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北の富士勝昭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/25 04:28 UTC 版)
北の富士勝昭(きたのふじ かつあき、1942年(昭和17年)3月28日 - )は、北海道旭川市(出生地は網走郡美幌町)出身の元大相撲力士で第52代横綱。現役当時は「現代っ子横綱」と呼ばれた。本名は竹澤勝昭(たけざわ かつあき)。九重部屋(入門時は出羽海部屋)に所属し、引退後は日本相撲協会の年寄を襲名し理事を務めた後、現在は協会を離れNHK大相撲専属解説者。現役時代の体格は身長185cm、体重135kg、星座は牡羊座、血液型はO型。
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- ^ 東京中日スポーツ・2010年6月24日付 「はやわざ御免-わが相撲人生」
- ^ a b 15日制が定着した1949年5月場所以降、十両での15戦全勝はほかに栃光・豊山・把瑠都の3人がいる。全勝優勝を達成した全員が、その後大関に昇進している。
- ^ のちに北の冨士が初優勝した1967年3月場所で陸奥嵐がタイ記録を樹立。
- ^ 当時は大関の地位で「3場所連続」負越で関脇へ陥落となっていた。大関で「2場所連続」負越で関脇陥落にルールが変更したのは、1969年7月場所から。
- ^ その後横綱審議委員会で横綱昇進を見送られた力士は、それから25年経った1994年9月場所後の貴乃花がいるが、貴乃花も同年11月場所後に横綱昇進を決めている。
- ^ 現在は琴櫻(1967年11月場所〜1973年1月場所)・武蔵丸(1994年(平成6年)3月場所〜1999年(平成11年)5月場所)の32場所。
- ^ のちに不知火型の土俵入りをしていた白鵬が宇佐神宮の奉納土俵入りで雲竜型の土俵入りを行ったことがある
- ^ 現在は朝青龍(2004年(平成16年)1月場所〜2007年(平成19年)5月場所)の21場所。
- ^ その後日本相撲協会には貴ノ花が勝っていたと抗議が殺到。さらにこの一番を裁いた木村庄之助は進退伺いを協会に提出し出場停止の処分を受けたが、翌3月場所前に廃業した。
- ^ 1972年1月場所であと1勝して勝ち越せば、当時の連続勝越記録の第1位だった玉の海の27場所と並んでいた。
- ^ 加えて大麒麟、前の山の二大関がそれぞれ全休、途中休場、琴櫻と清國の大関同士の取組が14日目にあったため、千秋楽結びの一番に清國と前頭5枚目栃東の平幕力士が相撲を取る事態となった(千秋楽では琴櫻と関脇三重ノ海の対戦も組まれたが、番付上は清國が大関上位であったため、琴櫻・三重ノ海戦は結び前となった)。栃東が敗れれば10勝5敗の力士8人による優勝決定戦となるところであり、栃東が勝って初優勝したが11勝4敗の成績は15日制となった1939年5月場所以来最低であった(1944年5月場所から1949年1月場所まで15日制ではなかった。15日制に戻り定着したのは1949年5月場所から。その後1996年11月場所に武蔵丸が5人での優勝決定戦の末11勝4敗で優勝している)。
- ^ 1位は武蔵丸対貴ノ浪戦の58回、2位は魁皇対千代大海戦の54回。
- ^ 相撲人名鑑(北の富士 勝昭)(2008年9月19日閲覧)
- ^ 北の富士さん一喝!「高砂が悪い」…朝青龍問題、スポーツ報知、2007年8月12日。
- ^ 『水玉のスカーフ』『女房に捧ぐ』は作詞・内館牧子、作曲・船村徹で、二人とも横綱審議委員会メンバーである。
- ^ 北の富士よりも以前、元横綱栃木山の春日野親方が、栃錦の横綱昇進時にこれと同様の言葉を語っている。
- ^ あまりに早い名跡交換だったためか、新九重の千代の富士がその事実を失念してしまい、色紙にサインする際に陣幕とサインしそうになったというエピソードが大相撲放送の解説中で語られている。
- ^ 1994年の役員改選で新設の広報部長に就任したが、その頃、頭部に動脈瘤が発見され手術を受けている。審判部を離れたことで解説者としてテレビに出ることとなったが、手術の際に剃髪したため、角刈りに近い短髪姿で登場したことがある。
- ^ NHK中継再開 白鵬「世界中のファンが喜ぶ」スポニチ
- ^ 十両の好成績力士は幕内と対戦させられるため、優勝は11勝4敗ないし10勝5敗といった水準に留まることが多い。平成期には十両陣が総崩れで9勝6敗力士8人によるトーナメントでの十両優勝決定戦が行われたこともある(2001年7月場所。優勝者は武雄山)。この時は優勝者なしにすべきだなどの意見も出たほどであった。好成績の十両優勝をした大善、湊富士などでも12番、13番に留まっており14勝、全勝は極めて珍しいことである。十両で12番以上勝つということはそれだけで傑出した実力の証といえる。
- ^ 姓名判断で勝明の名では交通事故に遭うと言われた際、「ならせめて海外旅行に行きたいなあ」と思って「洋行」に改名したといわれる。
- ^ 1969年5月場所以前の「3場所連続負け越しで大関陥落」の制度の下での大関角番
- ^ 玉乃島と優勝決定戦
- ^ 前乃山と優勝決定戦
- ^ 神経性胃炎・高血圧・慢性腸炎により途中休場。
- ^ 不眠症により途中休場。
- ^ 右手中指第 2関節脱臼及び捻挫
- ^ 琴櫻と優勝決定戦
- ^ 左第11肋骨骨折により途中休場。
- ^ 高血圧により途中休場。
- ^ 右膝関節捻挫により休場。
- ^ 右膝関節捻挫により休場。
- 1 北の富士勝昭とは
- 2 北の富士勝昭の概要
- 3 改名歴
- 4 外部リンク
固有名詞の分類
北の富士勝昭に関連した本
- 土俵で燃えろ 北の富士一代 陣幕 勝昭 東京新聞出版局
- 緊褌一番―土俵愛 国技・大相撲復興のための四十八手 北の富士 勝昭 日之出出版
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