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原古典期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/12/18 07:00 UTC 版)
(ウスルタン式土器 から転送)
原古典期(Protoclassic period[stage,era])とは、メソアメリカ考古学の編年で、先古典期後期から古典期前期の間に想定された時期区分の名称である。一般的には紀元前100年ないし同50年から紀元250年ないし同300年くらいの時期に位置づけられてきたが、最近では、後述するように概念の見直しを行い紀元1世紀から5世紀の初頭に位置づけるべきだという意見[1]が出てきており、用いることを意識的に避ける研究者も多い。
原古典期の概念は、1960年代まで漠然と紀元前300年前後のテオティワカンII期[2]とモンテ・アルバンII期に並行し、文字が作られ、イサパ文化などにみられる石彫が造られた時期といったあいまいな使われた方をされてきたが[3]、最も普遍的な定義はゴードン・ランドルフ・ウィリーが1977年[4]に示したフローラル・パーク(Floral Park)相ないし土器複合(ceramic complex)、あるいは、ホルムルI式(Holmul I style)及びそれに似た土器、具体的には、タイプ・ヴァラエティ分類法によるアギラ・オレンジ、アグアカテ・オレンジと呼ばれるグループの乳房型四脚土器(mamiform tetrapod)に代表される土器群に特徴づけられる文化的な内容のこと位置づけられた。言い換えれば、紀元前50年から紀元250年くらいの先古典期の終末と古典期の初頭にあたる紀元250年から同300年に当たる明確なかたまりの時期区分としてとらえられてきた。それに次いで標準的と考えられる定義は、先古典期から古典期の発展段階のように示す概念である。マヤの研究者にとって原古典期という概念は文化的に中立的なものではなく、先古典期や後古典期が古典期の前後という編年的な点に重点があるのに対し、原古典期は、古典期の前兆ないし導入的な区分と考えられてきた。単純に紀元前50年から紀元250年を指し示すというのは、最も新しく出された概念で、二番目の定義に関連して、イサパ文化をはじめアバフ=タカリク、エル=バウルなどのグアテマラ高地周辺の石碑に代表される文化の時期という用いられ方をされてきた。
- ^ Brady,J.E.at.al1998,p.35
- ^ ホルヘ・アコスタなどに代表されるメキシコ国立人類学歴史学研究所の編年。紀元150年から300年くらいまでの時期を指す。
- ^ たとえば、コウ1975,p.110,p.118,p.145(原著Coe,M.D.(1962)Mexico,Thames and Hudson,London)など
- ^ Willey,G.R.1977,p.391
- ^ Willey and Gifford1961,p.165
- ^ 31号墓の年代は、ハモンドらによる放射性炭素年代測定によって1685±65、補正するとA.D.257~A.D.425に位置づけられた(Brady et.al.(1998)p.34)。したがって矢印によって上方修正を示している。この編年表は下が古く上が新しい編年表で日本のものと逆なのも興味深い。
- ^ a b 19号墓の胴部鍔付鉢については、1961年時点でウィリーとギフォードは、アクトゥンカン・オレンジ多彩色(Willey and Gifford(1961),p.160,Fig.1-e)としているが、ブラディらは、Ixcanrio Orange Polychrome:Actuncan Varietyとしている(Brady et.al.(1998),p.19,Fig.1-e)。
- ^ ceramic sphereの初版投稿者による試訳。土器の出土分布、流通の範囲を漠然と示す概念。地域的には、ベリーズ北部(ノームルなど)、ベリーズ川流域(バルトン・ラミーなど)からグアテマラ、パシオン川流域(セイバル、アルタル・デ・サクリフィシオス)、ペテン地方の北東部をへてウスマシンタ川上流までひろがっている。
- ^ 原語variety
- ^ styleの訳語
- ^ 原語はusulutan decoration
- ^ 正確にはBlack-on-cream
- ^ Brady et.al.p.20
- ^ ベカンとエズナでは、Caramba Red-on-red-orange、Escobal Red-on-buffが出土する。これは、セイバルやバルトン・ラミーでもみられるポジティヴ・ペインティングの土器である。
- ^ Willey,Culbert and Adams1965,p.298
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