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南関東

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/19 18:28 UTC 版)

日本 > 関東地方 > 南関東
南関東のデータ
1都3県の合計
日本の旗 日本
面積 13,556.78km²
総人口 35,664,193
(2011年12月1日)
1都2県の合計
面積 9,759.53km²
総人口 28,459,624
(2011年12月1日)
位置
南関東の位置

南関東(みなみかんとう)とは、関東地方の南部または中南部地域を指す一般名称である。同じく北部または中北部地域を指す呼称として北関東がある。

目次

定義

南関東とは、関東地方南部を指す通称である。区域について明確な定義はなく、分野や場面に応じて様々な分類で定義されるが、以下の地域を指す場合に用いられることが多い。

  • 一般には、関東地方1都6県のうち、利根川以南である中南部地域一帯(千葉県埼玉県東京都神奈川県)1都3県域を指す場合が多い。
  • 首都圏1都7県のうち東京都を含めるのではなく、山梨県を加え、「千葉県・神奈川県・山梨県」3県域を指す名称である場合がある(国政選挙の比例南関東ブロックなど)。
  • 違う用法として、関東地方を指し示すのでは無く、富士山周辺である「神奈川県・山梨県・静岡県」3県域を指す場合がある。
  • 東京都を南関東に含める場合は東京都島嶼部も南関東である。

都道府県を単位とする分類

1都3県(千葉県+埼玉県+東京都+神奈川県)
千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県の1都3県を指して「南関東」と呼ぶ定義は、行政等でも広く見られる[1]。これら1都3県は、行政区域が東京都区部を中心とする東京都市圏に含まれており、3,000万人以上の人口を擁する(東京都1,278万人(うち特別区部864万人)、千葉県610万人、神奈川県889万人、埼玉県710万人)。これら1都3県は人口密集による特有の問題や政策課題を持っていることから、行政においてこれら課題に対する共通の取り組みが行われることが多い。この代表的な枠組みとして「九都県市首脳会議」(1都3県とこの範囲に含まれる5政令指定都市の首長による会議)が設けられている。
国政選挙の南関東ブロック(千葉県+神奈川県+山梨県)
関東地方1都6県には、日本の総人口の1/3が集中しているので、国政選挙の比例区では東京ブロック、南関東ブロック、北関東ブロックの3地域に分割されている。この場合、東京都は、区部・多摩地域・東京都島嶼部の全域が東京ブロックである。南関東ブロックは東京都を境に南側の千葉県と神奈川県、さらに山梨県を含み、北関東ブロックは東京都を境に北側の茨城県、群馬県、栃木県、埼玉県を含む。
南関東防衛局の管轄範囲(神奈川県+山梨県+静岡県)
防衛省の組織で、防衛施設管理業務を管轄する組織である南関東防衛局は、神奈川県、山梨県静岡県の3県を管轄範囲としている。

歴史的分類

毛野川・利根川流域以南(前期相模国+安房国+上総国+下総国/後期相模国+武蔵国+安房国+上総国+下総国
律令制が敷かれた奈良時代から中世までの南関東。
桓武平氏流諸氏(鎌倉氏三浦氏千葉氏北条氏秩父氏長尾氏等)が支配した地域。藤原北家流諸氏(宇都宮氏小田氏小山氏結城氏佐野氏川野辺氏比企氏那須氏等)や清和源氏流諸氏(足利氏新田氏佐竹氏武田氏、等)が支配した地域は北関東。なお、畿内が日本の中心だった時代の陸上交通を元にした地方区分(五畿七道)では、表記の5国に加え常陸国は東海道に属し、桓武平氏大掾氏平将門らが支配した時代のみ南関東とみなす考え方もあるが、中世以降は小田氏や佐竹氏の治世であったため事実上は北関東と同一地域とする。
鎌倉周辺の国(相模国+武蔵国+上総国+安房国)
鎌倉時代の南関東。桓武平氏流諸氏の領地内に清和源氏の嫡流源頼朝鎌倉幕府を開き、北関東以北を基盤とする清和源氏が南関東に進出する第一歩となった。鎌倉を中心とした相模国が南関東の中心だった。
利根川以南
戦国時代後期、小田原に本拠を構え関東を席巻した伊勢平氏後北条氏豊臣秀吉宇都宮国綱佐竹義重らが制圧し、清和源氏新田氏徳川家康が関東に入封すると、関東一帯は当時の北関東の勢力であった藤原北家清和源氏流諸氏の体制で統一された。徳川家康は利根川東遷事業を号令し、江戸湾に注いでいた暴れ川・利根川や太日川(現在の渡良瀬川 - 江戸川)を東遷し、それまで多雨期の氾濫によって湿地帯であった入間川 - 江戸川中下流域低地を開拓(干拓)して江戸の町を確立した。これ以降、利根川を境とした南側を南関東とみなす。現在の一都三県に相当する。関東平野一帯の河川東遷により、以前は自然障壁として関東平野の中央部に広がっていた入間川 - 毛野川に亘る幾多の河川や広大な低湿原地帯が一気に干拓され、従前から藤原北家清和源氏流諸氏が治めていた一部地域も含め利根川以南地域一帯が南関東の勢力に組み込まれた。この時代、相模国(鎌倉や小田原)から武蔵国(江戸)に南関東の中心が北上した。なお、南関東の重要拠点であった小田原城には藤原北家宇都宮氏流を称す大久保氏が入封し明治時代まで続いた。

南関東と東京

南関東には、日本の首都である東京が位置している。東京都区部を中心とする都市圏を指す「首都圏」あるいは「東京圏」という用語が、千葉県+埼玉県+東京都+神奈川県の1都3県のことを指す場合がある[2]。従って、「首都圏」あるいは「東京圏」という用語と、「南関東」という用語とが、同一の範囲のことを指す場合がある。

地理

地質

相模トラフ日本海溝糸魚川静岡構造線に囲まれ、各々異なるプレートが南関東直下に潜り込む複雑な構造である。このため、巨大地震が過去繰り返されており、今後もその危険性が指摘されている。関東地震は、1703年(元禄大地震)、1855年安政の大地震-幕末)、1923年関東大震災)など起こっている。元禄と大正は相模トラフを震源地とした巨大地震であった(安政のメカニズムは諸説あり決着はついていない。また安政東海地震・南海地震とは別である)。また近年では1987年千葉県東方沖地震(フィリピン海プレートの内部)、1992年の浦賀水道の地震(太平洋プレートの内部)、1980年2005年の千葉県北西部の地震(太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界付近)などが、震度5弱以上程度の揺れと被害を度々もたらしている。茨城県南部や東京都多摩地域も地震活動か活発である。このように南関東は方々に地震の巣を抱えている。ひとたび大きな地震が起こると人口密集地であるために被害が大きくなり易い。また、小田原など、相模トラフや富士山富士火山帯)の近くでは、群発地震が起こることもある。関東平野の地盤は軟弱であるため、周辺のがある地域よりも揺れが大きくなりがちである。

地形

気候

全域が太平洋側気候に属しており、一般に年間を通して温暖湿潤な気候であるが、太平洋側に面した平野が広がっていることから夏季の多雨と冬季の少雨・乾燥という傾向が見られる。北関東と比べると冬季の少雨乾燥傾向は弱い。

南部の太平洋岸に近づくにつれ日本海流の影響を受け温暖となる傾向があり、冬にはその傾向がより顕著となる。このような気候を利用し、房総半島南部(南房総)では菜の花の栽培が盛んに行われている。この地域は乾燥しており晴れの日が多く、乾燥した風は、空っ風とも呼ばれる。また、は上空の気温が低い(上空1500mで-6℃未満または上空5500mで-30℃未満)所に南岸低気圧や気圧の谷が近づいた場合に限られ、粉雪かドカ雪のパターンが多い。積雪は少なく、特に平野部の東京都内横浜市千葉市の大都市周辺では積雪は稀である。しかし、同地域でひとたび積雪すると、(都内の場合、積雪は2~3年の割合しか起こらず積雪そのものが珍しいため、わずか5cm程度の積雪で「大雪」と見なされる)すぐに列車の遅れ、道路の渋滞・自動車立ち往生などが発生し、交通機関が麻痺してしまう。

北部に行くにつれ内陸性気候となり、気温の年較差は大きく冬の乾燥傾向も強くなる。西部は関東山地などの高地があることから気候は冷涼となり、冬には平地と異なり10cm以上の積雪が多く見られることがあり、場所や年によっては大雪となる。関東山地では平野部と比べ春の訪れが遅く、秋の訪れは早いが、春は新緑、秋は紅葉が綺麗である。

また都市地域に広く覆われていることから特に東京都内ではヒートアイランド現象がみられ、冬の冷え込みの弱さや夏の猛暑がもたらされ、その現象によって気候修飾を受ける。特に、晴れた冬の夜は郊外に行くにつれ気温が急激に下がり、多摩(特に青梅平野部、八王子)や神奈川県中部(海老名)、埼玉県中西部(鳩山など)、房総半島内陸部(牛久・坂畑)と都心では最低気温に7~10℃もの差がつく事もめずらしくない。

道州制

地方制度調査会(所在地:東京都特別区)は、道州制における南関東州(仮)について、9道州案では千葉県・埼玉県・東京都・神奈川県・山梨県の組み合わせで、11道州案や13道州案では千葉県・東京都・神奈川県・山梨県の組み合わせとしている。特に南関東は過密状態であるため、広域関東圏は南北分割が前提とされているのが特徴である。

また、東京都を東京州(仮)として分離する考えや、民間の案[1]などでは、12州制の下、東京都を、区部と都下(多摩地域・島嶼部)に分離して、東京市(区部)を復活させて特別市とする論議もある。




  1. ^ 例えば内閣府
  2. ^ 例えば首都圏整備に関する年次報告(首都圏白書)
  3. ^ 岡野 友彦『家康はなぜ江戸を選んだか』 教育出版 1999年 ISBN 978-4316357508


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