【地下鉄サリン事件】(ちかてつさりんじけん)
1995年3月20日に発生した、世界史上でも例を見ない化学兵器テロ事件。2011年現在でも地下鉄での化学兵器テロはもちろん、人口密集地での化学兵器テロはこの事件を除いて起きていない。
実行犯は新興宗教のオウム真理教幹部。
実行犯は自首した1名を除き全員死刑、首謀者の教祖に対しても死刑判決が下っている。
なお、同団体はアレフと改名(一部は離脱)し、現在も存続中である。
地下鉄で大量破壊兵器によるテロが行われる危険性は事件以前にも以後にも指摘されている。
しかし、現実にここまでの暴挙を行ったテロリストはオウム真理教のみである。
事件の経緯
事件発生は1995年3月20日の午前8時ごろ。
営団地下鉄の日比谷線、千代田線、丸ノ内線の列車内に致死性ガス「サリン」が散布された。
通勤時間帯の地下鉄と言う特殊な空間のため、被害は甚大な規模にまで拡大。
陸上自衛隊の化学防護隊が出動し汚染の除去にあたった。
また、自衛隊中央病院および衛生学校から医官21名と看護官19名が派遣されて治療にあたった。
サリンの解毒剤「PAM」も不足し、首都圏だけではなく西日本からも新幹線を使って集められた。
使用されたサリンは化学兵器として質の低いものであった。
もし高純度のサリンが的確に使用されていれば、事件はさらに恐るべきものになっただろう。
事件当時「ガス爆発」など情報が錯綜し、何が起きていたのか判然としなかった。
しかし病院に搬送された患者の容態が松本サリン事件と酷似していたため化学テロであると発覚。
また、この事実によってオウム真理教の犯行であるとの断定に至った。
主な被害(車両別)
地下鉄サリン事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 09:41 UTC 版)
地下鉄サリン事件(ちかてつサリンじけん)は、1995年(平成7年)3月20日に日本の東京都で発生した同時多発テロ事件である。警察庁による正式名称は、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件(ちかてつえきこうないどくぶつしようたすうさつじんじけん)[注 1]。日本国外では「英: Tokyo Sarin Attack」と呼ばれることがある[2]。
- ^ 事件当日はそのまま埼玉県に墓参りに出かけ、食事も普通に摂った。翌日、銭湯で倒れ、心筋梗塞で死亡。丸一日普通に行動できたことから、サリン吸引と死亡の因果関係が証明できないとして、起訴状では殺人未遂罪の被害者とされ、訴因変更後は未遂被害者からも除外されていた。しかし、2008年12月施行のオウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律ではサリン吸引が浴室での事故の原因と判断され[1]、13人目の死者として認定された[1]。2010年3月6日には被害者の会が救済金を支給していると公表した。
注釈
- ^ 警察白書にある表記。
- ^ 行政の死者数認定は13人であるが、司法の死者数認定では12人である。これは事件発生翌日に銭湯で倒れ心筋梗塞で死亡した76歳男性の死について「サリン中毒死とは言えない」として殺人未遂で起訴したためである。後述の訴因変更後には、殺人未遂の被害者からも除外された。その後、2020年3月10日にサリンの後遺症により更に1人が死亡した。
- ^ a b 林郁夫は自首した上で事件の詳しい内容などを自供したことが考慮され、検察側が死刑求刑を見送り、求刑通り第一審・東京地方裁判所での無期懲役が確定した。
- ^ a b 新実は本事件以前にも坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件などに関与しており、公証人役場事務長逮捕監禁致死事件を除く全死亡事件での被害者の死亡への関与が認定された。そのため、無期懲役が求刑された他の送迎役4人とは異なり死刑が求刑され、2010年1月19日に最高裁で上告棄却、求刑通り死刑判決が確定した。
- ^ a b 第一審・東京地方裁判所では「本事件については連絡役に留まる」として死刑求刑に対し無期懲役判決を受けたが、控訴審では「現場指揮者ではないが総合調整役として無差別大量殺人に重要な役割を担った」として一審判決が破棄され死刑判決を受けた。
- ^ 既に同年1月の時点で警視庁・山梨県県警合同で私服刑事300人による上九一色村サティアンの捜索が計画されていたが、相談を受けた佐々淳行が装備が軽装であることを指摘して化学防護や銃撃等に備えた大警備実施を主張し、その準備のため延期となった[9]。
- ^ a b 阪神・淡路大震災の意。1995年3月当時は報道機関によって呼称がまちまちだった。
- ^ ある自衛官信者の愛称。
- ^ 豊田はその後、村井と広瀬健一に計画を告げられた。
- ^ 末尾KはJR東日本の車両(203系または207系)による運行。
- ^ クハ202-107以下10両編成。2011年7月に廃車され、同年9月にフィリピン国鉄へ譲渡。
- ^ 2009年11月6日に最高裁で上告棄却、求刑通り死刑判決が確定した。
- ^ 2003年10月14日に最高裁で上告棄却、求刑通り無期懲役判決が確定した。
- ^ 02-116以下6両編成。2022年12月廃車。
- ^ 車内清掃を実施したとの情報もある。
- ^ 2007年7月20日に最高裁で上告棄却、求刑通り死刑判決が確定した。
- ^ 2004年2月9日に最高裁で上告棄却、求刑通り無期懲役判決が確定した。
- ^ 02-150以下6両編成。2022年10月廃車。
- ^ 末尾Tは東武の車両による運行。
- ^ 当時、日比谷線からの直通運転は東武動物公園駅までであった(現在は日光線南栗橋駅まで延伸)
- ^ 2009年11月6日に最高裁で上告棄却、求刑通り死刑判決が確定した。
- ^ 2018年1月25日に最高裁で上告棄却、求刑通り無期懲役判決が確定した。
- ^ 21811以下8両編成。2017年10月に廃車され、先頭車のみ20400型21421Fへ転用[27]。
- ^ 20400型21421Fへ転用され、現車番は24421[27]。2023年1月現在、現役で運用されている唯一の被害車両
- ^ 当時、虎ノ門ヒルズ駅は未開業。
- ^ 末尾Sは営団の車両による運行。
- ^ 後に野田成人の運転手を務めた元女性信徒と獄中結婚したため、姓名を小池泰男に改めた。2008年2月15日に最高裁で上告棄却、求刑通り死刑判決が確定した。
- ^ 2009年4月20日に最高裁で上告棄却、求刑通り無期懲役判決が確定した。
- ^ 03-110以下8両編成。両端の1、2、7、8号車は5扉車。2017年11月廃車。
- ^ 日比谷線は2010年から当時の相互直通先である東急東横線に合わせて号車順序を逆転させたため、現在の6号車にあたる。
- ^ この乗客がサリンあるいはそのような猛毒物であるかを認識していたのかどうかは不明であるが、認識していたとしても緊急避難により刑事・民事いずれも免責される。また、この乗客自身もサリンの被害を受け、八丁堀駅で下車して救助される際に不審物の形状を詳細に伝え、それを途中の駅で蹴り出したことを現場で伝えたことにより、不審物の捜索が一斉に伝えられた。実際には神経ガスを吸引して判断能力が減退しており、その一事を持っても免責される。
- ^ 途中駅で負傷者が下車したため多数の駅で救護活動が行われたり、サリンが列車外に出されてホーム上でも被害を及ぼしたことで、被害が発生した列車の特定が困難となり誤報につながった可能性が高い。また、車内や駅構内に残された忘れ物やゴミが不審物として通報されたこともあり、混乱に拍車がかかったものと思われる。
- ^ 戦時中の医療経験や、東京大空襲の際に多くの被災者を病院に収容できず、野外で満足な治療を受けることなく死亡したことを反省、教訓としている。
- ^ 具体的には施設内の壁面に酸素供給口があり、廊下やホールなどで救急救命活動が可能であった。
- ^ このときの顛末はNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』でも取り上げられた。
- ^ その後、警察から検証を理由として、被害者の救急診療に携わった病院スタッフの白衣などが押収されたが、返却可能な物品は検証後に返却されている。
- ^ この際、drug dex,poison dexというアメリカの医薬品情報からも米軍事演習の事故でのサリン中毒患者への具体的な治療法を入手し、下記のファックスと共に治療の参考とした
- ^ 本部管理中隊施設作業小隊を中心に要員を選抜。施設作業小隊は施設科に関する任務の他に部隊が生物兵器等に汚染された場合に備えて除染装置等が配備されており、部隊及び個人の除染に関する各種訓練を受けていたため。また各普通科中隊も化学防護衣等の運用に関して最小限の訓練を行っていた事も普通科部隊の派遣に繋がっている。
- ^ 第101化学防護隊はサリンなどの神経ガスをはじめとした化学兵器についての知識や経験が豊富であり、核兵器・生物兵器・化学兵器(いわゆるNBC兵器)の防護技術に精通した日本最高のスペシャリストである。この事件がきっかけでその重要性が示されることとなった
- ^ 派遣した隊員は、出動から約8時間以上もの間防護服を着用していたため、トイレで排泄することができず、後に支給された戦闘用防護衣には排尿器(専用紙オムツ)が支給されることとなった
- ^ 本来は部外秘文書。
- ^ 聖路加病院には当医官の研修の跡が残る資料がそのまま提供されている。
- ^ 当該の医官は毒ガス専門ではなかったが、幹部研修では神経ガスに被爆した者の症状や対処法などの講義、大量傷者訓練が含まれていた他、研修内で行われた戦場における医療についての英文資料を分担して和訳する時間には神経剤・毒ガスの箇所を担当しており、高い専門的な知識を持ち合わせている状況であった。なお、当医官に派遣先の指示を出した上官は大量傷者訓練について知っており、それを理由にして最も患者が多かった聖路加病院への派遣を指示している。
- ^ 第1空挺団を含む在京の全ての部隊に第3種非常呼集が発令。
- ^ 2020年3月10日に死去した被害者女性は、視力と体の自由を失い、言語症も患っていたため、寝たきりの生活を余儀なくされた。なお、この女性は2004年2月25日の朝日新聞の記事(参照)に掲載された当時は匿名だったが、2005年以降は実名が公表されている(参照)。
- ^ 日本では「事件」として扱われることが多かったが、欧米では「化学テロ」として大々的に扱われ、その対応策なども含め大きく注目された。現在でも諸外国の軍隊マニュアルで、化学テロの事例として紹介されている。
- ^ 犯罪被害の賠償は原則として加害者が行うのが慣例であるが、現在のAlephには賠償能力が無いため、犯罪被害への公的補償の必要性が論じられている[要出典]。
- ^ 松本智津夫被告一審判決では、「ところで、関係証拠に照らすと、井上は、(略)自己の刑責を軽減させるために既に死亡している村井や逃亡中であった林泰男に一部責任を転嫁し、自己の役割をわい小化する不自然不合理な供述をしている。しかしながら、自己の刑責を軽減させるために死亡した者や逃亡中の者に一部責任を転嫁する供述がみられることから直ちに、長い間グルとして信仰してきた被告人の面前で供述した、地下鉄サリン事件に被告人が関与している旨の井上証言の信用性が左右されるものではなく、その信用性が高いことはこれまで説示してきた理由から明らかというべきである。(略)リムジン車内において、被告人と村井、井上及び遠藤の間で、地下鉄電車内にサリンを散布する無差別大量殺りくについて共謀が成立していたことは明らかである。この点に関する弁護人の主張は採用することができない。」とされている。
出典
- ^ a b c d “地下鉄サリン死傷者6300人に 救済法の認定作業で調査”. 47NEWS/共同通信. (2010年3月11日). オリジナルの2013年5月16日時点におけるアーカイブ。 2012年6月18日閲覧。
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- ^ 滝本太郎ブログ「ああ言えば上祐、こう書けば森達也さん | 『生きている不思議 死んでいく不思議』-某弁護士日記」
- ^ オウム真理教の事件について森達也氏が語る「麻原裁判は、やり直されるべき」 ハフィントンポスト 2018年3月25日閲覧。
- ^ 滝本太郎ブログ「地下鉄サリン事件―遠藤証言 | 『生きている不思議 死んでいく不思議』-某弁護士日記」 2018/6/30閲覧
- ^ HTML document for the World Wide Web http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/shuki/3-12.htm 元信者の手記 111~120 カナリヤの会
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- ^ “オウムVS警察…史上最大の作戦! 完全再現-地下鉄サリン事件- - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇”. テレビドラマデータベース. 2021年9月9日閲覧。
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- ^ “3.20地下鉄サリン事件 15年目の真相~あの日、霞ヶ関で何があったのか~ - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇”. テレビドラマデータベース. 2021年9月9日閲覧。
地下鉄サリン事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 19:40 UTC 版)
「日本の鉄道に関する事件」の記事における「地下鉄サリン事件」の解説
1995年(平成7年)3月20日 東京都の営団地下鉄で、オウム真理教が起こした化学兵器を使用した無差別テロ事件。 詳細は「地下鉄サリン事件」を参照
※この「地下鉄サリン事件」の解説は、「日本の鉄道に関する事件」の解説の一部です。
「地下鉄サリン事件」を含む「日本の鉄道に関する事件」の記事については、「日本の鉄道に関する事件」の概要を参照ください。
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