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きびつじんじゃ 【吉備津神社】

岡山市吉備津にある神社大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)をまつる。1425年再建吉備津造り社殿国宝。釜鳴(かまなり)神事で有名。備中国一の宮


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吉備津神社

吉備津神社
きびつ

御祭神 大吉備津彦大神
    ほか八柱の神

鎮座地 岡山県岡山市吉備津931
吉備津神社
 式内社崇神朝の四道将軍一人として吉備地方平定した吉備津彦命をはじめ吉備氏一族祖神が祀られています。
 大吉備津彦大神は、第七代孝霊天皇皇子であり、第十代崇神天皇御代吉備の国に下られ、温羅という悪者を平らげて平和と秩序を築き、この地に宮をいとなまれて吉備の国人々のために殖産教え仁政行いました。社伝によれば仁徳天皇吉備の国行幸されたときご創建になったもので、後、延喜式定まる名神大社に列し、やがて一品の位になられましたので一品吉備津宮、※三備備前備中備後)の一の宮と称せられ、昔から産業守護神してまた長寿守り神として全国人々から深く信仰されています。
吉備津神社 拝殿 大化改新後、吉備分割に伴い備中国より備前国備後国勧請されたものと考えられます。

備中国一宮 吉備津神社
      (岡山県岡山市吉備津
備前国一宮 吉備津彦神社
      (岡山県岡山市一宮1403)
備後国一宮 吉備津神社
      (広島県芦品郡新市町宮内
 昔話桃太郎は、吉備津彦命温羅退治をもとに作られたといわれます。 鬼のモデルになっ た温羅は、百済からやって来た王子でした。性格荒々し く、凶悪で、身の丈1丈4尺(約4m20cm)もありました。現在の岡山県総社 市にある朝鮮式山城鬼の城に住み、吉備の国荒らし回っていました。そこ で大和朝廷は、武勇誉れ高い吉備津彦命に鬼(温羅)退治を命じたのでした。昔話の中で桃太郎お供をしたキジは、吉備津彦命設け役職犬飼鳥飼努めていた家臣に当たりますが、もう一人がなぜなのかは、わかって いません。捕らえられた温羅は首を切られ、地中深く埋められましたが、13年 間も夜な夜な吉備津彦命夢枕に立ち続けました。「ワシの首を吉備津神社の かまどの下に埋めてくれ。そうすれば釜をならして世の吉凶を占ってしんぜよ う」この申し出にはじまったのが、鳴釜神事です。御竈殿で行われる釜鳴の神事は、お釜鳴動音の大小長短によって吉凶禍福 を卜(ボク)するもので、その神秘なことは古く本朝神社考」・上田秋成の 『雨月物語』にも紹介された著名なもので、現在でも行われています。


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吉備津神社


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吉備津神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/29 17:10 UTC 版)

吉備津神社
Kibitsu Jinja 10.JPG
境内
所在地 岡山県岡山市北区吉備津931
位置 北緯34度40分14.4秒
東経133度51分02.2秒
主祭神 大吉備津彦命
社格 式内社(名神大)・備中国一宮・旧官幣中社・別表神社
創建 不明
本殿の様式 吉備津造檜皮葺
例祭 5月第2日曜・10月19日
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吉備津神社(きびつじんじゃ)は、岡山県岡山市北区にある神社である。式内社名神大)、備中国一宮および吉備総鎮守で、旧社格は官幣中社

延喜式神名帳には吉備津彦神社(きびつひこのじんじゃ、きびつひこじんじゃ)とあり、かつては吉備津彦神社とも称していた[1]が、現在は吉備津神社を正式名としている[2]

目次

概要

備中国と備前国の境にある吉備中山(きびのなかやま)[3]の北西の麓に北面して鎮座する。元々は吉備国の総鎮守であったが、吉備国が三国に分割されたときには備中国の一宮となり、備前国・備後国に分霊が勧請されて各国の一宮となっている[4]。なお備前国一宮の吉備津彦神社は同じ吉備中山の北東側麓にある。

祭神

大吉備津彦命を主祭神とする。吉備津彦は第7代孝霊天皇の皇子で、別名を比古伊佐勢理比古命という。崇神天皇10年(紀元前88年)、四道将軍の一人として山陽道に派遣され、弟の若日子建吉備津彦命と協力して吉備を平定した。その子孫が吉備の国造となり、「吉備臣」を名乗ったという。

相殿に以下の八柱を祀る。

  • 御友別命(みともわけのみこと)
  • 仲彦命(なかつひこのみこと)
  • 千々速比売命(ちちはやひめのみこと)
  • 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)
  • 日子刺肩別命(ひこさすかたわけのみこと)
  • 倭迹迹日稚屋媛命(やまとととひわかやひめのみこと)
  • 彦寤間命(ひこさめまのみこと)
  • 若日子建吉備津日子命(わかひこたけきびつひこのみこと)

歴史

参道と鳥居

社伝によれば、吉備津彦は吉備中山の麓に茅葺宮を造って住み、281歳で亡くなって中山山頂に葬られた。吉備津彦の5代の子孫の加夜臣奈留美命が茅葺宮に社殿を造営して吉備津彦を祀ったのが当社の始まりと伝える。

続日本後紀承和14年(847年10月22日条に従四位下の神階を受けたとあるのが国史での初見である。翌年には従四位上に進んでおり、仁寿2年(852年)には四品(しほん)、10世紀前半には一品(いっぽん)の品位(ほんい)も受けている。延喜式神名帳では名神大社に列している。このように、古代には朝廷からの篤い崇敬を受けた。中世には武家の崇敬を受け、たびたび社殿の修復や社領の寄進があった。明治初期の神仏分離令三重塔を失うも、現在ある比翼入母屋造の社殿は足利義満が造営したもので、国宝になっている(本殿と拝殿の修繕は平成20年(2008年)9月末終了。10月4日正遷座祭執行)。鳴釜神事で有名である。当地出身の政治家犬養毅は、犬養家の遠祖・犬養健命は大吉備津彦命の随神であったとして吉備津神社への崇敬の念強く、神池の畔に犬養毅の銅像が建ち、吉備津神社の社号標も犬養毅の揮毫である。

文化財

回廊(岡山県指定重要文化財[建造物])
如法経塔
国宝
  • 本殿及び拝殿(1棟)
重要文化財
  • 南随身門
  • 北随身門
  • 御釜殿
  • 木造獅子狛犬



  1. ^ 皇學館大学出版部『式内社調査報告 第二十二巻 山陽道』
  2. ^ 現在、備中・備後一宮は「吉備津神社」を名乗っているが、備前一宮のみ「吉備津彦神社」を名乗っている。
  3. ^ 吉備中山の中央部を南北にが備中・備前国境が通っている。
  4. ^ 現在も備中の吉備津神社は三備一宮や吉備総鎮守を名乗っている。


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