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在日韓国・朝鮮人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 11:37 UTC 版)

(在日コリアン から転送)

在日韓国・朝鮮人(ざいにちかんこく・ちょうせんじん)は、日本に在留する韓国朝鮮籍外国人のこと。場合によってそのうちの特別永住者を指すなど範囲が変わることがあり[1][2][3]、しばしば「在日」と短縮して用いられる。また、日本国籍を取得している朝鮮・韓国系の日本人も在日のコミュニティーの中にあって朝鮮・韓国人のアイデンティティを保っている人々も多い。戦後までに来日して居住を始めた在日1世からその子供の2世と代を重ねて日本国内に居住し、現在は6世まで誕生している。

在日韓国・朝鮮人
재일 한국・조선인
韓国の旗朝鮮民主主義人民共和国の旗日本の旗
総人口

565,989人(2010年12月末)[4]
(うち特別永住者395,234人)[4]
(参考:韓国・朝鮮系日本人296,168人(2009年3月末))[5]

居住地域
東京大阪神奈川愛知兵庫京都など
言語
朝鮮語日本語在日朝鮮語
宗教
仏教キリスト教
韓国併合(日韓併合) (1910年8月), 土地調査事業 (1910年~1918年), 「朝鮮人ノ旅行取締リニ関スル件」(朝鮮総督府、朝鮮から日本への渡航を制限, 1919年4月~1922年), 関東大震災 (1923年), 釜山での日本渡航制限措置 (朝鮮総督府, 1925年10月), 東亜通航組合結成、済州島~大阪間の朝鮮人による自主運航開始 (1930年4月~1935年), 朴春琴、衆議院議員当選 (1932年2月), 「朝鮮人移住対策ノ件」日本への渡航抑制、日本在留朝鮮人の同化など方針策定 (日本政府, 1934年10月), 「朝鮮人労働者内地移住ニ関スル件」 (朝鮮における雇用制限の撤廃, 1939年9月), 「朝鮮人労務者活用ニ関スル方策」 (官斡旋, 1942年3月), 朝鮮半島からの徴用開始 (1944年9月), 第二次世界大戦終了と送還事業開始 (1945年), 済州島四・三事件 (1948年), 朝鮮戦争 (1950年), サンフランシスコ講和条約 (1952年), 北朝鮮への帰国運動 (1959年12月~1984年), 日韓基本条約 (1965年), 北朝鮮による日本人拉致 (1977年~1983年), 韓国の留学自由化 (1980年代初頭), 難民条約発効 (日本)、国民年金法の国籍条項撤廃、特例永住制度実施 (1982年), ソウル五輪 (1988年), アジア通貨危機 (1997年), 日朝首脳会談 (2002年), 韓国人短期滞在者の査証免除 (2005年)
1958年末における在日朝鮮人の来歴

目次

概要

本籍地別構成(2010年末)[6]
(本籍地と国籍は別)
本籍 人数  %
01/ソウル市 63,797 11.3
02/釜山市 26,571 4.7
03/光州市 2,499 0.4
04/大田広域市 2,466 0.4
05/京畿道 34,427 6.1
06/忠清南道 10,660 1.9
07/忠清北道 8,841 1.6
08/全羅南道 36,447 6.4
09/全羅北道 9,993 1.8
10/慶尚南道 152,984 27.0
11/慶尚北道 112,908 20.0
12/江原道 4,615 0.8
13/済州特別自治道 88,510 15.6
14/北朝鮮地域 2,589 0.5
15/その他 7,385 1.3
16/不詳 1,291 0.2
総数 565,989 100

在日韓国・朝鮮人は、日本に在留する韓国朝鮮籍(日本と国交の無い朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)籍ではないことに注意)外国人のことであり、日本国独立行政法人統計センター発表の統計によれば2010年12月末現在、日本に定住(連続90日以上滞在)し韓国・朝鮮籍外国人として外国人登録している者は565,989人、そのうちしばしば「在日」と略称される韓国・朝鮮籍特別永住者は395,234人となっている[4]。また、韓国に本籍地があっても朝鮮籍のままの者もいるため、北朝鮮地域を本籍地にしている者は2010年末時点で2,589人に過ぎないが、朝鮮籍保持者は3-4万人程度いるとみられている[7]

長年に渡り日本定住外国人の最大勢力であったが、帰化死去による特別永住者の減少が続き、2007年度、急増する在日中国人を下回った[8]

併合時代に朝鮮から内地に渡航し、そのまま日本に定住した者、およびその子孫と、戦後、朝鮮戦争などの戦火から逃れるために、荒廃した朝鮮半島より日本に密航し20万から40万と推定される密航者[9][10][11]およびその子孫の多くはその後特別永住資格を付与され、旧日本国籍保持者としての背景から日本の外国人の中で特殊な地位を占めている。

「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府がおこなった強制連行の結果」とする主張があるが、1959年に日本政府が発表し、2010年にも再確認された資料によれば、当時の在日朝鮮人総数61万人のうち徴用労務者は245人で、日本に居住している者は「犯罪者を除き、自由意思によって残留したものである」としている[12][13]。また、2005年の日韓基本条約関係文書公開に伴う韓国政府に対する補償申請者は、2006年3月の時点で総受理数21万件のうち在日韓国人からは39人に留まっている[14](詳細は#徴用・強制連行と渡航#戦後の在日韓国・朝鮮人各節参照)。

呼称

韓国併合後、韓国、北朝鮮建国前後までは在日朝鮮人と呼ばれ、サンフランシスコ条約発効後は外国人登録の国籍欄に朝鮮と記入されていたが、その後日韓基本条約の締結に伴い韓国籍に切り替えたものが現れ、1970年代後半から1980年代にかけて「在日韓国・朝鮮人」がより広く普及・浸透するようになった[15]。国籍によって在日朝鮮人または在日韓国人と区別されることもあり、また、韓国・北朝鮮それぞれの正統国家としての立場と深く関係して、在日韓国・朝鮮人全体を在日朝鮮人または在日韓国人と呼称することもある。韓国は1970年代から「朝鮮」の排除を進め、これを支持する在日本大韓民国民団(通称:韓国民団ないし民団)は「在日韓国人」(재일 한국인)であるべきだと主張し、これに対して北朝鮮とこれを支持する在日朝鮮人組織・在日本朝鮮人総聯合会(通称:朝鮮総連ないし総連)では、引きつづき日本人は「在日朝鮮人」(재일 조선인)と呼ぶべきだと主張している。民団も総連も共に、日本に在住する朝鮮民族は全て自分達の団体および自分達が支持する国家に属するべきであり、呼称に関しても自分達が使用しているものを使用すべきであると主張しつづけている。一方、日本国としては韓国籍、朝鮮籍どちらであっても、すべて韓国籍と判断し韓国人として扱うということとなっている[16]。これとは別に、国籍ではなく民族としてのアイデンティティから在日朝鮮人と呼ぶ場合もある。民族名(朝鮮民族)については、韓国では「韓民族」などと呼ばれる。

これら呼称に関する南北の争いを避け、国籍を問わない呼称として在日韓国・朝鮮人の他に在日コリアンという呼称がしばしば使われる。また、池東旭などによって、在日韓国・朝鮮人としてのアイデンティティを獲得しようとの呼掛け・主張の中で、日本に住む朝鮮半島由来の住民(日本国籍を持たない者も含む)の民族としての総称として、「コリアンジャパニーズ」などが提唱されて、在日韓国人である金城一紀新井英一などが自称として用いている。「在日」とだけ表現する場合は在日外国人一般ではなく、在日韓国・朝鮮人(それもニューカマーを含まない特別永住者)を指すことが大半である。

韓国北朝鮮においては、帰化者も含めて在日僑胞(チェイルキョッポ、재일 교포)または在日同胞(チェイルドンポ、재일 동포)と呼ばれるが、複雑な理由が重なって特に韓国では在日韓国・朝鮮人に対して強い偏見を持っている者も多数おり、「半チョッパリ」(パンチョッパリ、ko:반쪽바리)と蔑称されることもある[17]。韓国政府は1999年に「在外同胞法」を制定し兵役の義務を果たしていない韓国籍特別永住者などの在外永住者や韓国系アメリカ人などの外国籍の元韓国人にも「在外同胞」(재외동포、F-4査証)の法的地位を与え韓国人と同程度の内国人待遇を認めるようになった[18](ただし、朝鮮籍在日韓国・朝鮮人は対象外。また中国政府の反対もあり、中国朝鮮族、旧ソ連の高麗人も在外同胞法の対象となっていない[19][20]。母国滞在中の在日韓国人永住者の投票権は韓国における外国人投票権(2005年から)に遅れ2010年から認められるようになった[21])。韓国外交通商部2009年在外同胞現況によると在日僑胞は91万2655人となっている[3]。国籍上は日本人である場合や片親が日本人のハーフ(あるいはクォーター等)の日本国籍保持者であっても、一部の民族的なアイデンティティから在日韓国・朝鮮人を呼称することがある。

在日韓国・朝鮮人の性格には、来日・定住を始めた時期、出身地、定住する地域、本国での国籍によって大きな違いがあるといわれている。韓国により留学が自由化された1980年代以降に来日した韓国人を「ニューカマー[22][23][24]、それ以前から在留している在日韓国・朝鮮人やその子孫を「オールドカマー」と呼び、区別することもある。韓国では在日が国籍が韓国のままであっても中身が日本人なうえ、徴兵制の義務がないという理由で同じ韓国人として見る者は少ない。在日韓国・朝鮮人も自らの事を韓国人ではなく”在日人”として見ている者がほとんどである。

韓国・朝鮮系日本人

民団統計によると、日本国籍を取得した韓国・朝鮮人の2009年3月末までの累計は296,168人となっている[5]

上述のように、在日韓国・朝鮮人は、日本政府の統計などでは、「日本に定住(連続90日以上滞在)し韓国朝鮮籍外国人として外国人登録している人々の総称」をさす。これに対して、帰化して日本国籍を取得した者は「韓国・朝鮮系日本人(コリアン・ジャパニーズ)」と呼ばれるのが自然だが、現実にはそのような用例は少ない。コリアン・ジャパニーズは1977年、坂中英徳によって在日の帰化を奨励する流れの中で用いられた[15]。当初は「単一民族国家日本への同化を促すもの」として在日知識人から異論が唱えられたが、上記のように2000年ごろから「コリアン・ジャパニーズ」と自称したり、これらの自称を用いて日本へ帰化し日本の多民族国家化を奨励する池東旭河炳旭鄭大均などの(元)在日韓国・朝鮮人も出現している[15][25]。2003年には、高槻むくげの会李敬宰を会長とした「在日コリアンの日本国籍取得権確立協議会[5]」が発足、2005年には坂中を顧問に迎え特別永住者の帰化を押し進めている[15]総務省も2005年「多文化共生社会の推進に関する研究会」を発足、「多文化共生の推進に関する意見交換会」を設置しこの流れを推進している[26]

これら、「韓国・朝鮮系日本人」は在日韓国・朝鮮人とは区別されるのみならず、単に「日本人」であるとみなされる場合がほとんどであった。これは、日本に帰化した者にも朝鮮系という出自を言明する者が少なく、帰化した韓国・朝鮮人も日本人と自認する場合がほとんどだったこと。また、そう自認する者しか帰化しない時期が長くつづいたことがある。また、日本在住が数世代を経ていっそう日本人からは区別がつかなくなっていること、帰化がかつて手続き的な国籍取得ではなく民族的同化を求めるものであったこと、日本国籍を取得しながら韓国・朝鮮人を自認し表明する者がほとんど見られなかったことなどが関係している。しかし、1980年代末以降、日本国籍を取得しながら民族的出自を明らかにする者も増えつつあり[27]韓昌祐(はん・ちゃんう)のように民族名の朝鮮語読みを日本語転記した名前で帰化した例もある[28]。また、韓国・朝鮮系日本人を同胞視する在日韓国・朝鮮人も増えている[29]










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