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国道143号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/21 11:16 UTC 版)
| 一般国道 | |
|---|---|
| 国道143号 | |
| 総距離 | 51.0 km |
| 制定年 | 1965年 |
| 起点 | 長野県松本市 |
| 主な 経由都市 |
安曇野市 |
| 終点 | 上田市 |
| 接続する 主な道路 (記法) |
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国道143号(こくどう143ごう)は、長野県松本市から上田市に至る一般国道。
1890年に長野県道として全通した歴史の古い道路である。明治時代の建設当初馬車交通を想定したため、急峻な山岳地帯を通過する道路の割には緩勾配に設計されているのが特徴である。
かつては上田-松本間の最短ルートであったが、1976年の国道254号三才山有料道路の開業に伴い、通行量が激減した。
上田市から青木村までの約10kmは、盆地の緩い斜面をほぼ一直線のルートで結んでいるのが特徴的で、建設当時は幅員もゆとりがあることから「無駄」と批判が出たほど高規格であった。しかし現在となっては、路肩のほとんど無い、センターライン付の道路としては最低限の幅員で、自動車交通に対するゆとりは乏しい。
青木村・松本市旧四賀村間では二つの峠越えがあり、この区間ではほとんどが1車線から1.5車線の狭隘路で、大型車は通過できない。また途中には斜面崩壊しやすい脆弱な区間もあり、峠越え区間の根本的整備が見込まれないことから、幹線交通路の役割を終えた道路と言える。
目次 |
歴史
交通の不便だった中信と東信の間を車道で連絡する目的で、長野県道「第二線路」として1887年に建設決定された[1]。
1888年着工、1890年の山岳区間のトンネル開通、および上田町(当時)での千曲川の上田橋架橋完成等に伴って全通した。このような経緯から、沿線住民には現在でも「二線路」の通称で呼ぶ者がある。
1953年5月18日、二級国道143号松本上田線として国道に指定され、1965年4月1日に一般国道となった。
概要
通過市町村
主な接続路線
- 国道19号・国道158号(松本市・渚一丁目交差点)
- 長野県道63号松本塩尻線(松本市・市民館前交差点)
- 長野県道67号松本和田線(松本市・城東二丁目交差点)
- 国道254号(松本市・六助池交差点)
- 長野県道57号豊科インター堀金線(安曇野市・大口沢交差点)
- 長野県道172号田沢中挟線(小県郡青木村田沢)
- 長野県道12号丸子信州新線(小県郡青木村田沢)
- 長野県道65号上田丸子線(上田市・新道は塩田入口交差点、旧道は赤坂交差点)
- 長野県道77号長野上田線(上田市・旧道は赤坂交差点、新道は上田市下之条)
- 国道18号(上田市・上塩尻東交差点)
バイパス
- 築地バイパス
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