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ナザレのイエス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 14:46 UTC 版)

(史的イエス から転送)

ナザレのイエス古典ギリシア語Ἰησοῦς ὁ Ναζαρηνός, Iēsūs ho Nazarēnos, 古典ラテン語Iesus Nazarenus, 紀元前4年頃[1] [2] - 紀元後30年頃[3])は、紀元1世紀の28年ごろ[4]から30年ごろにかけて、パレスティナユダヤの地、とりわけガリラヤ周辺で活動したと考えられている人物である。

「ナザレの」とは福音書においてイエスが「ナザレのイエス」と呼ばれていることによる。イエスという名は当時めずらしくなく、出身地を含めた呼び方で区別されていた[5] [* 1]キリスト教においてはイエス・キリストと呼ばれる[* 2]


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注釈

  1. ^ ナザレ出身であったという確実な史料はない。
  2. ^ 福音書に共通して記されているのは、イエスはユダヤを救う者として民衆から待望されていた(ルカ 3:15)キリスト(メシア)だということである。マタイ 1:16, マタイ 16:20, マルコ 8:29, ルカ 2:11, ヨハネ 20:31 参照。
  3. ^バプテスマのヨハネとイエス自身をもエッセネ派=クムラン教団の出身とする仮説があるが,あまり賛同を得ていない。」(大貫 1998a)。
  4. ^死海文書』は、エッセネ派を含む洗礼教団の共同体(クムラン教団)が所有していた文書と考えられている(関谷 1998)。
  5. ^マグダラのマリア(中略)は受難伝承において常に最初におかれる」(三好 1991, p. 306. マルコ 15:47 とその並行文、マルコ 16:1 とその並行文、ルカ 24:10)。福音記者たちは男性の12使徒を主張しているが、福音書においてマグダラのマリアや帰依する女たちは、イエスの処刑に立ち会ったり復活のイエスに出会ったりと、重要な役回りを演じている(岡田 2005, pp. 4-9)。『福音書』に加えて『マリアによる福音書』などの『外典』におけるマグダラのマリアについては、岡田 2005, pp. 4-24 参照。「マグダラのマリアは、グノーシス派一般において非常に高い位置を占めている。」(荒井 1994, p. 155)。
  6. ^フィリポ福音書』を初めとするグノーシス文書では、マグダラのマリアがイエスのもっとも愛した弟子で、イエスの「伴侶」と呼ばれている記述がある(岡田 2005, p. 20)。
  7. ^山上の垂訓」は、伝えられたイエスの言葉をもとにして、『マタイによる福音書』の著者がユダヤ教旧約律法に代わる「新しい秩序(キリスト教的律法)を提示しようとしたものである」(大貫 1998b)。佐藤 1995, p. 240 も同趣旨。また、「山上の垂訓」は『Q資料』にさかのぼるイエスの真の言葉であるとの研究(マック 1994, pp. 270-276)がある一方で、アメリカ圏のリベラル系に属すると思われる Robert W. Funk らの研究者グループ Jesus Seminar によれば、山上の垂訓の一番有名な箇所であるマタイ 5:3-5:12 の10句ですら、イエスの言葉にたどれる可能性が高いのは3句 (5:3, 5:4, 5:6), その可能性が無い訳ではないものが3句 (5:10, 5:11, 5:12) に過ぎない (Funk, Hoover and the Jesus Seminar 1997, [要ページ番号]) とされる。
  8. ^ 山谷 1961, p. 15 参照。
  9. ^ 『福音書』は複数の箇所で、世界の終末について言及しており、イエスの十字架刑においても、イエスが息を引き取ったとき、地震が起こり、墓が開いて死者たちがよみがえったと記し、世界の終末と復活の様を先取りして描写している。
  10. ^ "gar hee basileia tou theou entos hyuumoon estin." (Aland, Kata Loukan 17:21〈ルカ 17:21〉). 新井 1976, p. 26 および三好 1991, p. 351 参照。
  11. ^ 十字架刑は「ローマ帝国では,奴隷の重罪者,ないしは属州の反逆者に対してのみ行なわれた処刑法.(後略)」(佐藤 1995, 補注 p. 5)。
  12. ^ 福音書に明記されていないが、処刑はローマ帝国の法に依っている。なぜなら、ユダヤはローマ帝国の属州になっていてもある程度の自治権は残されていたことから、「特にヘロデ王に代表されるユダヤ王国に比べるとローマはよりよき支配者であり、むしろ寛大なその統治の下にあってユダヤ教は事実上公認され、宗教迫害はなかった」(新田 1980, p. 47)ので、もし「ユダヤ教当局だけがイエスを殺そうとしたのなら、石打ちにしたはずだ。」(田川 1980, pp. 352-353)からである。
  13. ^ 田川 1997, pp. 229-234 「ギリシャ語を話すユダヤ人」および真山 1991, p. 570 参照。
  14. ^ 大貫、川中子 2002, p. 643 参照。
  15. ^ 「もし福音書を現代における文学類型の中にあてはめることを許されるとすれば、それは、『歴史記述』というよりは、むしろ『歴史小説』に近いのではないかと思われる。(後略)」(荒井 1974, p. 6)。
  16. ^Q資料」を参照。
  17. ^ 加藤 1999, p.77 参照。
  18. ^ ヨハネのいう「悔い改め」とは道徳的な反省・懺悔という意味ではなく、生きる上での考え方、価値の基準をまったく変えてしまうことを意味する(荒井 1988, 荒井 1998)。
  19. ^ 「仮現論と反仮現論」(大貫 1999, pp. 138-139)参照。
  20. ^ 「マニ教のイエス論にはさまざまなレベルがあるので要注意である。」(大貫 1999, p. 271)。同書 pp. 268-271 「マニ教の神話 イエスの派遣」参照。
  21. ^ 宮元 1998 参照。
  22. ^ 黒柳 1998a; 黒柳 1998b 参照。
  23. ^ 三島 2002 参照。

出典

  1. ^ a b c 荒井 1974, pp. 25-26
  2. ^ a b c 八木 1977, pp. 21-22
  3. ^ コンツェルマン 1985 「第二章 年代算定」 p. 42
  4. ^ a b c 荒井 1998.
  5. ^ 田川 1980, p. 14
  6. ^ a b c d e f g h i j 荒井 1988.
  7. ^ a b 八木 1968, p. 85
  8. ^ 荒井 1974, p. 144
  9. ^ 荒井 1974, p. 122
  10. ^ 荒井 1974, pp. 162-164
  11. ^ 新共同訳 マタイ 21:12 見出し
  12. ^ ヨハネ 2:13-22, マルコ 11:15-17.
  13. ^ ルカ 23:1-5
  14. ^ 新井 1976, p. 203. 新田 1980, p. 45.
  15. ^ 川島 1991, p. 259. 佐藤 1995, p. 87.
  16. ^ 「当時の言い方」(加藤 1999, p.54)
  17. ^ 加藤 1999, pp. 56-58
  18. ^ 新井 1976, p. 216
  19. ^ 田川 1997, p. 232
  20. ^ 佐藤 2002, p. 545
  21. ^ 横張 2002, p. 1206
  22. ^ a b 荒井 1974, p. 7
  23. ^ a b 荒井 1974, p. 6
  24. ^ a b 荒井 1974, p. 5
  25. ^ a b c d e f g 荒井 1974, p. 8
  26. ^ a b 八木 1977, pp. 13-14
  27. ^ 八木 1977, p. 13, pp. 18-19
  28. ^ 荒井 1974, p. 187
  29. ^ 林、隅谷 1954, 第5節, pp. 188-193.
  30. ^ 八木 1977, p. 11
  31. ^ ヨハネ 7:41-43, マルコ 12:37, マタイ 22:45, ルカ 20:44. 荒井 1974, p. 26.
  32. ^ a b c 八木 1968, pp. 84-85
  33. ^ a b 荒井 1974, p. 26
  34. ^ 荒井 1974, p. 27
  35. ^ 新井 1976, p. 189
  36. ^ マタイ 11:16
  37. ^ マタイ 11:19
  38. ^ マルコ 10:2-9
  39. ^ ヨハネ 19:23-24
  40. ^ 八木 1968, p. 128
  41. ^ 八木 1977, p. 61
  42. ^ ルカ 6:20, マタイ 5:3
  43. ^ マタイ 21:31
  44. ^ マルコ 3:28
  45. ^ a b 荒井 1974, pp. 21-22
  46. ^ a b 荒井 1974, pp. 22-23
  47. ^ 荒井 1974, p. 23
  48. ^ 荒井 1974, pp. 162-164
  49. ^ a b 八木 1977, p. 175
  50. ^ a b c d 荒井 1974, p. 9
  51. ^ 八木 1968, p. 196
  52. ^ a b c 荒井 1974, p. 10
  53. ^ 荒井 1974, p. 45, p. 62
  54. ^ a b 荒井 1974, p. 4
  55. ^ a b 荒井 1974, p. 24
  56. ^ 荒井 1974, pp. 191-192, p. 208
  57. ^ 荒井 1974, p. 11
  58. ^ 荒井 1974, p. 12
  59. ^ 関根 2002, p. 1103
  60. ^ クルアーン 3. イムラーン家章、クルアーン 19. マルヤム章。
  61. ^ クルアーン 4:171
  62. ^ マタイ 5:9
  63. ^ 阿部起士「三位一体のカテキズム」、1998年、2009年12月21日閲覧。
  64. ^ クルアーン 4:156-159
  65. ^ 日訳サヒーフ・ムスリム 第1巻、信仰の書、p. 114, 伝承者アブー・フライラ
  66. ^ 大貫 2002, p. 207
  67. ^ 粟田、古在 1979, p. 223 「マニ教」。
  68. ^ クレーム 1998, pp. 90-98






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