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増山城跡

名称: 増山城跡
ふりがな ますやまじょうあと
種別 史跡
種別2:
都道府県 富山県
市区町村 砺波市増山
管理団体 砺波市
指定年月日 2009.07.23(平成21.07.23)
指定基準 史2
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: 増山城跡は、富山県西部に展開する砺波(となみ)平野東縁、標高120m丘陵上に立地する大規模中世山城である。この地は交通要衝位置砺波、射(いみず)、婦負(ねい)の三郡の境にあって、戦国期には守護代神保氏一向一揆勢、越後長尾上杉)氏などが割拠した。天正4年(1576)に上杉謙信により増山城落城し、謙信没する織田信長勢が進出し、天正11年信長配下佐々成政居城となった。その後豊臣秀吉越中侵攻し、天正13年成政が降伏した後、前田利家重臣中川光重が城に入り慶長年間頃まで存続したと考えられる城跡は、和田川東岸南北約1.4東西0.9広大範囲に及ぶ。天保年間絵図で二ノ丸とされている郭の標高が最も高く、東西90m、南北50mの最大規模をもち、北東隅に台(やぐらだい)が設置されていることから、ここが主郭考えられる。これに加えてこの郭を囲むように四方に一ノ丸、安室(あじち)屋敷三ノ丸無常の郭群を配置して中心部を固めている。一方和田川西岸には城下町が展開しており、出土遺物から佐々氏から前田氏時代城下町整備されたことが知られる。
増山城跡は、戦国期から織豊期北陸地方覇権形成において重要な役割を果たし、富山県屈指の規模防御機能発達した縄張有する越中を代表する中世城郭である。
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