南雲忠一とは?

南雲忠一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/03/01 15:43 UTC 版)

南雲 忠一(なぐも ちゅういち、1887年明治20年)3月25日 - 1944年昭和19年)7月6日)は、日本海軍軍人。海兵36期。最終階級は海軍大将。サイパン島において自決。




  1. ^ 広報よねざわ『郷土資料の散歩道 御城下并原々屋鋪割帳』2007年5月1日号
  2. ^ #海軍兵学校沿革p.269 ,p.297
  3. ^ #悲劇の南雲中将p.46
  4. ^ #悲劇の南雲中将p.47
  5. ^ #悲劇の南雲中将p.39
  6. ^ #陸海軍将官人事総覧 海軍篇
  7. ^ #日本海軍の興亡p.188
  8. ^ #日本陸海軍総合事典p.671
  9. ^ #海は白髪なれどpp.73-74
  10. ^ #悲劇の南雲中将p.131
  11. ^ #井上成美(第10版)pp.142-143
  12. ^ #波まくらいくたびぞpp.210-213
  13. ^ #牧野伸顕日記p581
  14. ^ #海軍の昭和史pp.72-73
  15. ^ #どん亀艦長青春記p.70
  16. ^ #どん亀艦長青春記p.71
  17. ^ #どん亀艦長青春記p.88
  18. ^ #どん亀艦長青春記p.89
  19. ^ #悲劇の南雲中将p.63
  20. ^ #悲劇の南雲中将p.64
  21. ^ #悲劇の南雲中将p.65
  22. ^ 城英一郎日記62頁『(昭和16年)四月一〇日(木)曇』
  23. ^ 星亮一『南雲忠一 空母機動部隊を率いた悲劇の提督』PHP文庫p11
  24. ^ #悲劇の南雲中将p.75
  25. ^ 草鹿龍之介『連合艦隊参謀長の回想』光和堂40頁
  26. ^ 源田実『真珠湾作戦回顧録』文春文庫1998年312頁
  27. ^ #真珠湾作戦回顧録pp.122-126
  28. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.638-639
  29. ^ 半藤一利『平凡社ライブラリー739 山本五十六』平凡社167頁
  30. ^ #悲劇の南雲中将p.100
  31. ^ a b #悲劇の南雲中将p.101
  32. ^ 戦史叢書10 ハワイ作戦 p.176
  33. ^ 草鹿 1979, p. 50.
  34. ^ #悲劇の南雲中将p.113
  35. ^ a b 草鹿 1979, p. 51.
  36. ^ #悲劇の南雲中将p.115
  37. ^ 草鹿 1979, p. 50-51.
  38. ^ #奥宮、読み方342頁
  39. ^ #悲劇の南雲中将p.16
  40. ^ #悲劇の南雲中将p.18、#波まくらいくたびぞpp.81-83
  41. ^ プランゲ『トラトラトラ』並木書房p340-341
  42. ^ #真珠湾作戦回顧録pp.3
  43. ^ 戦史叢書10 ハワイ作戦p.345
  44. ^ 戦史叢書10 ハワイ作戦 p.343-344
  45. ^ 戦史叢書80 大本営海軍部・聯合艦隊(2)昭和十七年六月まで 78頁
  46. ^ #日本海軍の戦略発想pp.244-245
  47. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.21
  48. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.21-22
  49. ^ #真珠湾作戦回顧録4頁
  50. ^ 城英一郎日記125-126頁『(昭和16年)一二月二六日(金)雨後曇 当直』
  51. ^ #日本海軍の驕り症候群(上)pp.237-261
  52. ^ プランゲ『ミッドウェーの奇跡上』千早正隆訳 原書房236頁
  53. ^ 千早正隆『日本海軍の驕り症候群 下』中公文庫103頁、秦郁彦『実録太平洋戦争』光風社34頁
  54. ^ 大浜徹也,小沢郁郎『帝国陸海軍事典』同成社p237
  55. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 585-586頁
  56. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.583
  57. ^ #悲劇の南雲中将p.144
  58. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.251-252、奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督下』学研M文庫 p.213
  59. ^ 千早正隆『日本海軍の驕り症候群 下』中公文庫175-177頁、戦史叢書43ミッドウェー海戦287頁
  60. ^ 戦史叢書43ミッドウェー海戦251-252頁
  61. ^ プランゲ『ミッドウェーの奇跡上』千早正隆訳 原書房9-11頁
  62. ^ 学研「歴史群像太平洋戦史シリーズ55『日米空母決戦ミッドウェー』131.132p
  63. ^ a b 『日米空母決戦ミッドウェー』([歴史群像]太平洋戦史シリーズ Vol.55)、学習研究社2006年(平成18年)
  64. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.290-291
  65. ^ #提督山口196頁、#ミッドウェー森109・110頁
  66. ^ #第1航空艦隊戦闘詳報(2)p.19-20、#MI海戦 戦時日誌戦闘詳報(3)p.10-13
  67. ^ #吉田・指揮官と参謀p.119
  68. ^ #海軍航空隊始末記pp.43-45
  69. ^ #第1航空艦隊戦闘詳報(2)p.9
  70. ^ 戦史叢書43 ミッドウェー海戦 p.344
  71. ^ #悲劇の南雲中将p.255
  72. ^ 牧島貞一『炎の海』光人NF文庫p.285-286
  73. ^ プランゲ『ミッドウェーの奇跡上』千早正隆訳 原書房69-70頁
  74. ^ 中島親孝『聯合艦隊作戦室から見た太平洋戦争』113頁
  75. ^ 星亮一『南雲忠一 空母機動部隊を率いた悲劇の提督』PHP文庫p313
  76. ^ #吉田・比叡pp.132-134
  77. ^ 星亮一『南雲忠一 空母機動部隊を率いた悲劇の提督』PHP文庫p316
  78. ^ 星亮一『南雲忠一 空母機動部隊を率いた悲劇の提督』PHP文庫p322
  79. ^ #連合艦隊参謀長の回想p.172
  80. ^ 学研:歴史群像太平洋戦史シリーズ59「ソロモンの激闘」p.179
  81. ^ 1507発の機動部隊本隊から全部隊への電文。学研:歴史群像太平洋戦史シリーズ59「ソロモンの激闘」p.194
  82. ^ 学研:歴史群像太平洋戦史シリーズ59「ソロモンの激闘」p.196
  83. ^ 学研:歴史群像太平洋戦史シリーズ59「ソロモンの激闘」p.185
  84. ^ #悲劇の南雲中将p.215
  85. ^ 城英一郎日記203-204頁『(昭和17年)一一月五日(木)晴』
  86. ^ a b 城英一郎日記205頁『(昭和17年)一一月一一日(木)晴』
  87. ^ a b 回想の提督160頁(寺崎隆治注)
  88. ^ a b c 城英一郎日記208-209頁『(昭和17年)一一月一七日(火)雨』
  89. ^ 城英一郎日記287-288頁『(昭和18年)六月二一日(月)半晴』
  90. ^ 城英一郎日記333-334頁『昭和18年)一〇月二〇日(水)半晴』
  91. ^ #奥宮、読み方343頁
  92. ^ a b #自伝的日本海軍始末記p.254
  93. ^ #悲劇の南雲中将p.232
  94. ^ #最後の帝国海軍pp.124-125
  95. ^ #悲劇の南雲中将p.261
  96. ^ #悲劇の南雲中将p.262
  97. ^ #悲劇の南雲中将p.264
  98. ^ #悲劇の南雲中将p.265
  99. ^ #悲劇の南雲中将p.244
  100. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期87頁
  101. ^ 『提督スプルーアンス』トーマス・B・ブュエル(著)小城正(訳)学習研究社 447頁
  102. ^ #悲劇の南雲中将p.61
  103. ^ #奥宮、読み方343-344頁
  104. ^ #悲劇の南雲中将p.259
  105. ^ #新装版亀井ミッドウェー75-76頁
  106. ^ #新装版亀井ミッドウェー168-171頁、#提督山口180頁
  107. ^ 源田実『海軍航空隊始末記』文春文庫43頁
  108. ^ #悲劇の南雲中将p.254、257
  109. ^ #悲劇の南雲中将p.62
  110. ^ #奥宮、読み方340-341頁
  111. ^ #悲劇の南雲中将p.53
  112. ^ #悲劇の南雲中将pp.54-55
  113. ^ #悲劇の南雲中将pp.56-57
  114. ^ a b c 回想の提督158-159頁(堀豊太郎、海軍整備兵曹、当時翔鶴乗組み談)
  115. ^ #駆逐艦磯風と三人の特年兵p.84
  116. ^ #駆逐艦磯風と三人の特年兵pp.84-86
  117. ^ 昭和20年8月28日(発令昭和19年12月4日付)海軍辞令公報(甲)第1898号 p.17南雲補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072107000 
  118. ^ 任海軍大将 海軍中将 南雲忠一』 アジア歴史資料センター Ref.A03023549100 
  1. ^ 首席は佐藤市郎
  2. ^ 首席は佐藤市郎[5][6]#陸海軍将官人事総覧 海軍篇では次席は野村直邦である。
  3. ^ この時期の海軍大臣は及川古志郎であり、海軍での将官人事は海相の専管であるので連合艦隊司令長官には決定権はない。[要出典]
  4. ^ 「先に訓示せる所に従ひ明後七日敵を求めて玉砕せんとす0330以降随時当面の敵を求めて攻撃に当れ」7月5日
  5. ^ 文藝春秋臨時増刊『目で見る太平洋戦争史』(昭和48年12月増刊号)182頁


「南雲忠一」の続きの解説一覧





南雲忠一と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「南雲忠一」の関連用語

南雲忠一のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

アカタン砂防大平中堰堤

PLY

蓮野の棚田

網走川

陸中海岸国立公園

箱根大涌谷硫黄のかおり

骨粗しょう症

Megane Glass Roof Cabriolet





南雲忠一のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2017 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの南雲忠一 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2017 Weblio RSS