国体護持とは?

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国体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/03/22 01:52 UTC 版)

(国体護持 から転送)

国体(こくたい)とは、あるの基礎的な政治原則八木秀次による)[1]日本では特に「天皇を中心とした秩序(政体)」[2]を意味するとなっている。


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  1. ^ 八木は「欧米に国体に似た文字があるかと言えば、強いて言えば、フランス革命イギリスにも影響を及ぼし、イギリスもまた共和政体に変更すべしという議論があったときにエドマンド・バークが『イギリスの政体は共治である。君民共治はイギルスの基礎的政治の原則(Fundamental Political Principle of England)である・・・』と主張した。このバークのいう「基礎的政治の原則」という文字が、やや日本の国体に似ているように思う」とする。「明治憲法の思想: 日本の国柄とは何か 八木秀次(PHP出版)P.123
  2. ^ 「過去との断絶と連続--1945年以降のドイツと日本における過去との取り組み」マンフレート・ヘットリング/ティノ・シェルツ 川喜田敦子 訳(ヨーロッパ研究6 2007年3月 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部ドイツ・ヨーロッパ研究センター)[1][2]P.5
  3. ^ KO字源[3]
  4. ^ 「天照大神が皇孫瓊瓊杵ノ尊を降し給ふに先立つて、御弟素戔嗚ノ尊の御子孫であらせられる大国主ノ神を中心とする出雲の神々が、大命を畏んで恭順せられ、こゝに皇孫は豊葦原の瑞穂の国に降臨遊ばされることになつた。而して皇孫降臨の際に授け給うた天壌無窮の神勅には、豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みづほ)の国は、是れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)宝祚(あまつひつぎ)の隆えまさむこと、当に天壌(あめつち)と窮りなかるべし。と仰せられてある。即ちこゝに儼然たる君臣の大義が昭示せられて、我が国体は確立し、すべしろしめす大神たる天照大神の御子孫が、この瑞穂の国に君臨し給ひ、その御位の隆えまさんこと天壌と共に窮りないのである。而してこの肇国の大義は、皇孫の降臨によつて万古不易に豊葦原の瑞穂の国に実現されるのである。」『国体の本義
  5. ^ 子安宣邦「朱子学と近代日本の形成-東亜朱子学の同調と異趣」 台湾東亜文明研究学刊第3巻第1期 2006.6、PDF-P.4、5
  6. ^ 立憲学派は国体に関わる実践は、法理ではなく倫理の範疇に関わるものであるとする。立憲学派においても国体とは国家創業以来の「歴史の経験」の現実であるとし、超国家的なものとしての倫理の実践を重視する。法体制として憲法による君主権の制約というイギリス流の憲法観に拠るものであり、天皇廃止論に輿するものではない。
  7. ^ 「野口米次郎の一九二〇年代後期の指向性」堀まどか(総研大文化科学研究 第4号2008.3.31)[4]P.94(脚注7)
  8. ^ 上杉慎吉『帝国憲法』1924年 大正13年度東京帝国大学講義 謄写版
  9. ^ この項目、「有機的<国体/国語>論の本義」西野厚志(早稲田大学大学院教育学研究科紀要)2013.9[5]から起筆した。
  10. ^ 西野2013.9によれば山田孝雄が国体論に傾斜し始めたのは幸徳秋水らによる大逆事件およびその一連の報道が大いに関係しており「1910年11月10日深く心に感ずるところあり」(大日本国体論自序)とある。
  11. ^ 「前代未聞の事件」時事新報1911.1.20
  12. ^ 井上哲次郎「破壊思想の源流」読売新聞1910.11.19
  13. ^ 西野2013.9、P.5
  14. ^ 有機的な国家身体から排除される側であった幸徳秋水ですら「所謂愛国心は実に之が病菌たり、所謂軍国主義は実に之が伝染の媒介たる」ゆえ「愛国的病菌は朝夜上下に蔓延し、帝国主義的ペストは世界列国に伝染し、二十世紀の文明を破毀し尽さずんば已まざらんとす」(「廿世紀の怪物帝国主義」1901年 警醒社書店)と同様の比喩を用いている。西野2013.9、P.5。
  15. ^ 『水野博士古稀記念 論策と随筆』水野博士古稀祝賀会事務所刊、1937年昭和12年)。
  16. ^ 『社会学小辞典』(有斐閣・1982年・増補版)の「天皇制ファシズム」の項には〈日本の場合、イタリアやドイツなどのような「下から」の運動による国家権力の掌握ではなく、天皇制国家権力自体が「上から」なし崩し的にファシズム化していったので、天皇制ファシズムと呼ばれる。〉とある。
  17. ^ 上記の通り戦前即ち帝国時代にも日本共産党は「天皇制」の用語を使用していたが、一般には普及しなかった。
  18. ^ 『社会科学総合辞典』新日本出版社、1992年、189頁、「国体」の項。


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