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四川省
| 四川省概要 | ||
| ローマ字表記 | Sichuan | ![]() |
| 略称 | 川 Chuan 、蜀 shu | |
| 省都 | 成都 Chengdu | |
| 位置 | 中国の西南部、陽子江の上流に位置している。 | |
| 面積 | 56万平方キロメートル | |
| 気候 | 東部は亜熱帯湿潤気候に属し、温暖で湿潤、西部高原地域は高度によって、亜熱帯から亜寒帯まで全ての気候帯に属している。 東部盆地の年間平均気温は14~19度、1月の平均気温は3~8度、7月の平均気温は29~25度。 西部高原の年間平均気温は8度を下回る。1月の平均気温は-5度、7月の平均気温は10~15度。 四川省南西部山地の年間平均気温は、くぼ地は15~20度、山地は5~15度。1月の平均気温は15度、徳昌以南のくぼ地は10~12度、7月の平均気温は15~26度。 |
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| 人口 | 約8323万人、チベット、回、羌族などの少数民族がすんでいる。 | |
| 主な都市 | 自貢市、攀枝花市、瀘州市、徳陽市、綿陽市、内江市、広元市、遂寧市、楽山市、万県市、南充市、宜賓市など。 | |
| 概要 | 人口は中国最大で約1億。 四川盆地は面積が20万平方キロある、中国の代表的な盆地。亜熱帯性気候で1年中湿潤で曇天が多く、古来からの治水工事のおかげで「天府の国」と呼ばれる穀倉地帯。土壌は赤紫色の砂岩・頁[けつ]岩が主であることから紅色盆地とも呼ばれる。 農業が発達していて、米、麦、綿、絹、茶、油菜、桐油、白蝋などいずれも全国一の生産量を誇る。また、鉄鋼、機械、電器、化学工業などの工業が発達している。 市内には陽子江、嘉陵江、岷江、大渡河、金沙江などの河がある。 |
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| 観光スポット | 長江三峡、峨眉山、青城山、縉雲山、剣門、九寨溝、楽山大仏など。 | |
| 歴史 | 春秋、戦国時代は巴国、蜀国に所属。 蜀の名は、戦国時代に秦がこの地に蜀郡を置いたことによる。 三国時代、劉備がここに蜀漢を築き、魏・呉に対抗した。 漢時代には益州に所属、唐代には二道が置かれた。 北宋時代、成都府路、梓州路、利州路、Kui州路を設置して、川峡四路と呼び始めた。ここから四川と言う省名ができた。 明代に四川布政使司が設置され、清代に四川省が制定された。 |
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ウィキペディア |
四川省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 08:31 UTC 版)
| 四川省 | |
|---|---|
| 簡称: 川 / 蜀 (拼音: Chuān / Shŭ ) | |
| 簡体字 | 四川 |
| 繁体字 | 四川 |
| 拼音 | |
| 省都 | 成都市 |
| 最大都市 | 成都市 |
| 省委書記 | 劉奇葆(前広西チワン族自治区委書記、元国務院副秘書長) |
| 省長 | 蒋巨峰(前四川省副省長、元温州市委書記) |
| 面積 | 485,000 km² (5位) |
| 人口 (2007年) - 人口密度 |
87,250,000 人 (3位) 180 人/km² (22位) |
| GDP (2008年) - 一人あたり |
12,500 億元 (9位) 15,378 元 (24位) |
| HDI (2006年) | 0.728 (中) (24位) |
| 主要民族 | 漢民族 - 95% イ族 - 2.6% チベット族 - 1.5% チャン族 - 0.4% |
| 地級行政区 | 21 個 |
| 県級行政区 | 181 個 |
| 郷級行政区 | 5011 個 |
| ISO 3166-2 | CN-51 |
| 公式サイト http://www.sichuan.gov.cn/ |
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四川省(しせんしょう、英語:Sichuan)は中華人民共和国西南部に位置する省。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西部はチベットのアムド、カムより編入された。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。
目次 |
地理
四川省は北西は青海省、北は甘粛省及び陝西省、東は重慶、南は貴州省及び雲南省、西はチベット自治区と接する。
東部には四川盆地が広がり、内陸にあるにもかかわらず温暖で肥沃な米作地であることから「天府之国」と称される。また、内陸ながら中国最大級の湖盧沽湖を擁し、水産物、特に海老の一大産地でもある。重慶はかつて四川省に属していたが、1997年重慶直轄市として分離した。省北部の岷山山脈や、省西部、南部にはチベット族、イ族、羌族など少数民族が多い。四川省北部はジャイアントパンダの生息地として知られる。中国最大のパンダ保護区は臥竜自然保護区。省内最高標高地点は、大雪山脈のミニヤコンカ山頂7,556m。
歴史
「四川省 (中華民国)」も参照
近年徳陽市広漢市で三星堆遺跡が発掘され、3,000年前にこの地に存在した仮面王国が明らかになった。
四川は古代の巴蜀(はしょく、「巴」は現在の重慶一帯、「蜀」は現在の成都一帯)の地であり、前316年に秦によって滅ぼされ、秦の版図に編入され、その険しい山岳地帯である地理的条件から流刑の地とされた。前206年に秦が滅亡、劉邦が項羽から漢中と巴蜀が与えられると、この地を基盤として勢力を増大し、項羽を討ち中国を統一、漢朝を建てた。一方で漢王朝が出来てからしばらくは流刑地として以外には開拓が進まなかったが徐々に豊かになり、三国時代には劉備によりこの地に蜀漢を建て魏呉と天下を争った。
五代十国時代には前蜀、後蜀が中原支配を脱し四川省を中心に独自の政権を樹立している。1001年(咸平4年)、北宋は成都府路・梓州路・夔州路・利州路(かつての漢中、現在は陝西省)の4地方を統合して四川路を設置、これよりこの地を四川と称されるようになり現在に沿襲された。
明末清初の動乱期に反乱軍の張献忠や清により、四川省で最大300万人ほどの大虐殺が行われ、四川省の人口は激減した。その後の100年間に湖北省・湖南省・広東省からの移民が流入し復興した。
1926年、イギリス軍によって万県市街が砲撃される(万県事件)。 1938年、日中戦争の結果南京を追われた蒋介石率いる国民政府は重慶に国都を移している。その後、日中戦争終結後の1946年に国民政府は南京に戻るが、国共内戦が激化すると蒋介石は再び重慶に逃れ、1949年12月に成都を経て台湾に脱出している。
1949年12月27日に人民解放軍が成都を占領し、四川省は中華人民共和国の実効支配下に入る。1955年に西康省チベット族自治区(カム東部 アムド東南部)を吸収合併し、1997年に重慶が直轄市として分離したため、現在の行政区画となっている。
2008年、アバ・チベット族チャン族自治州汶川県(ウントン県)を震源とした四川大地震が発生し大きな被害を受けた。
行政区画
詳細は下部データーボックスを参照。
- 成都市
- 自貢市
- 攀枝花市
- 瀘州市
- 徳陽市
- 綿陽市
- 広元市
- 遂寧市
- 内江市
- 資陽市
- 楽山市
- 眉山市
- 南充市
- 宜賓市
- 広安市
- 達州市
- 巴中市
- 雅安市
- アバ・チベット族チャン族自治州
- カンゼ・チベット族自治州
- リャンシャン・イ族自治州
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