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地名辞典

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大和高田市

読み方:ヤマトタカダシ(yamatotakadashi)

所在 奈良県

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。


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大和高田市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 12:20 UTC 版)

やまとたかだし
大和高田市
The bell tower of the Hase-hon-ji Temple.jpg
Flag of Yamatotakata Nara.JPG
大和高田市旗
Yamatotakada Nara chapter.svg
大和高田市章
市旗:1982年10月1日制定
市章:1932年制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
団体コード 29202-8
面積 16.49km²
総人口 67,712
推計人口、2011年12月1日)
人口密度 4,110人/km²
隣接自治体 橿原市御所市香芝市葛城市
北葛城郡広陵町
市の木 サザンカ
市の花 コスモス
大和高田市役所
所在地 〒635-8511
奈良県大和高田市大字大中100番地の1
Yamato-Takada city-office.jpg
外部リンク 大和高田市ホームページ

大和高田市位置図(奈良県)

― 市 / ― 町・村
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

大和高田市(やまとたかだし)は、奈良県中西部に位置する中和葛城地域の中核都市である。 奈良県で最も人口密度が高い。近年は人口が漸減し、隣接市町が増加傾向にあるが、昼間人口は依然多く、中核都市としての性格が表れている。 岩手県陸前高田市広島県安芸高田市大分県豊後高田市とともに「高田」の名が付く市である。

目次

地理

奈良盆地中西部の一角を占め、小さい面積の市域の大半は平坦地となっており、市の西北部は馬見丘陵の南端部となる。

市内を葛城川高田川が南北に貫流している。また北東部、橿原市との市境付近を曽我川が、北西部には葛下川が流れる。なお高田川はかつて現在の流路より東側を流れていたが、水害に悩まされていたことから1932年(昭和7年)から付け替え工事が開始され、現在の流路となった。旧流路は埋め立てられて道路化が図られ、現在の国道166号線及び県道大和高田斑鳩線となっており、沿道の地名や橋梁欄干などの遺構にその名残を留めている。

近年の農地・溜池の宅地利用により、豪雨時の遊水場所が無くなり、市内の一部では豪雨時に床上・床下浸水の被害が発生している。

気候

夏は湿度が高く、冬は寒い。盆地特有の気候性格をしている。

隣接する自治体

歴史

市の西北部には5世紀の大型前方後円墳築山古墳(陵墓参考地・伝武烈天皇陵)や領家山古墳が存在し、馬見古墳群の南端を形成している。また日本書紀に見える百済意多郎(おたら)墓は築山古墳の南に位置する岡崎に比定されている。近年、この付近で池田遺跡が発見され多数の埴輪などが出土した。市域の大半は『和名抄』の大和国葛下郡(かつらぎのしものこおり)に属し、郷名については蓼田(たでた)郷に比定する説もあるが、葛下郡賀美郷の可能性が高い。延喜式内社石園座多久虫玉神社(通称竜王宮)が市内に鎮座する。また飛鳥時代に造営された横大路が市内を東西に貫通していることでも知られる。

中世には興福寺一乗院平田荘の荘官であった高田(當麻)氏が武士化して高田城(現在の片塩小学校周辺)を築き万歳(平)城を築いた万歳氏とともに一帯を領有したが、筒井順慶により滅ぼされ城も破却された。江戸時代には諸藩領や天領が錯綜しており、中期以降綿作が盛んになると高田本郷を中心に市場町として発展、近代には紡績工場が設置されたことで繊維産業の中心地となった。

1960年代以降、ユニチカ高田工場が閉鎖され、近年には中国製品との競合もあり、地場産業である繊維産業は衰退を続けている。一方バブル期には大阪方面勤務者が住宅を求めて流入し人口は増大したが、近年は若干減少傾向にある。

年表

古代
中世
  • 1432年(永享3年) - 高田城築城、当麻為秀が初代高田城主となる。
近世
近・現代
  • 1871年(明治4年)5月 - 大和国全域が奈良県となる。
  • 1876年(明治9年)4月 - 奈良県が廃止され、堺県に合併。
  • 1881年(明治14年)2月 - 堺県が廃止され、大阪府に合併。
  • 1887年(明治20年)11月 - 奈良県が分離独立する。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 市制・町村制施行。葛下郡高田村が町制施行。同郡磐園村、浮孔村、陵西村、土庫村・松塚村組合村、広瀬郡瀬南村、高市郡天満村が成立。
  • 1891年(明治24年)3月 - 大阪鉄道が高田~王寺間に鉄道を開通させる。(現:和歌山線高田~王寺間)
  • 1892年(明治25年)5月 - 大阪鉄道が高田~桜井間に鉄道を開通させる。(現:桜井線高田~桜井間)
  • 1896年(明治29年)10月 - 南和鉄道が高田~五条二見間に鉄道を開通させる。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 北葛城郡が成立。北葛城郡役所が置かれる。
  • 1901年(明治34年) - 浮孔村のうち、三倉堂を併合。
  • 1925年(大正14年)3月 - 大阪電気軌道近畿日本鉄道の前身)が、高田~八木間に鉄道を単線で開通させる。(現:近鉄大阪線大和高田~大和八木間)
  • 1927年(昭和2年) 3月 - 土庫村、松塚村を編入。
  • 1927年(昭和2年)7月 - 大阪電気軌道が、恩智~高田間に鉄道を開通させる。(現:近鉄大阪線恩智~大和高田間)
  • 1929年(昭和4年)3月 - 大阪鉄道が、古市~久米寺間に鉄道を開通させる。(現:近鉄南大阪線古市~橿原神宮前間)
  • 1941年(昭和16年)1月 - 浮孔村、磐園村を編入。
  • 1948年(昭和23年)1月1日 - 北葛城郡高田町が市制施行。(人口3万1.334人、面積9.9km²、6.395世帯、県内2番目)
  • 1956年(昭和31年)9月 - 陵西村を編入。
  • 1957年(昭和32年)3月 - 天満村を編入。
  • 1957年(昭和32年)7月 - 広陵町のうち池尻、藤森を編入。

伝説

  • 静御前源義経との別れの後、母・礒野禅尼の里である大和高田市礒野(いその)に身を寄せたと伝えられる。確たる文献証拠はないが、礒野の地には静御前の墓と伝える塚が残る。NHKの大河ドラマ『源義経』放映を期に市では、静御前の里を売り出している。また、付近の磐園(いわその)は「いその」の古名と考えられ、石園、礒野も同じ名に由来していると考えられる。
  • 井原西鶴の『好色五人女』に登場する八百屋お七は江戸の話だが、実際のモデルは享保年間に高田で死罪となったお七である蓋然性が高い。

行政

平成の市町村合併では、積極的には合併を検討しておらず、周辺市町村とは合併しなかった。

市の財政状況は2008年10月の時点で実質赤字比率県内ワースト4、財政力指数は県内12市中9位と、厳しい状態にある[1]。但し、実質公債費比率や、将来負担比率等は周辺自治体に比べ低い[1][2]。これ以降、市の財政健全化政策が実施され、単年度での黒字を計上し、赤字比率は圧縮、改善されている。

また、2006(平成18)年4月からゴミ処理有料化を実施している。

歴代市長

  • 1948年(1月~5月):堀内為吉
  • 1948年~1952年:名倉仙蔵
  • 1952年~1956年:宮内熊太郎
  • 1956年~1968年:名倉仙蔵
  • 1968年~1972年:田中隆賢
  • 1975年~1979年:村島忠一
  • 1979年~1991年:森川保治
  • 1991年~1995年:田中信英
  • 1995年~2003年:松田利治
  • 2003年~:吉田誠克(現職)

市議会

  • 会派構成
    • 市政会 - 12人(代表者:戸谷隆史)
    • 公明党 - 3人 (代表者:堂本正信)
    • 日本共産党 - 3人(代表者:太田 敦)
  • 運営(2007年5月9日現在)
    • 議長 - 朝井啓祐(市政会)
    • 副議長 - 泉尾安廣(市政会)
    • 監査委員 - 平郡正啓(市政会)
    • 議会運営委員会 8人 - 委員長:中谷修一(市政会)
    • 総務財政委員会 6人 - 委員長:西川繁和(市政会)
    • 民生文教委員会 6人 - 委員長:太田 敦(日本共産党
    • 環境建設委員会 6人 - 委員長:上田 浄(公明党
    • 清掃対策特別委員会 6人 - 委員長:萬津力則(市政会)
    • 財政健全化特別委員会 6人 - 委員長:友田順子(公明党

人口

Demography29202.svg
大和高田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 大和高田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大和高田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
大和高田市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 53,475人
1975年 58,637人
1980年 61,711人
1985年 65,223人
1990年 68,237人
1995年 73,806人
2000年 73,668人
2005年 70,800人
2010年 68,458人
総務省統計局 / 国勢調査

大和高田市の人口推移

  • データ出典 奈良県統計課の調査による各年10月1日の人口。
  • 2007年10月1日現在 : 69,689人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -4.4%

人口は1999年をピークに減少傾向にある。

市名について

1948年の市制施行当初から「大和高田市」の名称が用いられているが、これは新潟県高田市(当時、現在は直江津市と合併し上越市)との混同を避けるためであった。この他に高田と名の付く自治体は岩手県陸前高田市広島県安芸高田市大分県豊後高田市などがあり、町村字地名などを含めると高田地名は全国に見られる。なお、「大和高田」の名称自体は、近鉄の「大和高田駅」が「高田駅」から改称された1941年より使用されていた。

ゴミ処理手数料未納問題

市の清掃工場に市内だけでなく、認められていない県外からの産業廃棄物を搬入しながら手数料を支払わない処理業者の存在が明らかになったものである。市と業者との話し合いは長く続いたが、裁判所による和解調停の結果、2004年6月になって月20万円235ヶ月賦、総計4,700万円を返還する和解案が提示された。この和解案に対する市議会での議論では、反対を主張する議員が過半を占めたものの、採決では和解案受諾が決議されている。

行政機関

消防

  • 高田消防署(大中)
    • 高田消防署東出張所(東雲町)
    • 高田消防署南出張所(出)

国・県の機関

市内及び奈良県中南部の主要官公庁はほとんど西町・大中近辺に集中している。

国の機関

県の機関

  • 奈良県高田総合庁舎(大中)
  • 奈良県警察高田警察署(神楽)
  • 高田土木事務所(東中)
  • 中和労働会館(西町)
  • 高田旅券センター(幸町・オークタウン大和高田内)
  • 高田こども家庭相談センター(大中)
  • 高田しごとiセンター(西町)
  • 葛城広域行政事務組合(西町)
  • 京奈和自動車道用地事務所(根成柿)



  1. ^ a b 財政統計研究所
  2. ^ 『県政だより奈良 2008年10月号』2008年


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