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国鉄183系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/30 13:32 UTC 版)

国鉄183系電車(こくてつ183けいでんしゃ)は、1972年日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流特急形電車である。

第16回(1973年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞。

本稿では、東日本旅客鉄道(JR東日本)の所有する183系および当系列をベースに信越本線の協調運転用に設計された国鉄189系電車(こくてつ189けいでんしゃ)を中心に記述し、西日本旅客鉄道(JR西日本)の所有する485系改造の183系についても述べる。




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  1. ^ 早期落成車は、津田沼電車区に配置され訓練運転などに使用され、開業直前に幕張に転属という形をとった。
  2. ^ 1973年11月に内房線でクハ183-17が踏切事故により大破し、翌1974年2月に廃車となった。その代替車としてクハ183-39が製造された。
  3. ^ 。「鉄道ファン」1994年3月号より
  4. ^ 『鉄道ピクトリアル』 電気車研究会、1975年2月。『鉄道ピクトリアル』 電気車研究会、1992年10月。
  5. ^ なお実際に営業運転で活用されたのは1985年から1995年頃までで、多客期に6両編成に3両を増結して9両編成で運用されたケースのみであり、クハ183形同士が向い合わせに貫通扉を介して連結されて営業運転に投入されたことはない。
  6. ^ 485系グリーン車では和式と洋式各1か所が設置されていた。
  7. ^ 同時期に製造された485系や14系客車などでは配置区所によっては処理設備が整備されていない場合もあり、処理装置を装備して落成した車両も暫定的に旧来通りの開放式として使用したものが存在した。
  8. ^ 特に海水浴シーズンは房総地区への需要が高く、夏ダイヤと呼ばれる特別ダイヤが組まれていた。
  9. ^ 主に、9両編成→後にグリーン車を外して8両編成に減車した編成が改造対象で、6両編成車のクハ183形は幕式のままとなっていた。旧来は前面愛称幕は手動・側面方向幕は電動となっていたが、LED化改造の際に前面愛称表示用の動作指令機を別に搭載した。
  10. ^ 貫通型から非貫通型への変更はクハ481形・489形が先行したが、クハ481形・489形は運転台拡張を連結面間延長で、クハ183形は客室長の短縮で対応した。
  11. ^ 運転台下の電動発電機用空気取り入れ口のスリット部分に,必要以上に塗り分け線が掛からない様にしたため。
  12. ^ 同様のシステムは、485・489系でも採用され後年サロ481・489形1000・1050番台が登場。
  13. ^ 計画当初はサロ182形の仮称がつけられていた。
  14. ^ 後に塗色変更や一部の車両はグレードアップ改造により客室窓の拡大が図られたため、上記のアンバランス感はあまり目立たなくなった。
  15. ^ JR化直前の1987年3月1日付で北長野運転所に改称。1991年7月1日付で長野工場と統合し長野総合車両所に改称。さらに2004年6月1日の組織変更で長野総合車両センターに名称変更。
  16. ^ 後年、短編成化のため余剰になったサロ189形0番台は全10両中7両(2 - 8)がジョイフルトレインの改造種車に転用された。
  17. ^ 後にリニューアル改造で座席は交換。
  18. ^ 鉄板で塞いでいるが、「妙高」用に転用されたクハ189-501のみ廃車時まで使用されていなかったものの撤去されずに残っていたほか、幕張のC4編成のグリーン車サロ189-109も鉄板で塞がれることなく廃車時まで残存していた。
  19. ^ チャイムはグリーン車の乗務員室にのみ搭載されているため、末期の臨時「あずさ」ではグリーン車から車内放送をしないのでほとんど使用されることはなく、「中央ライナー」や「ムーンライト信州」では放送時にチャイムを使用しないため流れない。
  20. ^ 2002年のFIFAワールドッカップ開催時は新潟まで延長運転された。
  21. ^ 2001年に登場しているが、これ以前にも「あさま」・「あずさ」の成田空港までの延長運転際に「ウイングあさま(あずさ)」として運転された実績がある。
  22. ^ かつて長野地区に在籍していた車両にはアスベストを既に除去している車両も存在している。これは平成時代の初期に長野でアスベストが原因の労災が発生し、この対策としてリニューアル時に除去作業を並行したためである。
  23. ^ 変則かつ緊急投入された運用形態の例として、2007年2月2日に本来は新潟車両センター所属の485系が充当される下り「ムーンライトえちご」にOM102編成を緊急投入したことがある。これは新潟所属の485系T18編成が回送中に車両故障が発生し、首都圏側停泊中に予備車がないことから波動輸送用で確保されていた同センター所属車が急遽代 投入された。また、甲子園臨に長野所属車が投入された関係で「妙高」に大宮車が投入されたケースもある。
  24. ^ JR東日本プレスリリースより。[1]
  25. ^ 189系「彩野」が長野総合車両センターへ”. 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース (2011年6月28日). 2011年6月29日閲覧。
  26. ^ H101編成に組み込まれているクハ183-1023は、1975年の「あまぎ」・「白根」157系置き換え時に田町区へ新製配置され、その後長野→松本を経て2003年3月に田町に再配置された。国鉄時代の田町配置を経験した183系の中で唯一出戻った車両である。また、同車は松本時代にグレードアップ改造も施工されている。
  27. ^ 改造により客室減灯装置を搭載したため、以前より天理臨等の夜行列車運用に優先的に使用されていた。ただし、「えちご」運用時には減光は行っていない。マリ31・32編成が投入できない場合は、他センター所属の6両編成が投入される。
  28. ^ 『電気車の科学』 電気車研究会、1975年1月。 『電気車の科学』 電気車研究会、1975年7月。 『鉄道ピクトリアル』 電気車研究会、1975年2月。 『鉄道ピクトリアル』 電気車研究会、1975年7月。 『鉄道ピクトリアル』 電気車研究会、1992年10月。
  29. ^ 粘着運転転換後に輸送力増強策の案として協調運転方式・緩衝車方式(EF63形3両と電車12両との間に大容量の緩衝装置を装備した車両を挟んで昇降する)とともに比較検討されたが、同様の理由により協調運転方式が採用された経緯がある。
  30. ^ 1980年に発生した中山トンネル異常出水事故によるため。
  31. ^ ドアステップもそのまま存置されており、走行する路線・駅によっては出口がホームより低くなることがある。
  32. ^ クモハ485形200番台がベースのため貫通形・切妻形・低運転台先頭車で全長も他の先頭車より長い。
  33. ^ 増結ユニットとして485系を組み込む場合があった。
  34. ^ 鉄道ファン2009年10月17日付け
  35. ^ 鉄道ファン2009年12月15日付け
  36. ^ 特急「きのさき」「北近畿」などへの新型特急形電車の投入について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年10月2日
  37. ^ 381系が“こうのとり”運用を終える - 鉄道ファンrailf.jp 2011年6月1日
  38. ^ 「国鉄色」に人気 現役続けるJR旧型車両 - 神戸新聞 2010年11月30日
  39. ^ KTR線内特急列車の愛称名決定






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