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名鉄特急

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/29 02:12 UTC 版)

(とこなめ競艇号 から転送)

名鉄特急

名鉄特急(めいてつとっきゅう)は、名古屋鉄道(名鉄)の鉄道・軌道線において運行されている列車種別「ミュースカイ」・「快速特急(2代)」・「特急」について詳述する。

本項では特急の変形というべき列車(かつての「快速特急(初代)」「高速」・「快速急行(初代)」など)や、その後設定された「快速特急(2代)」、全車特別車での運転となる「ミュースカイ」、全車一般車特急に相当する「快速急行(常滑・空港線系統)」についても記述する。


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  1. ^ 2005年以前にも犬山線に入出庫の関係などで一部の列車に設定されていた。
  2. ^ JTBパブリッシング「パノラマカー栄光の半世紀」(徳田耕一著)204ページにこれに関する記述あり。
  3. ^ 名古屋本線・常滑線・空港線では120km/hで運転している区間があるため、臨時に全車一般車特急として運転する場合は3500系・3700系・3100系・3300系・3150系・2代目5000系など120km/hでの運転が可能な車両が優先的に使用される。また、この様な時には「全車特別車」と「一部特別車」の編成中の「特別車」も、臨時に開放して「全車一般車」として運行することもある(全車特別車の2000系も「全車一般車」扱いとして運行したことがある)。
  4. ^ 行先表示器は1000系は無表示、2200系は種別部分に「締切」「Close」と表示し、行先部分に本来の行先を表示。1700系は前面方向幕搭載時は種別のみ表示し、側面に本来の種別と行先を表示していたが、前面行先表示がフルカラーLEDに交換された現在では種別・行先双方の表示を行う。
  5. ^ 現在のように一部特別車(1999年5月改正までは一部指定席と呼称)となったのは1990年10月改正からで、それまでは全車指定席(当時)特急と高速の2本立てであった。
  6. ^ 「私鉄特急年鑑」(イカロス出版 2010年4月発行)P69
  7. ^ これらが使用されるようになったのは1991年秋からで、それまでの一部指定席特急には1000系4両編成や7000・7700系白帯車に7000系一般車や5300・5700系などを併結した編成が使用されていた
  8. ^ 朝の中部国際空港行きは2007年6月30日改正から、夜の金山行きは2005年3月22日の一部ダイヤ修正時からで、前者はそれまでほぼ同ダイヤで設定されていた一部特別車特急からの変更、後者は常滑・空港線の上り最終列車繰り下げのための増発、という経緯により設定された。
  9. ^ この変更に際し、2005年1月改正以降、快速急行停車駅として扱われていた、常滑線の寺本駅古見駅大野町駅と空港線のりんくう常滑駅は急行停車駅の扱いに変更(快速急行は通過)となった。
  10. ^ 名鉄名古屋駅までは急行
  11. ^ この列車のみ全区間通しで快速急行として運転される。
  12. ^ 1990年以前は高速、1991年から全車一般席特急として運行されていたものの改称。2000年から普通に格下げされ、2005年の普通列車通年増発へと繋がる。
  13. ^ この「座席確保券」は、JRホームライナー乗車整理券などとは異なり、号車・席番が完全に指定され、発売方法・券面も「座席指定券」とほとんど同じオンライン発券であった。
  14. ^ ただし、方向幕は2005年に全車が新型の物に交換されるまで、準急を示す「準」とともに廃止後も一部車両に残っていた
  15. ^ 方向幕を装備していた7301Fは空欄へ青地に白抜きで四角く転写していた。
  16. ^ 1984年版(創刊号・Vol.1)から1986年版 (Vol.3) まで続いた。1987年版 (Vol.4) 以降は正式名称も『高速』へと表記を改めた。
  17. ^ 当時の国鉄の快速は153系などを使用し、豊橋駅 - 岐阜駅間を最高速度110km/h・所要79分(表定速度78.0km/h)で1時間ごとに運転されていた。現在の新快速の前身に相当する。
  18. ^ a b 昼間時の新岐阜駅 - 美合駅(東岡崎駅)間の高速は鳴海駅や新安城駅に停車する列車も存在した(無料特急時代も同様 )。
  19. ^ a b c 正月ダイヤ(1月1日から2月11日ごろ)昼間のみ豊橋発着の高速列車でも国府駅は臨時停車(特急も同様)としていた(新安城全停車以前は新安城も臨時停車していた)。なお、「高速」設置前の無料特急時代でも同様の処置をおこなったころもあった(1977年改正前の正月日祝日ダイヤでは新岐阜〜国府の無料特急も存在し、停車駅も美合特急に準じていた)。
  20. ^ a b 正月ダイヤでは豊川稲荷行きの高速が別に設定されていた。なお、1982年改正以降は新岐阜〜美合急行を下りは神宮前(上りは新名古屋)以東で新岐阜〜豊橋高速と置き換える形を取ったため、上りのみの設定で下りは急行(神宮前以東)の設定のこともあった(1983年時点で上り臨時高速の停車駅は、新岐阜駅 - 新一宮駅 - 国府宮駅 - 新名古屋駅 - 金山橋駅 - 神宮前駅 - 鳴海駅 - 知立駅 - 新安城駅 - 東岡崎駅 - 美合駅 - 国府駅 - 諏訪町駅 - 豊川稲荷駅)。その関係上、正月ダイヤの豊橋高速は下りは神宮前(上りは新名古屋)以西は急行で運転、高速の種別にも関わらず東岡崎以西急行停車駅の停車で堀田駅にも停車していた。また、正月ダイヤ以外でも飯田線の保守間合の関係によるもので国府行きもしくは豊川稲荷行きの列車が設定されていたことがあった。なお、1985年のダイヤ改正時に美合急行が豊川稲荷まで延長したことにより本線系統の豊川稲荷・国府発着高速は臨時便を含め運転を終了した。
  21. ^ 犬山線・広見線では当時『特急』通過駅の岩倉駅西可児駅可児川駅が加わる。
  22. ^ 平日は9時から17時が停車した。休日も9時から17時が停車し、晩年(1990年改正前)には9時から21時まで停車時間を拡大していた(平日は変更なし)。
  23. ^ 1977年から1982年までの時刻パターンをみると、AL車を多用しながらも犬山駅から太田川駅まで特急の2分後を続行する平行ダイヤであった。また3880系も同時期にはラッシュ時に限って高速に使用されていた。
  24. ^ 名古屋市役所近くの大津橋下。栄町駅乗り入れ工事に伴い1976年(昭和51年)2月14日廃止。以降1978年(昭和53年)8月20日の栄町駅乗り入れまでは現在の東大手駅 - 清水駅間に設けられた土居下(仮)駅を名古屋側の折り返し駅としていた。
  25. ^ 非冷房の5000系・5200系も1973年ごろまでは使用された。5500系は1979年ごろまで使用された。旧型車の中でも、7300系のみは少ないながらも例外的に『座席指定特急』へ使用されたことがある。
  26. ^ 徳田耕一著 まるごと名鉄ぶらり沿線の旅(95年版)七賢出版より。ただし、社線内に関しては1993年ごろまで特に制限もなく、「2Dayフリーきっぷ」などでも「北アルプス」に乗車可能であった。
  27. ^ 時代が下るに従って徐々に運行期間を短縮し、最終年は8月下旬までであった。
  28. ^ ヘッドマークは急行時代と同じく白地に文字のみで、上段の「急行」を「特急」へ変更した程度であった。
  29. ^ 当時の国鉄では代替車両の手配(予算確保)もままならないため、キハ80系の走行距離を縮減して延命を図ろうとした。国鉄からは「ひだ」同様に金沢までの運行を打診され、名鉄側も「金沢直通」は魅力であったようだが「日帰りダイヤ」が組めない(したがって所要車両が増加する)などの問題で実現しなかった、との説もある。
  30. ^ 始発駅「神宮前」が一般的には分かりにくい(駅の知名度が限定的な)ため、地元以外でも名古屋発着を想起しやすい「新名古屋」発着として公表・案内したい、のが理由と言われている。
  31. ^ 富山駅では前日に「さよなら北アルプス高山-富山間」のセレモニーが行われ、富山-猪谷間を特製ヘッドマーク付きにて運転された。
  32. ^ 最高速度は従来の95km/hから名鉄線内では110km/h、JR線内では120km/hにアップ。併結する「ひだ」は季節列車のため多客期に実施。併結区間は美濃太田駅 - 高山駅間。
  33. ^ 運行最終日(9月30日)には往復とも特製ヘッドマークをつけて運転された。
  34. ^ 特にJR化後は、高山本線内でのダイヤ設定が名鉄側の意向に沿ったものには出来ず、利用者のニーズとは合わない中途半端な時間帯にダイヤを設定せざるを得なかった。
  35. ^ 「北アルプス」廃止の代替措置として高速バス1往復を増便した。
  36. ^ 常滑行き、金山行きとも3両編成。なお、金山行きは大野町・新舞子・朝倉・尾張横須賀に特別停車していた。
  37. ^ 電車化(1000系に置き換え)後も同列車のダイヤは2005年までほぼ継承された(金山行きは名古屋まで延長、特別停車に関しても同様に行った)。
  38. ^ 性能的には120キロ運転に対応しているため、同車も特急の代走運用に入る事は可能である。
  39. ^ 1989年から2009年9月までには6両編成も2本在籍し、7000系6両編成と共通運用されていた。その後、この2本に組み込まれていた中間車2ユニット4両は2両を先頭車化の上、4両編成に組み直された。
  40. ^ 3700系と3300系については定期特急への使用はこの時が初めてだった
  41. ^ 当初計画ではそうであった。その後、「支線区(特に蒲郡線)にも『パノラマカー』を」との要望が高まって4両編成を制作する必要に迫られ、また、当時の名鉄路線では過剰な性能と他車との連結不可が嫌われたため、その後も7000系の増備が続いた。
  42. ^ 線路上から乗降口客室床面までの高さが、他車は1100㎜ - 1150mmであるのに対し当系列は990㎜と低くなっており、それに合わせて名鉄標準のホーム高さは960mmと低く抑えられていた。中部国際空港駅は当系列以外の他車に合わせた1070mmのホーム高さで建設されたため、当系列は入線不可であった。
  43. ^ 2008年12月に定期運用離脱、2009年8月30日に引退。詳しくは7000系の項へ
  44. ^ 正月ダイヤの『豊川稲荷』号など、7000系白帯車と連結して6両編成の特急としても使用された。
  45. ^ 交友社「鉄道ファン」2011年7月号「POST」
  46. ^ 従来は15m級以下の小型車両ばかりであった名岐鉄道であったが、この800形は18m級の大型電車で当時の私鉄電車としては優秀な性能を備え、そのスペックはこの後20年間に渡り、名鉄電車の基本的なフォーマットとなった。
  47. ^ なお高速路線といわれていた阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄神戸線の各駅停車の表定速度51km/hを上回る運転で、愛電の「特急」は59km/h、「急行」も52km/hで、愛電の名は高速電車の運転を行ったことで一躍有名となった。
  48. ^ 合併前の4月25日から愛電では神宮前駅 - 中部天竜駅豊川鉄道鳳来寺鉄道三信鉄道、現在の飯田線に乗り入れ)間に行楽列車の「天龍号」を設定した。
  49. ^ 後に「金山橋駅」と改称。開業当初の駅名は「金山駅」で高蔵橋(道路橋)の豊橋寄りに位置し、現金山駅とは場所が異なっている。
  50. ^ 旧西部線区間では昇圧によって1,500V対応の電車が不足することから、この東西直通運転開始に合わせて運輸省乙種規格型電車が2両編成10本(20両)割り当てられ、その後1954年までに71両も製造され、名鉄の輸送力増強に貢献した。
  51. ^ 同時に、「東部線」のうち豊橋線(神宮前駅 - 豊橋駅間)と「西部線」のうち名岐線(新岐阜駅 - 新名古屋駅間)と連絡線(新名古屋駅 - 神宮前駅間)が統合され、新岐阜駅 - 新名古屋駅 - 豊橋駅間が名古屋本線と改称した。
  52. ^ 当時国鉄東海道本線の電化が進展し、特に名古屋本線では競合することになるため、それへの対策である。なお、東海道本線浜松駅 - 稲沢駅間の電化完成は1953年(昭和28年)、稲沢駅 - 米原駅間の電化完成は1955年(昭和30年)である。
  53. ^ 戦前に南海鉄道2001形が試験的に冷房装置を搭載(戦時中に撤去)し、料金不要の急行などに運行された例がある。
  54. ^ この時に運輸省(→国土交通省)の指導もあって、指定席車と一般席車の区分を明確にするため、指定席特急には1000系・8800系と7000系・7700系白帯車のみを使用するよう改めた。一部指定席特急の一般席車には5300系・5500系・5700系・7000系・7100系を使用したが、全車一般席車の特急には6000系などのロングシート通勤型車両も使用された。なお、私鉄における一部指定席という編成形態は、これ以前より南海電気鉄道で行われていた。(特急「サザン」)
  55. ^ 一部指定席特急の運行開始当時は「指定席車」と「一般席車」の間が通り抜けできず、利用者の誤乗が絶えなかったため、運輸省から改善要求が出されての措置。
  56. ^ 2008年12月改正以降は新木曽川・笠松停車が標準パターンとなり、岐阜駅 - 豊橋駅間通し運転の系統は上り快速特急が所要時分81分(ダイヤ編成の関係で余裕時分2分を含む)、下り特急が同82分と1980年代以前の水準に留まっている。
  57. ^ 「特急」停車駅は、これまで特別停車だった新舞子・朝倉・尾張横須賀が正式に停車駅へ加えられたが、大野町はすべて通過となった。なお、その他の路線に運行系統が跨るものについては、その種別のまま直通している。たとえば、神宮前駅以北の「快速特急」停車駅は「特急」と同じであるが、「快速特急」のまま運行している。
  58. ^ 本線特急でも毎時4本のうちの1本が一部特別車の空港特急となり、神宮前駅および金山駅で双方の接続を取るようになった。西尾・津島特急では1日1往復のみ残っていた蒲郡駅直通の列車と、日中の佐屋駅 - 名鉄名古屋・西尾駅 - 吉良吉田駅間の運行を廃止した。
  59. ^ 。このほかの改正による動きでは平日の夕方のみだが犬山線の特急が2本/時となり、快速特急と併せて3本/時となった(昼間は快速特急と特急を交互に運行)。なお朝に名鉄岐阜発中部国際空港行きの特急で2200系の増結用として存在した3100系や3150系の特急運用は一旦消滅し、2200系単体での運用となった。
  60. ^ この改正で、平日の朝の時間帯には犬山方面や岐阜方面からの空港アクセス特急の増発、常滑線での特急の増発および区間延長、豊橋発の急行1本の一部特別車特急への格上げが実施された。これにより2005年1月のダイヤ改正以来消滅していた豊橋駅 - 新鵜沼駅間の系統が約2年半振りに復活した。このほか、早朝の一宮発中部国際空港行き特急は2200系による一部特別車特急から5300・5700系による全車一般車特急に変更され、15年ぶりの定期特急運用復活となった。
  61. ^ http://www.meitetsu.co.jp/profile/news/2010/1207422_1138.html
  62. ^ 豊橋駅基準で見てJRの2009年3月14日ダイヤ改正後は、競合する東海道本線と比較すると始発が6分遅く、終発はほぼ同等(行き先で比較すれば優位)だが、終着が23時37分で1時間20分も早い。名鉄の豊橋終着より後に到着する東海道本線の定期列車が4本(うち普通1本)あるのに対し、名鉄特急は国府止まり1本の後平日2本・土休日1本の伊奈止まりが設定されるに留まる。
  63. ^ 飯田線の線路等級(4級線)に基づく85km/h。旧型国電の在籍した1983年以前は75km/hであった。85km/hは名鉄で言えば半径400mの曲線または30‰下り勾配の制限速度に相当するが、同区間にそれほどのカーブや勾配は存在しない。下り線の平井信号場直前に25‰のごく短い下り勾配があるのみである。







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