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国鉄115系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/30 15:01 UTC 版)

国鉄115系電車(こくてつ115けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が寒冷地区・急勾配路線での運用を目的に設計し、1963年昭和38年)から製造を開始した直流近郊形電車




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  1. ^ 手動段でのノッチ=制御段を下げることができる。具体的には力行ノッチの3-5ノッチと抑速ノッチにこの機構がある。CS12形以前の電動カム軸制御器にはこれがない。
  2. ^ 鉄道ピクトリアル2009年7月号
  3. ^ 宇都宮運転所へは1966年7月までの配置であり、以後は小山電車区への配置と変更になっている。また同時に宇都宮配置車は全車小山電車区へ転属となった。
  4. ^ 国鉄では800番台の番号区分を主に低屋根構造車に割当て、中央東線・身延線篠ノ井線などのトンネル狭小区間で使用した。他の事例では、クモハ14形・クモハ40形・クモハ43形・クモハユニ44形・クモハ51形・クモハ60形・72系80系101系・165系などに存在した。
  5. ^ このため、基本番台のモハ114形+モハ115形のMM'ユニットは途中から同一車番どうしの組成ではなくなっている。
  6. ^ 831のみ。
  7. ^ 実際に身延線で本格的に運用されるようになるのは、1984年のモハ62形(2代)・クハ66形置き換え後である。
  8. ^ 後に0・800番台の冷房改造車も施工時に統一された。
  9. ^ 当時は国鉄電車の便洗面所数の削減方針が具体化され、近郊形電車では編成中の片方の制御車とグリーン車にのみ設置することとなった。
  10. ^ 国鉄での帯塗装の粘着テープ化は身延線仕様が初採用。
  11. ^ ただし、身延線時代は業務室扱いとして閉鎖されていた。
  12. ^ この後改造で登場するクハ115-550・600・650番台広島地区用も同様
  13. ^ a b c 『鉄道ファン』 交友社、1982年11月。
  14. ^ ただし、予備のため両パンタ間は母線で接続されていない。
  15. ^ 後に2000番台電動車に置換。
  16. ^ この改造により捻出されたクハ115形11両が新潟地区へ転出した
  17. ^ クモハ115-1530 - 1535とユニットを組成。
  18. ^ クモハ115 - 1503・1505・1508・1515 - 1518・1551
  19. ^115系6500番台、山陽本線で営業運転を開始」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2008年12月12日
  20. ^ 「鉄道ファン」2010年7月号 JR車両のデータバンク
  21. ^ 『鉄道ピクトリアル増刊号』 電気車研究会、1992年。
  22. ^ 宇田賢吉「鉄路100万キロ走行記」グランプリ出版。2004年9月。
  23. ^ 電気ブレーキを使用して停止後に力行した場合、CS43Aでは電気ブレーキ段から前進(後進)力行段までカムを6段戻すため起動開始まで時間を要し、ブレーキオフ後、すぐに力行可能状態になるCS15と比べると、タイムラグが大きいためと思われる。また、条件が整えばCS43Aでは並列段から力行可能になるが、CS15では、常に直列段から起動を開始するため、高速域でも加速力に差が発生する(ただし、速度検知を行っていない場合はCS43Aでも直列段から起動するため、差はほとんど発生しない)。
  24. ^ 途中からクーラーキセがステンレス製となったAU75G形に変更
  25. ^ 当時の関係者の話では1両あたりの改造費用は約700万円とのこと。
  26. ^ 『鉄道ピクトリアル』1986年2月号(通巻459号)p23
  27. ^ 定期運用を終了した直後の2004年11月 - 12月には水害で故障した幕張車両センター113系6両編成の修理期間中に、300番台7両編成(ロングシート改造車)1本を貸出し、サハを抜いた6両編成で湘南色のまま千葉地区で運用されたが、113系との連結ができないため、6両単独運用のある総武本線成田線限定運用で故障編成の復帰まで限定運用であった。
  28. ^ 同時に新製配置されたサハ115-1027は1992年にクハ115-1512へ改造され、2010年現在は長野総合車両センターC8編成に組み込まれている。
  29. ^ ただし晩年は下りの夜行列車のみ。
  30. ^ 以前には、稀にダイヤの大幅な乱れにより運用変更が発生し松本まで運用されるケースもあったほか、一方で2007年秋に定期運用のなくなった長野支社管内の多客臨時列車「快速スイッチバック街道」で長野 - 聖高原、2008年9月に「115系大糸リレー」で松本 - 南小谷に、「惜別スイッチバック街道羽尾号」で長野 - 聖高原を長野総合車両センターのクモユニ143-1・3と連結した5両編成で投入された。
  31. ^ クモハ115-1020+モハ114-1027+クハ115-1019で、後に松本転属を経て現在はしなの鉄道S11編成として車籍を有する。
  32. ^ 『JR電車編成表88夏号』 ジェイ・アール・アール(1988年)p45
  33. ^ 臨時快速「安曇野」へも投入されるが、この場合は辰野支線からの運用で松本に到着した編成がホームで待機し、時間になって客扱いを行う。臨時快速「はくば」は、この車両が折り返す形で充当され、増結の場合は松本で他の編成を連結する。
  34. ^ 非乗入れ車でもN21・24編成は搭載している。
  35. ^ C5編成のクハ115-443・496・モハ115-417+モハ114-443は300番台最終製造ロッドである。
  36. ^ 側面方向幕に「むさしの」のコマがないために表示は「快速」のみとなる。
  37. ^ 過去にN編成3+3で運用されたケースもある。
  38. ^ 松本に転入した元豊田所属の電動車ユニットと元小山所属のクハで廃車を免れた車両。
  39. ^ リリース文では「ぶどう色の電車」として書かれていたが、「ワインレッド(赤2号)=ぶどうをイメージした色=ぶどう色」という意味で書かれたものを工場側で「ぶどう色=ぶどう色2号」と誤解したことによる。
  40. ^ 同様の塗装ミスに1975年三鷹区へ最初に納入された300番台8両(クモハ115-301・302・モハ114-329・330・クハ115-348・350・サハ115-306・307)の事例がある。この8両は本来横須賀色で製造されるべきところを湘南色で落成させてしまい、製造元の日本車輌製造に一旦返却回送され再塗装の上で納入が行われた。なお、この8両のうちサハ115形を除いた6両は1986年の岡山転属後に、サハ115-306・307は小山転属後に再度湘南色に塗装されている。
  41. ^ 後に高速化対応改造がされ5300・5800番台に区分されていた時期もある。
  42. ^ 岡山電車区115系A03編成が黄色に - 交友社鉄道ファン』 railf.jp 鉄道ニュース、2010年6月5日
  43. ^ 115系D31編成が黄色に - 交友社鉄道ファン』 railf.jp 鉄道ニュース、2010年3月30日
  44. ^ 交友社『鉄道ファン』2012年1月号 176頁
  45. ^ 「115系G-02編成が黄色塗装に」 - 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2010年6月12日
  46. ^ 「115系セキN05編成が黄色となって出場」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2010年1月21日
  47. ^ 12月14日(日)、「伊豆急200系さよなら運転」を実施! (PDF)(伊豆急行公式サイト)


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