イメージと読みの将棋観」より。
- ^ この棋王戦挑戦者決定トーナメントにおいて、19歳で竜王にあった羽生善治に勝っている。
- ^ 升田幸三は晩年、自著の中で、修業時代は大山は攻めの棋風だったがすぐに相手から逆襲されて潰されたので、しぶとい受けの棋風になり、一方で升田自身は受けの棋風だったが簡単に相手から攻め潰されたので、自分から討って出る攻めの棋風になったと述懐していた。
- ^ 米長邦雄『逆転のテクニック—悪い将棋はこう指せ!』(日本将棋連盟、上巻、ISBN: 978-4819701112) 。
- ^ 振り飛車は、当時のアマチュアには棒銀と並んで人気があった一方で、プロ棋界ではいきなり角道を止める振り飛車は受け身で消極的とされ、若手棋士が指すと年輩棋士から叱責を受けるほどだった。そのような風潮の中で、升田・大山の両巨匠が振り飛車党に転向したことは衝撃的なことだった。
- ^ 藤井猛・鈴木宏彦著「現代に生きる大山振り飛車」より
- ^ 将棋ニュースプラス2007年8月3日配信分「将棋列伝」より
- ^ 河口俊彦『大山康晴の晩節』(新潮文庫、ISBN: 978-4101265131)。
- ^ 河口俊彦『大山康晴の晩節』
- ^ 山本武雄著 改定新版「将棋百年」(1976年、時事通信社)
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