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国鉄185系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/03 12:16 UTC 版)
(185系電車 から転送)
国鉄185系電車(こくてつ185けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流特急形電車。1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)にかけて227両が製造された。1987年(昭和62年)の分割民営化時には、全車両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された。
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- ^ 出典:交通新聞社「鉄道ダイヤ情報」2008年2月号。ただし、計画当初から形式称号の十位に『8』が付されていること、登場時の国鉄旅客局長であった須田寛(後のJR東海社長・会長)によれば「(当時の)名鉄特急車(7000系など)の運用を参考に、運用効率・汎用性の高い車両として登場させた」旨の発言があることから、当初より『特急・普通汎用車』として計画されていた、とする説もある[要出典]。
- ^ ほか「157系の孫」とも。
- ^ ただし、サロ185-208だけは中央寄り5列分(4列 - 8列)の客室窓が固定化されており開閉できない。皇室輸送(お召し列車ではない臨時の特別列車扱い)で両毛線を走った際に貴賓室となったことがある。
- ^ 165系のKE64形は153系のKE57A形の後継機種で互換性がある。
- ^ 運用される伊豆の山々をイメージしたものとされる。また、「踊り子」という運用列車の愛称と同様に、川端康成の小説『伊豆の踊子』の冒頭部分を意識していたともされている。
- ^ 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』通巻838号(2010年9月号)p53。
- ^ 横軽対策施工車である●(Gマーク)が車両番号の左側に表記されていたが、当該区間の廃止後に全般検査を受けた車両から順次外され(塗りつぶされ)た。
- ^ 0番台がストライプを避けて中央より左側にずらしているのに対し、モハ184形を除く200番台では中央に表記される。また余談だが、0番台の車両番号表記位置は現行塗色に変更後も変わっていない。
- ^ モハ185形は車両番号表記が完全にストライプにかかっていた。
- ^ 田町転属の際にサロ185形の連結位置が編成中央への変更を実施。
- ^ 「なすの」は1990年に田町配置の200番台に運用移管。
- ^ 当時の新前橋電車区の受持である「シュプール号」はグリーン車を抜いた6両編成で、サロ185-208はこの塗装に変更されたが、サロ185-201だけは従来色のままであった。
- ^ グリーン車は普通車扱いとされた。
- ^ これとは別に1991年夏には高崎 - 中軽井沢間の臨時普通列車「軽井沢リレー号」の一部にもグリーン車を普通車扱いとして投入された。
- ^ “185系A8編成が出場”. railf.jp. 2011年7月17日閲覧。
- ^ “【JR東】185系A8編成 登場時の塗装で出場”. 鉄道ホビダス. 2011年7月17日閲覧。
- ^ 1993年頃には一部のトイレ内に乳幼児用の椅子が設置された。
- ^ これにより定員が4名減。
- ^ 田町所属車・新前橋所属車の双方とも、一時期は旧塗装車と新塗装車の連結もみられた。
- ^ 「谷川」の列車愛称が「水上」へ変更された1997年(平成9年)にも字幕が再度変更された。
- 1 国鉄185系電車とは
- 2 国鉄185系電車の概要
- 3 リニューアル工事
- 4 使用列車
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